白虹は琥珀にとらわれる 32
理詰めの清雅に、頑なな秀麗。裁判はまさにそのような様相だった。何度でも清雅へと噛み付いていく秀麗の姿勢はいっそ見事だった。
邪悪な上司が同期の棺桶好きと言葉交わすのに、たまに小声でツッコミをいれながら、櫂兎は清雅と秀麗の熱い戦いに耳を傾ける。櫂兎の感覚からすれば、彼らのそれは、裁判というよりも弁論大会のようになっていたが。

二人の話の焦点が、絳攸の官吏としての能力についてに向いていた時のことだ。

皇毅へと一瞬視線を向けた清雅は、それを悟られる間もなく秀麗を見据え、絳攸の官吏としての有能さを説く彼女に、絳攸の付き人が過去に越権行為に及んでいた事象をあげて、絳攸の越権行為への問題意識の低さを指摘した。

曰く、自分が越権するどころか、部下の越権行為すら黙認していたと。
本来その部下である付き人は、絳攸の手によって辞めさせられるべきであるのに、それもなかった。その付き人を辞めさせた紅黎深ですら、不適任の判を押されたというのに、上司としての本来の役割を果たさなかった李絳攸が、官吏として適任と評価されるのか、と。

清雅のその主張に、あちらこちらから囁き声が聞こえだす。顕著なのは紅家の出と思われる官吏たちで、完全に清雅に同調し秀麗へ敵意のこもる視線を送っている。

皇毅が黎深の件に関わるなと言ったのは、これが関係していたのかと櫂兎はようやく理解した。要は、櫂兎が関わると非常に話が拗れる案件なのだ。
そして、櫂兎を副官として据えるのならば、この件への御史台としての立場は――いや、それでも、まさか――!
どっと嫌な汗が吹き出し、すぐ側の皇毅へと視線を向けた櫂兎は、彼が薄ら笑っているのに鳥肌を立てた。


「脇役のままではいられないね?」


俊臣のそんな囁きが、櫂兎の耳に届いた。
唖然としていた櫂兎は、秀麗と目が合い、思わず後ずさる。彼女は先程までちらちらと俊臣を見ることはあっても、櫂兎の方へ視線をやることなんてなかった。何かを決意するように、ものものしく頷いた彼女に、櫂兎は彼女の手でそれが行われることを悟った。


「逃げられない」

「副官なんだろう」


わたしの、と唇だけを動かして、皮肉げに付け足されたそれが、あまりに横暴で、それなのに魅力的で、櫂兎は息が止まるかと思った。カリスマってずるい。


「それ言っときゃ機嫌がなおるとでも思ってるんですか」

「お前、副官室で執務机の椅子に座るようになったらしいな」

「うぐっ」


あまりにも急に決まった副官就任に、櫂兎が覚えていた抵抗はなくなっていて、櫂兎も彼の副官であることを受け入れ肯定し始めていたのだ。あの椅子に座ることは櫂兎にとって確かに一種の覚悟だったのだが、見られていたどころか、それの意味するところまで理解されていたとあって非常に恥ずかしい。


さて秀麗は、櫂兎の予想した通り、そも越権行為となったのは黎深が原因であるという方向で、清雅の主張に立ち向かう。
櫂兎の越権は、黎深の裁量によりその職の権力を削がれたところが大きい。上司の罷免権すらないまでの位に落とされ、それが黎深の独断であったことも一役かって、絳攸への批判の囁きも減る。
罷免権に関しては、櫂兎についてすっかり忘れた黎深が、絳攸に過保護な親心を発揮したのが実際のところなのだが、聴衆の多くは黎深が尚書の地位に居座るために奪ったと考えたようだ。

清雅は笑みを見せ、特に反論もしない。当たり前だ、清雅としても、御史台としても、紅黎深という存在は追い落としたくはあっても擁護したいわけではない。


「……まさかセーガ君も噛んでるんですか?」

「あの娘は知らないだろうがな」

「うわぁ…」


絶対に自分への嫌がらせだと櫂兎は思った。

秀麗は、清雅の反撃もないのをいいことに、辞めさせられたその付き人というのは能吏であり、出世もさせず絳攸につけていたことは黎深の怠慢だと指摘する。
秀麗が、容赦なく黎深を切り捨てにかかるので、櫂兎は黎深が可哀想になってきた。彼女の場合、心の内で顔も見ない叔父に謝っていそうだったが。


「その元付き人、棚夏櫂兎の査定評価は『可』で、間違っても能吏などとは評されていなかったはずだが」


ここだ、と言わんばかりに、清雅が口を挟む。その言葉はどこまでも白々しく、どこか秀麗の次の言葉を誘うようでもあった。


「そう、彼の査定評価は、十年来変わらず全ての項が『可』でした。いくらなんでも人為的だと思いませんか。
彼が吏部で元吏部尚書に不当な扱いをされていたという証言があります。正しく評価されていなかったと推定します。それに、」


秀麗はそこで深呼吸をひとつする。次に紡ぎ出されるのは、清雅へ向かっての言葉だ。秀麗はそれを、敢えて他の人々にも聞かせるように告げる。


「私たちは彼が有能なことはよく知っているはずよ。だって私たちの上司――御史台の副官なんだもの」

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空中三回転半宙返り土下座
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