暗き迷宮の巫女 12
頬に触れる木の床の冷たさに、櫂兎は目覚めた。ずり落ちた布団に、自分が寝台から頭だけ床に落ちたような体勢でいることを知る。
身体を起こし、辺りを見渡せば、そこは覚えのある一室だった。どうやらまたあの屋敷に連れ戻されたらしい。


「軟禁再開か……」


しかし、尋問が待ち受けていると思っていただけに、すこし拍子抜けだった。ふわ、と小さくあくびをして身体を動かせば、ミシミシと音が鳴る。長らく動かしていなかった、錆びついたパーツを動かすかのようだ。
しばらく確かめるように、屈伸や柔軟をしていた櫂兎は、ふと自身の服の内へと手を突っ込み、まさぐった。そうして、溜息を吐く。


「道理で、軽いはずだ」


仕込んでいた暗器類が全て除かれている。ここに最初に軟禁された際には、まだ持っていられたのだから、きっと自分が魂を飛ばしている内にでも持ち物検査がされたのだろう。そうして没収された、と。
持っていたからといって常に使うものというわけではないが、無くしてしまえば心許ない。武器というよりも、防衛手段をひとつ奪われた気分だった。
一番見つけられたくないものは、既に他人の手に預けている。その点だけは、過去の自分を褒めたい。託した先への不安は否めないので、あまり気持ちに余裕はないのだが。

気を取り直して、状況把握の作業に戻る。
屋敷の外は、どこか穏やかでない空気だ。見張りの兵士が気を張った様子で立っている。
じっと観察していると、櫂兎に気付いたその兵士はギョッとした顔をした後、声を荒げて室内に戻るよう言った。身体も本調子ではなさそうなため、素直に引き下がる。
外がにわかに騒がしくなるのをききながら、櫂兎は寝台に座り両腕を組んだ。

(さて、俺はどれくらいの間眠ってたんだろう)

一日? 三日? 眠っていた間の記憶がなく、夢をみた覚えもないのでさっぱり分からない。外の明るさや、この空腹感からして、半日以上は経っているものと思われた。
あちらにも、流石にこのまま櫂兎を餓死させる気はないだろう。何かしら食事の用意があるものとみて、もう一度見張りの見える場所にまでやってくる。

そうして声を掛けた櫂兎に、兵士は過剰な反応を示した。どこか怖がられているような気すらしてくる。こちらの言葉もほど聞かず、室内に戻るように言い募るのを、櫂兎も譲らず粘っていると、それに気付いた他の兵士が話を替わった。
相手が替われば話が通じるかというと、そういうわけでもなく。櫂兎の言い分は悉く却下された。


「陸御史からの許可がありませんので、そのご希望に添うことはできません。陸御史のご到着をお待ちください」

「俺は何か食事が欲しいだけなんだけどなあ」

「余計なことをさせないように、というのも陸御史からのご指示ですので」


その言葉に、櫂兎は記憶の中にある御史台の命令系統図を思い起こす。それから、目の前の彼の所属を示す腰紐を見て、浅く微笑んだ。


「……清雅くんの指示なんだね」


――それって、御史台副官からの命令変更は可能かな?
目の前の彼は兵部所属。この任には、御史台の要請で就いているはずだ。御史台の内部組織の所属者であればいざ知らず、外部の者ならば位階の高い者からの指示を優先してもおかしくない。

彼にしては詰めが甘い? いや、こうなることを予想して、その上で櫂兎の初動を掴むべく、このようなかたちにしたとみるべきか。やりたいことを優先しがちなくせに、正規手段を選びたがる自分の性格を熟知されているようで、少し居心地が悪い。
櫂兎の提案に、兵士は少しの驚きと納得のいった様子で「そういうことでしたら」と頷いた。




兵部から借り受けた人員が自分の指示とは違う動きをしている、つまりは櫂兎が目覚めたという報せが届いてすぐ、清雅は彼のいる屋敷へと向かった。
彼のいるという室の前には、空になった食器の乗った盆が置かれていた。
食べたのか、と様々な意味で呆れる。相手が櫂兎である点で、すぐに諦めにも似たものが湧いた。盆を退けると、清雅は入室の合図もせず、扉を開ける。
清雅が室に踏み込んだのとほぼ同時に、室内で何か書き物をしていたらしい櫂兎が顔を上げ、清雅の方を振り向いた。


「セーガくん」


その呼び声に、特に応えることもなく櫂兎へと近付いた清雅は、彼の書きかけの料紙をスッと抜き取った。書き出しを見るに、どうにも藍楸瑛への文らしい。


「ああっ! ちょっと、個人情報保護法!」
「架空の法律を作るな」
「ええ……」


彼への容疑は検閲の理由に足る。清雅は不本意そうな櫂兎を一瞥してから、その文の内容へと目を走らせた。
そこに書かれているのは、櫂兎が懇意にしていた前筆頭女官の身柄を、不本意ながらも藍楸瑛に預けるのでよろしく頼むというような内容だ。清雅は眉根を寄せる。
藍楸瑛が貴陽を出たということは、清雅も把握している。まさか、この文の内容はそれと関係しているのだろうか。
……彼は一体何を知っている?

清雅が櫂兎の方へと視線を向ければ、彼は何故か照れくさそうにして清雅から視線を逸らしていた。文の内容の得体の知れなさも相まって気味が悪い。正直ドン引きである。
そんな清雅の様子に気付き、櫂兎はむっと唇を結んだ。


「さてはセーガ君、なんか失礼なこと考えてるな?」

「順当な評価を下しただけだ」

「本当かなぁ」


疑わしげな櫂兎に、清雅は呆れた視線を向けた。本人にしてみれば、どうということはない内容なのだろう。その異様さに自覚がないのが厄介だ。
読まれて困るようなことでもあるのかと問えば、櫂兎はてれてれと頭を掻いた。


「珠翠が可愛いのは事実だけど、楸瑛に色々言ってるの見られるのは恥ずかしいなって。親馬鹿がバレちゃう……」

「恋敵ではなくか?」

「とんでもない!」


否定の言葉を櫂兎は紡ぐが、清雅にとっては信じがたい。隠密にさせた調査報告では、その女官と櫂兎が過去にも随分と親しげにしていたことが挙げられていた。


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空中三回転半宙返り土下座
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