「おはようございます、迅君」
「……へ?」
寝ぼけ眼で目を瞬かす。何故かお芋姫に覗きこまれている
外を見れば夜明け頃なのか空が薄く白んできていた。
夜半交代に起こしてくれるものと思っていたが、お芋姫はずっと火の番していたらしい。にこにこと笑って「起こすのも憚られたので」とお芋姫は言った。起こされると思って安心して深く眠ってしまった自分を後悔するが、もう遅い。一杯食わされたな、と思った。それどころかお芋姫は眠そうなそぶりひとつみせない。仕草一つ一つは蛍に見習わせたいくらいの洗練された姫なのに、根性やら体力はそこらの兵士よりよほど上と見える
「夜更かしは肌の敵だろ、もうこんなことすんなよお芋姫」
「まあ、考えておきますわ」
そう言っている姿は『これからもします』と言っているようなものだった。今日は少し馬を急がせて、貴陽に行く途中にあった集落で宿をとるか…
「ああ、朝ご飯にお魚焼きましたけど、迅君川魚は平気ですか?」
「え、魚?!」
「近くにあった川で今朝とれたんですの」
そうやってにっこり微笑み、おいしそうに焼けた魚の串を差し出される。ご丁寧に綿も抜いてある
「大きな岩に岩投げあてて大きな音させれば、岩の裏にいた魚がびっくりして気絶して浮いてくるのって本当なんですね、私感動しましたわ」
どうやら川まで行って相当能動的なことをやってきたらしい、このお姫様は、なんというか、見た目と行動が食い違いすぎやしないか
「料理、上手いんだな」
味加減もばっちりな魚に齧り付いていう。「塩振って焼いただけですわよ」と笑って言うが、野営になれない普通の姫ができることじゃない
藍家ご当主からわざわざ自分指名の護衛役だから、よっぽど身分高い箱入りなお姫様がお忍びで藍家まで来たのかと思ったのだが…口ぶりや今迄の行動からするに、俺の推測は全く持って大外れだったらしい
「いただきます」
手を合わせお芋姫も魚の串を手に取った。
どうやらお芋姫は俺を待ってまだ朝を食べていなかったらしい。気づかず俺がっついちまった…
「そういや昨日も食事前に言ってたが、その『いただきます』って仕草、いつもしてるのか?」
「え? 彩雲国っていただきますないんですか…?」
すごく不安かつ不思議そうにお芋姫が言った。少なくとも俺、いや藍州ではそんな習慣はない。
「そういえば確かに皆さん、何も言わず食べていた、様な…」
今までを思い返すようにつぶやいたお芋姫に、思い切って訊いてみる。
「お芋姫はこの国の人間じゃないのか?」
「……ええ。私がいたところはとても遠くてこことは大違いな場所でした」
それきり彼女が口をつぐむので気まずくなって別の話題を出す
「そういえば、お芋姫って楸瑛とどういう関係で…」
ばきっ、と何かが折れるような音がした。見れば彼女の持つ魚串が真ん中でぽっきりと折れている
「春色四男は後宮の敵、つまりは私の敵ですわ」
そう言い放ったお芋姫の表情は、笑っているはずなのにとてつもなく恐ろしかった
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