花は紫宮に咲く 40
「全くお前もくだらんことを考える」

「……はい?」


尚書室に戻ってきた黎深の横でちまちまと書類整理していた櫂兎は不思議そうな顔をした。


「紅家以外の者が代理…ふん、まあ可能な範疇だろうな」


その言葉に、ああその資料のことですかと櫂兎は笑った。


「まあ、使うことはなさそうですけどね」


そう、使われることはきっとないのだろう。……しかし紅家の者が有能であれ替えがきくのに、他家の者で替えのきかないはずもない。探せば貴族以外からも、ちらほらとみつかるだろう。ここから発展させれば紅家の貴陽からの追放どころか、貴族や彩八家の影響力を削ぐことさえ可能――力関係をがらりと変えることになる。

黎深は櫂兎の顔を見る。相変わらず気楽そうで見ているとなぜだか苛つく。その表情からは、何処まで考え、何処まで先をよんでこれを提案したのかは分からない。


櫂兎の顔見ていた黎深は、ふっと何かに気付いては扇子をとじ置いた。


「……出ていけ」

「え…?」

「今すぐ室を出ていけ」

「えええ!? ま、まだ書類整理終わってないんですけど、ちょ、っと待ってええぇぇ」

「待たん」


黎深は櫂兎を室の外に押し出した。


「帰れ。上司命令だ」

「私は吏部侍郎付きですので、尚書より侍郎優先で――」

「ならば絳攸にお前を帰らせる命を出す。遅かれ早かれ帰ることになるぞ、ほら帰れ」

「くっ……その書類侍郎のですし明後日まででしょう?」

「絳攸にやらせるから問題ない」

「絳攸は貴方に押し付けられた色々や王付きの仕事でいっぱいいっぱいですよ」

「構わん、やらせる。だから帰れ」


櫂兎は静かにやれやれと溜息をついた。


「絳攸、ちゃんと帰して寝させてあげてくださいよ」


黎深は無言で目を逸らした。おい何故そこで目を逸らす!?


「…………くれぐれも、よろしくお願いします」


返事がないことに眉を下げながらも、櫂兎はそのまま荷物まとめ帰った。

尚書室で黎深はふっと呟く。


「あの貘馬木が指導したらしいことはあるというべきか、使い道が違うだろうと言うべきか」


変装術もとい化粧技術で、櫂兎の顔の疲れやら隈やらが上手く隠れていた。本人は疲れていないように振舞っているが、あれはみるからにげっそりした顔だ。絳攸が一週間近く徹夜したときのそれに似ている。それを今の今まで、注意深くみるまで気付けなかった。きっと他の奴らは全く気付いていない。気に入らない、と思った。何となく気に入らなかったから、帰した。別にそこに気遣いやら何やらはない。


「……ふん」


気に入らない。――それだけだ。

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空中三回転半宙返り土下座
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