戻ってきた貴陽の街をみて、俺は唖然とした。あの賑やかでたのしげだった街はなく、ただひたすら焼けたような家屋や荒廃した街並みがそこに広がっていた
俺が藍州にいっている間に、内乱がまた勃発、激しさを増し民まで巻き込んだ戦になっているらしい。その影響で、ただでさえ食糧が去年の飢饉で蓄え少ないのに、兵糧庫焼き討ちなんかもあったらしい。貴族はかたく門を閉ざし、民は生活する術を失った、か。
「この様子じゃ後宮も…」
ちょっと藍州まで、と道楽気分でひょこひょこ行った俺を悔やむ。朝廷の門で顔パスして後宮へ急ぐ。あまりにも必死な俺の様子に門番が驚いているのも気にしない
「珠翠! 珠翠はいますか!」
「華蓮様!」
「お戻りになられたんですか」
「ああ、堅苦しい挨拶は必要ありませんわ。それより珠翠を」
珠翠が来たところで人払いをし、室に二人、念のためなるべく声も漏らさぬよう近寄って話す
「まずは御帰りなさいませ、櫂兎様」
「ただいま珠翠。で、後宮は? 」
「筆頭女官の一時特権預かり任せられたものの、使わぬに越したことはないとなるべく穏便に済ませました」
「と、いうと、何かと問題大なり小なり起こったんだな」
今のところ、権力の大きな者からの介入はないとみても問題ないらしい。が、しかし後宮の位置付けからして現貴妃達に取り入れだの公子に嫁げだので女官を辞めろという話が頻繁にきている現状。無理矢理辞めさせることは現時点では俺がこの席にいる限りできないが、俺以上の権力者なんてごまんといるわけだから、そいつらが動き出せば後宮が王位争い、内乱に巻き込まれるのは必須
「王位争いは四男が三男派に殺され、その残党が三男派に吸収されました。長男毒殺の犯人は三男派と判明。長男派の残党が五男派と手を組み、勢力は二つ、拮抗しているような状況です。
そしてその…六男の劉輝様ですが……」
珠翠には、俺がいない間、暇さえあれば劉輝の様子を陰で見守ってやって欲しいと頼んでいた。その珠翠の言葉に、俺は注意を傾ける
「まず、自分に王位を継ぐ意志がないことを宣言されました。それから王位争いに関わらず王宮に籠っておられます。他派閥からも劉輝様は意識はされていません。ただ、それから、その……」
急に珠翠が口ごもる。表情の翳りからも次の言葉が不安になる
「後宮に遊びにこられて、華蓮様が居ないと知って室に御帰りになられるとき、新米女官が粗相をしまして、劉輝様は『気にしていないから』とおっしゃっていたのですけれど…それでは面目立たないだとかでそのままひょこひょこ劉輝様の室まであの新米女官、ついていったんですの」
「………はあ」
最近入った女官といえば、あの猫目の子か…
「彼女…朝帰りでしたの」
「ぶぐふっ」
あまりの衝撃に呼吸が変なことになってよく分からないがクシャミと咳の混ざったようなことになる。心なしか胃が痛い
「え、な、何かあったんだろうか夜に」
「『劉輝様とまぐわってしまいました』と言ってまし」
言葉言い終わらぬうちに俺は頭を壁にぶちつける
「お、落ち着いて下さいませ櫂兎様」
「くちぶっえっはっなっぜー とおくっまっでっきこえーるーのぉ…」
だいたいなんだ、まぐわうって。表現直接的過ぎやしないか、もっとこう比喩だとかさ……
いや、そうじゃない。そういうことじゃなくてだな
「言い方は悪いのですけれど、その日から劉輝様…その、女官達をとっかえひっかえ…」
「ききたくないききたくないからきかないけどだいたいのことは察した」
劉輝が寂しがりやなのを知ってて、あれだけ長くほって置いた俺が悪いのか
寂しさ故に愛を欲する彼に『愛の示し方、その行為』を教えた誰かさんが悪いのか
「そして……」
「まだあるのかよ!?」
「それも半月もしないうちになりを潜めたのですけれど、今度は男の方を連れ込んで夜を過ごすようになられたようで」
「……もう、きかなくてもいい?」
「………………櫂兎様は劉輝様を、大切にしたいのでしょう? 彼の今本当の姿を全てきき受け止めてこそ、大切にしていると言えるのではないですか」
「……珠翠、大きくなったな」
立派になった、成長した。女の子の成長ははやいというけれど。俺をいつのまにか追い抜かしてしまったらしい
「男色家ということで、世継ぎができる心配もなく、実質的に王位争いから関わりを絶ったということですわ」
これでお話は終わりです、と珠翠は疲れた風に言った。うん、俺も疲れた
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bkm