そのまま会議は秀麗への査問会へとうつった。秀麗は多くの問いによどみなく答え、女人官吏を舐めていた輩の度肝を抜く。査問会を終えるころには彼女を見る高官、査問会を傍聴していた同期らの目は一変していた。――見事彼女は査問会をくぐり抜けたのだ。
査問会を終えた秀麗はあたりを見渡した。
(……櫂兎さん、居ないわね。何処へ行かれたのかしら……)
ぽすん、と肩に手をおかれ秀麗は身体を跳ねさせる。
「お疲れ様ですー」
「わっ……なぁんだ、影月くんかぁ。びっくりした……」
「お、驚かしちゃいましたかぁ?!」
「あ、いいのよ別に。驚いたからって心臓口から飛び出したわけでも雲の上までひとっ飛びしたわけでもないんだから」
ひらひらと手をふって笑う秀麗に影月もほっとした風に笑った。
「…に、しても影月くんのおかげだわ、影月くんがいなかったらきっと資料だって間に合わなかったし」
「いえ、それは秀麗さんがいなくても同じですよ」
二人は顔を見合わせてにっこり笑った。
「帰りましょっか。折角の休養日も色々あってほとんど休めなかったし」
「そうですねえー」
ほわほわと二人は帰路についた。
旺季は手元の書類をみた。一つは、紅秀麗と杜影月が共同で作成したという資料。もう一つは……
朝議では深く触れられなかったその内容だが――それは精密かつ無理ない、貴陽での絶妙な各家の配置の仕方の案であり。
「あれ、旺季様そんなに見つめて、それ、そんなに面白い?」
晏樹の問いにも旺季は素直に頷いた。
「ああ」
この案は時間稼ぎどころか、十分に何十年という単位で持つ。これをすれば貴陽から紅家排除も可能だろう。……各家がこの通りに動けば、の話だが。できるかできないかは別として、旺季はもし施行したらを想像しては自然と口元に笑みを浮かべた。
「商業の要所に黄家をもってきているあたり、よく分かっている」
彼らは紅藍両家に劣るとはいえ、金のからむ話になれば大きく力を発揮する。それを、家の力を肥大させぬ程度に、茶家や藍家に牽制を入れさせる形で配置している。
「ふーん?」
再度読み直す晏樹は気に入らなさそうにそれをみる。
「絵空事に近いようにみえる癖、意外と抜け目ないし何より現実主義ってカンジ?」
「だな。……これを作ったのは李侍郎か」
「彼にはこれは無理ですよ、ほらこの前皇毅が妙に色々言ってたあの彼でしょ。えーと、名前は…ばきばきムッシュ」
「それを言うなら貘馬木梦須だろう、あの吏部の変人の。しかもそいつは王位争いあたりに消えた。その後任の奴ではないか、棚夏…だったか?」
「……そう、でしたっけ?」
「だった…ような……」
確か今日の朝議にもちょこんと李侍郎の後ろに居たはずなのに、何故か印象がからっきし残っていなかった。――昨日資料を渡しにきたのも彼だということにさえ気付かない。ましてや、悠舜と並び状元で及第したのが彼だとは――…
見た目が平凡すぎるのだ。彼をみても服が少々かわったつくりだなあと思うくらいで、顔の印象なんて残らない。深くみれば結構な美形の部類であり、彼に見据えられればすみれ色の瞳が網膜を離れなくなったりするのだが(某R.S.氏体験談)、遠目で見る分は極々普通の官吏っぽいのである。
こういうのほど、たちが悪いんだよねと晏樹は嘆息した。面倒ごとを勝手に起こすのはいいのだが、その面倒ごとに、また当然の如く旺季がわざわざ首をつっこみにいくんじゃないかと思えて仕方ない。
「旺季様が嬉しそうにしてるのはいいんですけれど、こちらにつかないかだとか、話の分かるやつだろうなとかいう顔するのやめてください」
貴方これ以上拾ってくる気ですか、と晏樹が言うのに、旺季はあっちが捨てたら迷わず拾いにいくぞと言った。晏樹は深い深い溜息をついた。
(僕はこんなにも一途なのにどうして旺季様はそんなにも節操無しなんだ!!)
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bkm