白虹は琥珀にとらわれる 30
御史大獄を明日に控えたその日。静蘭に呼び出された櫂兎は、人目につかぬ塀の陰へとやってきていた。


「どうしたの、珍しい。俺に用事?」

「直接聞いた方が早いと思いまして」


きょとんとした櫂兎は、それから少しの間葛藤するように悩んで、困ったようにして言った。


「機密事項は話せないよ」

「貴方のことについてです」

「ああ、それなら」


ほっと息つく櫂兎に、静蘭は先の宰相会議の後に出た話題で湧いた疑問について尋ねる。


「先王は何故、貴方を要職につけなかったんです? 貴方もまた、不自然なくらいに出世していませんよね」

「えー、俺も殲華が何考えてたかなんて知らないよ」


それを考えろとでもいうように、静蘭から睨みつけられ、櫂兎は肩をすくめた。


「ああでも、すぐにいなくなるとかは、思われてたかもしれないね。客扱いが長かったし。目立ちたくないとは言ってたし」

「いなくなる?」

「かもしれないって話。こいつばかりは俺にも予測がつかないの。っていっても、結局今の今までここから消えてないんだけどね」


その話を聞いて静蘭が思い出したのは、『王の客人』は先王の室に突如として現れたという話だった。


「……『王の客人』というのは、一体何なんだ?」

「さあ?」


こてんと首を倒した櫂兎に、静蘭は呆れてしまった。しらばっくれているというより、本当にわからないといった様子だ。それでいいのか。


「話を戻そうか。どうして要職に就かなくて、出世しなかったのか、か……。
俺、進士も出遅れたし、出世できるだけのことなんてできてないから、当然といえば当然なんじゃない?」

「嘘をつけ」


へらり、と笑った櫂兎に、静蘭は厳しい顔でそう言い捨てた。
――万年下っ端していたせいで、自分の能力を見誤っているんじゃなかろうか、こいつは。
あながちありそうで、静蘭は一気に疲れを感じてしまった。


「宰相会議じゃ次の吏部尚書の候補に、お前の名だってあがったんだぞ」

「うぇっ、本当に!?」


嘘ではない。劉輝の呟きであって、宰相会議で話題となるほどではなかったが。
劉輝は俯いていたため、重鎮達の様子を確認していなかったようだが、彼の側に控えていた静蘭がその場を見ていた限り、櫂兎の名を知らない様子の人間は少数で、名に対する反応も悪いものではなかった。あの旺季も少し目を見張る様子を見せていたことからして、案外おせたのではないかなどとすら、静蘭は考えていた。

それを静蘭が軽く話せば、衝撃だったのか、櫂兎はその場でぎょっと身を反らす。


「なんじゃそりゃ! 楊修も推挙したいって勧誘に来てたけどそれ本当のことだったの!?」

「むしろ勧誘に来られていたのか」

「ちょっと前に、数度ね。雑談や近況報告なんかもあったから、その件はてっきり冗談だと思ってたよ…」


ますます、アリなのではないかなどと静蘭が考えはじめていると、それを察知したように櫂兎が焦りだした。


「もう再就職してるからっ!おいそれと辞められる職じゃないからっ!」

「なんて職に就いてるんですか。暗部?」


辞められない、なんてきいて静蘭が真っ先に連想したのはそれだった。


「ちがうよ?! どうしてそうなった!」


静蘭の物騒な発想に、櫂兎が叫ぶ。それと同時に御史台にいることを秀麗が黙秘してくれていることを知り、櫂兎は心の中で彼女に感謝した。静蘭が忙しい彼女と会えてないだけかもしれないが。


「まあ、俺が黎深の後釜ってのは、さすがに身内大好きな紅家官吏が黙ってないでしょ」


ひらひらと手を振って、櫂兎はそんなことを言うのだった。


「でもまたどうして、わざわざこんな事を訊きに?」

「疑問でしたので。ああ、鄭尚書令がこの件について貴方と話をしたそうですよ。また近いうちに文が行くかと思います」

「悠舜が? ふうん」

「貴方なら、知っているんじゃないですか? 彼は何者なんですか」


静蘭の問いに、櫂兎はほのりと笑みを浮かべた。


「悠舜は、悠舜だよ」

30 / 43
空中三回転半宙返り土下座
Prev | Next
△Menu ▼bkm
[ 戻る ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -