「先生、地面が動いてます」
思わず手を挙げてそう言ってしまった。
外についたのはいい。湿原は春の始まりを知らせるように穏やかな雰囲気で、小さな花々が芽吹いていた。遠くにみえる建物の様子からして、あれが藍本家であろう
その後である。
風が吹いているでもないのに葦の草むらが揺れる。小動物の類かと思えば、その草むらごと動いて移動している。何?! 亀の背に葦でも生殖してるのか…? しかしそうするとその亀、かなりの大きさになる
そしてその草むらは、ゆっくり、しかし確実にこちらへ向かっていて…
こ、これは逃げたほうがいいんだろうか?とおろおろしてあたりを見渡すが、湿原で水を含んだ土、走れば服を汚してしまうし、荷物まで汚れるかもしれない。第一、どこに逃げろというのか、地下通路を逆戻りすれば袋の鼠、左右に逃げようにもその前に追いつかれそう
がさり、がさりと近づく草むらに、俺は覚悟を決めた
その草むらは、ガサゴソとこちらに近づき、少し手前でピタリと止まって言葉を発した
「そなたは太陽なのか?」
言語を話す…それはつまりただの亀や草むらではなかったということで。
と、またガサゴソと動き、距離を一歩、二歩と縮め、それは葦の草むらから出てきた。
藍色の着物、腰にさされた竜笛
俺はどこか上の空で、ああ、草むらの正体は頭に差した草くさだったんだなーなんて考えていた
ご察し、天つ才の持ち主、彼のみる世界は常人とは角度が違う、藍龍蓮
旅をしていた途中、本家に届いた荷物を取りに一度戻ってきたところ、周りが屋敷から出してくれそうになかったので草むらの振りして出てきたらしい。その格好のまま、邸内うろついててよくばれなかったなぁと俺は感心した。
ちなみに、俺が太陽かなどときいたのは、ちょうど俺が地下通路を出た瞬間、かげっていた空の雲が立ち退き日がさしたからだそうな。偶然とはいえ神話のような光景の主に俺はなっていたらしい
「そういや、今思ったんだけどその髪型なかなか格好いいな。黒髪に葦の明るい緑が映えてるし、ここんとこの綿?なんか、まさに自然って感じ!」
一見無造作な草むらを再現しているようで、どこか生け花のような芸術感がある
「……この風流さが分かるのか!」
何か感動的な目でみられた。褒められ喜ぶ仔犬のような目だ
「そんな風に言われたのは初めてだ!よし、ここにその喜びのうたを奏でよう
旅途中で前の竜笛は壊れてしまったから、今度は丈夫なのを邸に届けてもらったのだ」
そうして優雅に笛を取り出し奏でだす。即興らしく調もフレーズも何もないが、それがいっそ誰にも縛られない彼らしかった
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bkm