「俺、結構頑張ったと思うんだけど…できればもう一生頑張りたくない。あ、妹のためなら別だけど」
「今吏部でまともに働けるの棚夏殿だけなんですから、頑張ってくださいよ」
彼はえぇ〜と不満の声を漏らしながらも立ち上がり、床にあふれていた書類を手に取り、墨を溶きはじめる
どうやらやってくれるらしい
「……すみません」
「いーって、吏部の官吏の数が減ったのも、仕事がこんなに山積みになったのも、尚書が仕事しないのも楊修のせいじゃねぇし」
さらさらと筆を滑らす音だけが聞こえる。ほかの吏部の官吏たちも度重なる激務で倒れ眠っているらしい
「棚夏殿」
「ん?」
「もし、絳攸を吏部侍郎に推すと言ったら、棚夏はどうされますか」
これは、もうきめていることだから、今問うことに何の意味もない。だが、なにかとずっと、楊修に吏部侍郎になれると言ってきた彼の答が聞きたかった
「別に、いいと思うよ」
彼の答は至極あっさりしていた。きいたこっちが拍子抜けする
「だって楊修、絳攸がその位置につけば何か変わるかもしれないって思ってるだろ?」
この人には、何もかもお見通しなのかと苦笑する。彼はつづけた
「黎深の愛情表現の不器用さも、絳攸の黎深にだけは甘くなるところも、見ているこっちは歯がゆいよね。だから、楊修の気持ちはよく分かる」
「……彼は、変わるでしょうか」
「変わらないよ、吏部侍郎についたとしても」
そう言った彼の表情はみえない
「ただ、最後の最後で変われるから、彼を吏部侍郎におくことには意味がある」
そうしてふうと息を吐いて彼は言った。
「なーんて、未来のことわかるはずもないけどね」
「…獏馬木殿も、棚夏殿も、いつもそうやってすべて知ったように…いや、すべて知っていて――」
「それは不可能だよ」
声が降る。色も感情もない声だった
「獏馬木殿はわからないけど、少なくとも俺は、すべて知っていたところで何もできないだろうし、知っていようが知らまいが、やることは同じなんじゃないかと思う。っていうか俺、何もできないし」
それは違う、と言いたかった。しかし彼の雰囲気がそうさせてくれない。それきり二人とも口をつぐんだ
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