今が夏で本当によかった、と櫂兎はしみじみと思った。汚れはどうしようもなかったが、しばらく歩いているうちに服はすっかり乾いたのだ。(といっても龍蓮は歩きなので、櫂兎がポテトに乗ることはなかったが)
龍蓮の行き先を櫂兎は訊かない。櫂兎も行き先は訊かれていない。しかしお互いがお互いに、同じ場所を目指しているであろうことを分かっていた。
「そういやもうそろそろ、鶴交換の日、か」
ぽつりと漏らした櫂兎の独り言に龍蓮は不思議そうな顔をする。櫂兎は慌てて、何でもないと手を振った。
「そういや龍蓮、なんであんな山中通りかかるようなことになったんだ?」
ふと櫂兎は疑問に思ったことを訊く。彼が金華を去ったとして、この道に迷い込んでくることは方向的にあり得ないのだ。と、龍蓮はそうだろうそうだろうと首を縦に振る。
「真に自分でも不思議なのだが、此方に『何か』がいる気がした」
「『何か』?」
「ああ。何かは分からないし、途中でそれもなくなった」
「…………」
何が、居たというのだろう。冗談や気のせいだなんて言葉では片付けられない、何せ彼、『藍龍蓮』の言葉。
答えが喉元にまででておきながら、引っかかっているような感覚に顔を顰める。しかし、考えたって確信をつく言葉は出てきそうになく、言葉のでないもどかしさだけが胸を覆った。
「心の片割れよ」
「うん?」
「その『何か』は、自分と似ているものなのだと、思う。しかし答えを知ったところで、どうというものではない。気にせずともよい」
「おい龍蓮余計気になるぞその言い方」
櫂兎は苦笑いして、しかし分かったものでもないと結局諦める。それから、お腹がすいたなと言った。
「そうだな、もうすぐ日も暮れる」
「となると、野宿するのによさげな場所探さないとな。んー、あの木の近くとかどう?」
櫂兎は道脇の大きな一本の木が生えた側を指す。
「おお、これは森々しい森の中でも立派な大木だな」
「だな。樹齢…幾つだろ」
木が気に入ったのか、早速そのあたりで野宿決め込んだらしい龍蓮は、夕飯の準備にそのあたりの枝を拾いだした。……と、思えば、気に入った枝を腰にさしはじめる。あっという間に腰に短長バラバラな小枝を巻いた人間の完成である。
「あんまり枝分かれてるやつだと、近くの人に当たるから気をつけろよ? それに、そんなに一杯さしてると枝が邪魔で手が繋げなくなるぞ」
「……それは困るな」
龍蓮は腰の枝々を悩ましげにみて、それから数本だけ抜き取り、残りを夕飯用の薪の束の上に重ねた。
「頭なら問題ないな」
そうして、簪の要領で鳥の羽がぴょこんと出たところの側に、その数本の枝をさす。鳥の巣に近付いた頭に櫂兎は小さく笑った。
「何食べたい? 芋と米しかないけど」
ポテトの腰につけていた食料袋を覗いた櫂兎は言った。
「我が心の片割れが作るのなら何でも美味しくなるから、特にこれといって所望するものはない」
「……嬉しいこといってくれんじゃねーか」
櫂兎はぐりぐりと龍蓮の頭を撫で、お芋ご飯づくりに取り掛かった。
△Menu ▼
bkm