「こちら、司馬家のご子息で今回の護衛兼馬遣い役」
隻眼の少年を紹介する三つ子のうちの誰か。多分月
「司馬家…あの武門で有名な」
「見ての通り、この目なので司馬家からは勘当されたも同然なんですけれどね。司馬 迅と申します」
そうして迅はうやうやしく頭を下げた。俺はそんな態度に少しおっかなびっくりする。それに気になった三つ子の言葉
「護衛だなんて…」
有名人でも貴族でも何でもない俺が襲われるゆえんなんてあるか?
「今は何かと物騒ですからね。ああ、彼、楸瑛と同い年で腕は確かですからご安心ください」
春色四男よりよっぽど頼りになりそうな彼である。
「よろしくお願いしますね」
俺は迅ににこりと微笑んだ
遠く小さくなった馬車を見送る。先程までの騒がしくも楽しげで明るい雰囲気は今はなく、あたりはただ静閑として、春の風が少しさわさわと葦を揺らす音がきこえるのみだ
「雪……」
「分かってる、分かっているよ、花」
先程まで我々をあれほど騒がせた主、彼女について、だ
結局本人には最後まできくことができなかった言葉。
「『貴女は何者なんですか』か…」
楸瑛が送ってきた文に、初めて名が出たとき色々と影に調べさせたが、彼女には後宮入りするまでの情報が全くないのだ。後宮入りした後すら、その秀でた能力、女官としての手腕に早々筆頭女官の位置につき、その後後宮にて、外部から権力謀略が振りかざされ女官らが害されぬよう守っているということくらい。親族についてなにも情報がなかった
後宮入りしてすぐ筆頭女官についたくらいだから、高貴な出だとは察しがつくが、元々後宮では姓を尋ねるのすら禁忌とされる場所、はじめは情報のなさも不思議に思われなかった。
しかし、だ。
いくら生まれてから存在をひた隠しにされていた姫だとしても名門の出の姫、藍家の力を持ってすれば調べられないはずもない。しかし、そうして更に深いところを調べるよう影に命をだしてからしばらくして、王からの介入があったのだ。曰く、彼女のことを調べるな、と
彼女の正体、家元は国家機密事項並みらしい。棚夏と名乗る苗字も仮のものなのだろうか
結局、王の機嫌を損ねるわけにもいかず、かわりに彼女と直に会うことで妥協することにしたのだが
成る程、楸瑛が引っ切り無しに彼女の話を手紙で出すのも分かる。藍家直系四男の嫁とは言わず、一国の貴妃と言っても充分通るような美麗さと優雅さをたたえていた
仕草の端々に、品の良さや礼儀作法の美しさを垣間見させ、生まれ育ちの良さを見せつけられる
話してみればその話の内容、なにより本人の秀才さに驚かされた。そこからは、教養の高さが見受けられ、益々謎が深まる。これほどの才姫、いままで噂一つないとは何事だ
そして今回。
「完全に彼女、私たち三人見分けていたよね」
「だろうね、誰が長男かってのは分からなかったみたいだけど」
呼ばれるときは『御当主様方』と三人ひとまとめにすることが多かったが、ここ半月ほどの対応で分かった。彼女は三人を完全に個別に、個人として扱い話していた。
彼女の相手は、ほとんど龍蓮がしていたが、たまに三人のうち仕事を交代しながら1人抜けて彼女と話をすることがあった。そのとき、さりげなく入れ替わったつもりだったのに彼女は気づいていたし、その日話した話題を、また別の日一緒になったとき出したりした。
「それに、ここに来るときのこと、だろう?」
「関所を通らず、ましてやこの邸の敷地内に忍び込むなんて」
「下手な兇手よりよっぽど凄い…というかそんなこと不可能なはずなのにね」
三人揃って深く息を吐いた
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bkm