暗き迷宮の巫女 13
清雅が思考を巡らせている一方で、櫂兎は気楽な調子でひとつの質問を投げかける。


「そういや俺ってどれくらい寝てたの?」


知らずにその文を書いていたのかと、清雅は目を瞬かせた。そうすると、先程の文の内容の意味合いも変わる。彼は未だ、藍楸瑛が貴陽にいるものだと思っているのだ。


「……半月だ」

「いやいやいや、長すぎない? それはさすがに俺だって冗談だって分かる……っと、えっと、冗談じゃ、ないの?」


はじめは信じていない様子だった櫂兎も、清雅の態度を見て、それが冗談で言ったことではないと理解したらしい。しばらく唖然としていた櫂兎は、ハッとした様子で何かを指折り数えると、頭を抱えて呻り声を漏らした。


「うわあああ……楸瑛に手紙送り損ねた! これは計算に入れてないって」


それでも、彼の中では、藍楸瑛が貴陽を出ていくことは決定事項だったのだ。
彼の眠っている間に、状況は大きく変わった。藍楸瑛はとっくに貴陽から姿を消している。現在、中央でもちきりなのは、各州に大きな被害を齎している蝗害についての話だ。碧州では作物が全滅、かつ相次ぐ地震により、あの地は陸の孤島と化している。紅州でも、報せが届いた頃には三割ほどの穀物地帯に被害が出ており、全穀物地帯の崩壊は時間の問題となっていた。藍州では、長雨による河川の氾濫が相次ぎ、作物に少なくない影響が出ているという。
蝗害自体への対策もだが、被害への対応も求められている。復旧作業や来たる食料不足に、重臣たちの協議が始められたというのが現在の中央の状況だ。
そのことを清雅は手短に伝えると、櫂兎はそれが起こること自体は知っていたかのような反応を見せた。未曾有の大災害が起きたというにも関わらず、だ。その反応に、清雅はいつかに蝗害の報せを受け取った皇毅のことを思い出す。皇毅は皇毅で、少しの驚きは見せたが、どこか確信を深めたようでもあった。この件に関しては、清雅が知らぬことも多い。


「お前はどこまで知っている?」

「何も知らない、って言っても納得してくれないか。俺が知っているのは、可能性の話でしかないよ」


肩を竦めて櫂兎は述べた。清雅は納得できない様子だが、これ以上櫂兎も語るつもりはない。察した清雅は気に食わなさそうに一つ鼻を鳴らした。


「まあいい。その様子ならすぐに復帰できるな」

「え、もしかしてお仕事?」

「それ以外に何がある」


怪訝な顔をする清雅に、櫂兎こそ驚いた。
仕事再開。それは即ち、軟禁生活の終わりを意味している。何せ、御史台副官の仕事は、その機密性から、城から持ち出せない類の案件が多いのだ。


「この邸に俺が置かれっぱなしってことは、軟禁生活続行だと思ってた」

「今の中央は、お前を遊ばせておくほどの暇も余裕もないぞ。何せ、対応しなければならないことはごまんとあるのに、六部の長には空席が目立つ。各部署を機能させるには適任者が足りない始末だ」


御史大獄で、御史台の副官として櫂兎がお披露目されたことも、彼の軟禁生活が終わることと関係していた。いくら秘密主義の御史台とはいえ、副官の立場にある者がこの国の非常事態に姿も見かけないとあらば、不審に思われることは必須だ。
櫂兎が表舞台に立ったことは、櫂兎自身の身を助けていた。皇毅が自分の首を絞めたともとれるが、彼は彼で櫂兎の存在を副官として知らしめることで恩恵を得ている。秘密裏に処分できなくなったとはいえ、それだけだ。


「これは俺も腕を奮わないといけないな。……いや、それなら尚更、どうして俺は今もこの邸にいるの? 帰っていい?」


櫂兎の問いに、清雅は首を横に振った。


「駄目だな。帰邸許可が出されるまでは、ここで生活するようにという、長官からのお達しだ。登城、帰城の際には、警護の人員もつける」

「それ、警護じゃなくて確実に俺の見張りじゃん」


軟禁生活中と然程扱いが変わっていない。どうしてそんなことに、と眉を下げた櫂兎に、清雅は少し呆れたような様子を見せた。


「お前を自邸に戻す方が厄介だと判断されたらしいな。未だお前の邸内は御史台の調査対象だ」

「あの邸、隠し部屋とか仕掛けとか俺でも把握しきれてないから、あんまり無理して調査しない方が安全なんじゃないかと思う」


(そこまで必死に何を探しているんだろう。いや、長官を追い落とすのに使えるだけの、俺の集めてた証拠品なんだろうけど)


それは邸には隠していないので、彼らの時間と労力が無駄になるだけだ。櫂兎としては、押収でも何でもいいので、地下の米俵の方こそ見つけてもらって、国で活用できるようにしてほしいのだが。


(……それとも、それを発見済みで、まだ何も見つからないことにして調査が続けられているんだろうか)


地下の米について、いざという時には使ってくれと瑤旋には以前から告げてある。そちらを頼みにした方が確実かもしれない。
少なくとも、櫂兎自身があの邸に帰れることは、暫くの間ないのだろう。

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空中三回転半宙返り土下座
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