暗き迷宮の巫女 14
皇毅を訪ね、御史台長官の室を訪ねた櫂兎は、入ってすぐに鋭い瞳で見据えられた。


「随分と遅い戻りだったな」

「……この度のことは、私としては、不本意な拘束とあの屋敷への軟禁の結果としての出来事だと考えているのです。ですから、そのように責められる所以は、……いえ、やめておきましょう」


唇を尖らせ、言い訳じみた反論を途中まで述べた櫂兎は、その言い分を引っ込めた。代わりに笑みを浮かべる。


「そういえば、長官は度々迂遠な物言いをなさるお方であることを、すっかり失念しておりました。遅い戻りだった、というのはつまり、あまり心配をかけさせてくれるなという意味ですね。温かいお言葉ありがとうございます」

「……」


顔を顰めた皇毅は、深くため息を吐いた。櫂兎に呆れつつ、この調子ならば仕事にも恙無く復帰できるだろうと判断する。彼が目覚めたならば、真っ先に問い詰めなければならないことがあった。


「この国の近況は、清雅を通してお前の耳にも入ったろう。――蝗害が起きると、お前は予め知っていたな? お前の知っていることを話してもらう」

「え、何のことです?」


口ではしらばっくれながら、櫂兎は彼が何故自分にそれを尋ねるのか思考する。彼からその問いが出たということは、そう問えるだけの材料を櫂兎が彼を与えていたことになる。どれが、と言われれば材料を与えた要因は分からず、どれもこれもが怪しく思えてくる。櫂兎は自身の迂闊さを呪った。


「お前が術師である線は消えた。先見が使えるほどの術師であれば、この半月を寝込んで過ごすようなことにはなるまい」

「以前もどこかで思ったのですけれど、縹家の分野としていることに、なかなかお詳しそうですね。そもそもの情報が秘匿されている類のものだと思っていたのですけれど、先見の能力であったり、肉体から魂だけで抜け出したり、彼らがどんな術を使うのか、詳しくご存知のようではないですか。現実離れした、甚だ信じがたい能力であるのに」

「話を逸らそうとしたところで無駄だ」

「一応、それが気になっていることであるのも事実なのですけれど」


しかし、櫂兎がしらばっくれて話を逸らそうとしていたことも事実だ。そも反論しようにも、皇毅が何をもって『櫂兎は蝗害が起きると知っていた』と判断したのか分からない。何が有効打になるのか不明瞭なのだ。


「かつて御史台で調査された案件の中に、縹家の術者の関わるものがあった、というだけの話だ。集積された記録が、術の実在を物語っている。――さて、私は答えた。次は貴様の話す番だ、棚夏櫂兎」

「勘弁してください」


縹家の術に関する情報は、本来縹家の外に流出するはずのないものだ。なにせ、術師の、ひいては、縹家の生命線。それが御史台に幾分かある、という事実だけでも重大なことだ。情報の扱いの難しさからして、その事実を知るのはおそらく、御史台の中でも一握りの者だけだろう。
……本格的に扱い方を学ばれてしまった気がする。櫂兎は頭を抱えた。相手に名乗られたら名乗り返すように、相手に礼を尽くされたら礼を尽くすように。誠意には誠意を帰したくなるのが人の情だ。ただでさえ、それなりにお人好しな性分である櫂兎は、他ならない氷の長官に似合わぬ情で訴えかけられることに、甚だ弱かった。
皇毅は偽りなく述べた。ならば、櫂兎はそれに応えなければならない。


「蝗害が起きる可能性は、高いとみていました。起きるとすれば、この年のこの時期だと読んでいた――。将来を予測していた、という意味ではなく、言葉通りに。私は『読んで』いたのです。……これ以上のことは、お答え致しかねます」


櫂兎の答えに、皇毅は少し意外そうに眉を上げた。


「……お前にしては、よく喋った方だな」

「喋らせておいて、それを言います!?」


そして、櫂兎がそれなりに大きな告白をした割に、あっさりしすぎた反応だ。皇毅はふんと鼻を鳴らす。


「お前の読んだであろう『予言の書』の存在は、私も把握している。お前の方こそ、それは心得ているはずだが?」

「よげん……」


その仰々しい名前に、一瞬何のことかと櫂兎の思考が止まるが、すぐに再開して該当の記憶をはじき出す。
あれは、櫂兎がまだ御史台に所属していなかった頃のことだ。一度、『さいうんこくげんさく』をもとに、彩雲国の言葉で『予言の書(偽)』を作りかけたことがある。ついでにそれは、計画倒れして捨てたところを、皇毅に回収されている。櫂兎はすぐに奪って処分したはずだが、その時の皇毅の口ぶりから、中には目を通されていたようであった。


「(偽)って書いてあったじゃないですか。あれを本気にとったんですか」


むしろ、蝗害がこの時期に起きると書かれていたことを、よく覚えていたものだと櫂兎は眉根を寄せる。書かれた内容を、皇毅が信じていない節であったために、警戒を怠っていたし、今の今までそのことを忘れていた。
皇毅のことだ。中に書かれていたことを、他の紙に控えておくくらいのことはするだろう。現物の処分だけでは、対処として不十分だったかもしれない。


「国の情勢から予測できるものならば、あれが予言とは認めなかっただろう。だが、蝗害に至るまで、書かれていた通りに発生したのだ」

「長官だって、予測していたことでしょう? そして、それに備えていた」

「いつか起きるということは、予測できるだろうな。しかし、どの年に起きるかまでは分かりようもない」


分からない手段をもって明らかにされた、分かるはずもない先のことを記した予言。だから、あれに書かれていた情報は、内容も扱いも厄介なのだと皇毅は言った。

14 / 16
空中三回転半宙返り土下座
Prev | Next
△Menu ▼bkm
[ 戻る ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -