漆黒の月の宴 18
「ここに入れられたときにわたくしは決めた。我が夫の一族の誰かがここからわたくしを出そうとせぬ限り自ら出ていかぬと。


だからお前は茶州に一緒に来たとかいうお人好しのところまですぐ帰れ。鴛洵が州試の面倒をみた彼じゃろう?」


知っていたのかと目を丸くした瑤旋にふっと英姫は笑う。


「何かと鴛洵が話すでの、会ってみればまた変わった奴じゃった」


お前みたいなのにまで気に入られるのには同情するがな、と英姫はまた笑った。そしてスッと瑤旋を見据え、齢を感じさせぬ凛々しさで言い切った。


「未来はな、いまだ時が無限にある若者の手でこそ決める権利がある。老いた者はただ求められたときに求められただけ知恵を貸し導いてやればよい。
……わたくしが出て行き、一喝して馬鹿者の尻を蹴飛ばしてやるのは簡単じゃ。けれどわたくしが死んだあとはどうなる? 全てを変える果て無い時はとうに使い果たし、遠い昔にゆき過ぎたのに」

「……」


ふと、ずっと自称永遠の20代な彼は、ずっと全てを変える気でいたのではないかと瑤旋は思った。実際どうだかは、櫂兎本人すら気付けないことだが。


「だからわたくしはただ待つ。よいか、決して動くのが面倒なわけではないぞ。わたくしはこう見えて、いま人生最後の大勝負の真っ最中なのだ。お前に構っておる暇などない


話があるなら、すべてが終わったあとに聞いてやる。一年半の遅刻の理由もたっぷりとな」


瑤旋は笑いたくなった。英姫は何も変わらない。変わらず美しい。彼女こそ茶鴛洵を愛し、愛された、たった一人の稀なる女性。


「……勝算は?」

「そんなもの、いちいち真面目に考えているから男はダメなのじゃ。よいか、わたくしが一度でも勝算なぞ考えていたら、あの鴛洵を手に入れることなぞ永劫不可じゃったえ」






ぴょりゅりよ〜と笛吹き鳴らす龍蓮に、櫂兎はうんうんと頷きながら歩く。


「なるほど龍蓮の見立てでは、昼までには森を抜けて街道に出るんだな」


ぴーひょらりゃー、と肯定するように笛が鳴る。本人ら二人からしたら立派に会話が成り立っているらしいのだが、とてもそうには見えない。ポテトは今朝食べたトウモロコシが湿気っていたせいで、朝からツンとしている。


「湿気ってるのは俺のせいじゃないってのに…というか意外とグルメだな、ポテト」

「『ぐるめ』?」


龍蓮が首傾げたのに櫂兎はつい言葉出てしまった、と舌をペロリとだしてから説明する。


「美食家って感じかな」

「……なるほど、風流解するどころか舌も肥えているのだな。愚兄らよりよっぽど話が分かるではないか、ぽてととやら。馬にしておくのが勿体無い」

「案外人間よりも馬や鳥の方が美的感覚優れてたりするよね」

「鳥の巣は芸術であるものな」

「うんうん、人のつくる邸ではああはならないよね」


そうして会話は段々と常人には理解し難い方へと逸れていくのだった。しかし二人とも共感し合えるだけに話は常識から逸れつづけてばかり、そして逸れるのが一周ぐるりと回って、何故だか炊きたてのお米は美味しいという結論になった頃には昼、丁度森を抜けたのだった。

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空中三回転半宙返り土下座
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