花は紫宮に咲く 38
蔡尚書はあっさり縄についた。彼に加担した者らは次々と捕えられ別室に連れていかれた。
そして、一人残された蔡尚書へ秀麗と影月の殺人未遂への追及がかかる。劉輝はつらつらと述べ、手元の書簡を取り上げた


「先程の黄尚書が用いたこの証拠書類を作成したのは紅進士と、杜進士だ」


ざわり、と声が上がる。


「……あの、細かい数値を、ですか? だいたい何故そんなことを」

「書簡の整理や、予算確認の検算でおかしいと思ったそうだ。魯官吏がひと月後に提出させるはずだった自由課題を、その指摘にしようとして二人で資料を揃えていたと。だが昨日紅進士が不当な言いがかりをつけられたことで、何とか釈明の一助になればと徹夜で仕上げて黄尚書に提出した。二人は誰が不正をしているか、ちゃんと気付いていたわけだ、蔡尚書」


蔡尚書は肩を震わせた


「……が悪いんだ」

「は?」

「女など入ってくるからわるいのだ! そうだ、すべてはあの小娘が官吏面でノコノコと入ってきた時から、全部狂いだしたんだ!
確かに不正の噂は私が流した。だがおかしいとは思わないのか!? 突然降って湧いたような女人受験なか、十七の小娘が探花及第だと!? 国試及第はそんなに甘くない! 才子と言われる者たちが毎年ボロボロ落ちてくのが国試だ。不正などしていないと思う方が無理だろう! それに後見は紅黎深だ。紅家当主となればどんな道理も引っ込むだろうが!」


誰もが蔡尚書を見限りつつあったなか、この言葉は多くの官吏の胸に響く。――それは誰もが心の奥に秘めていた思いだったから。
国試制が始まってから、各官吏は及第のために血の滲むような努力をした自分を覚えている。それを、十七の娘が軽々と探花及第を果たしたのだ。


「…………」


官吏らの内心を察した櫂兎は瞑目した。彼女が軽々と及第? そんなに国試は甘くない。櫂兎は秀麗が、小さな頃からずっと官吏になるためせっせと勉強していたのは知っているし、国試を受けるにあたっての猛勉強生活も目の当たりにしているのだ。あれを努力していないなんて、誰が言えようか


むしろ俺の国試の結果の方が疑わしいぞと言いだしたくなる。んまあ殲華に限ってそんな甘ちょろい情けで状元くれるわけないので、俺の場合熱で思考しない脳が逆に純粋に記憶引き出すやら直感働かすのに役立ったのだろう。
彼女は正々堂々合格した。後ろ暗いことなんてない、むしろ眩しいくらいだ


「……主上、私も、そう思います。正直なところをお聞かせ願いたい。実力でなければ、認められません。それこそが先王陛下が国試を導入した一番の理由であったはずです」


一人の官吏の言葉に、そうだ、と口々に声が上がる。そこに劉輝の静かな声が――落ちた。


「そうだな。実力主義が国試だ。だから先王は王でさえ介入不可能な国試制度をつくった」


ハッ、と誰もが口をつぐんだ。


「それは、国試を突破してきたものが一番よくわかっているのではないか? どれほど国試の公平性が厳しく、どんな不正も許さないか。身をもって体験してきたはずだ。それに国試を司る礼部の尚書が、ここまで女人官吏を嫌い、追い落とそうとしていたのに、かなわなかったのはなぜか?――できなかったからだ。そう、国試は甘くない」


――国試は、甘くない。櫂兎は心の中で反芻した。


「――秀麗師はズルなんかしねぇ!」


不意に扉が開いて、真っ赤な顔した少年が蔡尚書に突進しては禿げ頭をポカリと殴った。


「このハゲじじい!秀麗師は、秀麗師はなぁ、いつだってこのお城にあがってお仕事したいって言ってたんだ。だから俺…さ、寂しいけど我慢したんだ!もう師が塾開いてくれなくても、二胡聴けなくたって、我慢するって決めたんだ。秀麗師がいなくなっても、勉強なんて嫌いだけど、これから師追っかけてちゃんと勉強して俺もいつか官吏になって、大好きな秀麗師に会いに行くって決めたんだ。なのに、なのに秀麗師をいじめるなよハゲ!なんにもしんない癖に、勝手なことばっかり言いやがって!ほんとにお偉い官吏なのかよ!」


乱入してきた少年――柳晋の言葉に心打たれ、幾人もの官吏らが俯くのをみて、櫂兎はふわりと微笑んだ。


(将来有望な少年なことで…)


柳晋は秀麗のそばに駆け寄った。


「秀麗師、帰ろうよ! こんなところにいる必要ないじゃん。みんな秀麗師バカにして――俺、俺悔しいよ。なあ帰ろうよ。り、リソウとゲンジツは違うってやつだよ」


秀麗はこの一年で驚くほど背が伸びた教え子を抱きしめた。


「――柳晋。ありがとう、本当にいい子ね。でも帰れないわ」

「なんで!?」

「だって私の夢はここから始まるんだもの」


だれもが、秀麗をみつめた。ふっと櫂兎と目のあった秀麗は照れ臭そうに笑う。櫂兎もにっこり微笑み返しては『いい顔になったね』と口だけ動かした。

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空中三回転半宙返り土下座
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