白虹は琥珀にとらわれる 29
紅州に戻ることを決めて、数日。早くも準備万端といった弟に、邵可は苦笑する。


「張り切っているね、黎深」


かくいう邵可も、目的が目的なだけあって、覚悟は充分だ。準備の程も、今日中には整うだろう。


「戻るならば、急いだ方がよいと櫂兎に言われました」

「櫂兎が?」


何故だろう。その理由までは分からないのに、その言葉は邵可の中ですんなりと受け入れられた。


「予定を早めようか」


迎えを待つ手筈だったが、明日にでも出発したほうがいいかもしれない。幸い軒はある。玖琅の気遣いには悪いが、急ぐこととしよう。


「でも、珍しいね。君の方に櫂兎がそんなことを伝えるなんて」

「……こちらが、櫂兎に文句があって会いに行った際に聞いたことなので。兄上、ここ暫く櫂兎に会われてらっしゃらないでしょう?」

「喧嘩は駄目だよ、黎深」

「喧嘩などではありません! 奴が先に節介を焼いてきたのであって、私はそれに文句を言っただけで、別に肩揉みの仕方など――」

「肩揉み?」


邵可は思わず荷を結ぶ手を止めて、黎深の顔を見た。今先程、この弟が言うとは信じられないような単語が聞こえなかっただろうか。


「……私が櫂兎のことを忘れていた頃、櫂兎に紙を渡されたことがあるのです」


それが先程の話とどう関わるのか、邵可にはさっぱり分からなかったが、それきり黎深は何も言わなかったので、邵可も何も尋ねなかった。








その書類を櫂兎が覗いていることを察知した皇毅は、櫂兎にいつもの鋭い視線を向けた。


「手は出しません、首も突っ込みません。セーガ君には断られましたし」


櫂兎は苦笑して、そう告げる。
御史大獄の延期の理由でもあるこの案件は、清雅が担当していた。他でもない、国内有数の穀倉地帯である紅州を牛耳る紅家が穀物の取引を差し止めている件だ。


「十中八九、紅黎深ではない何者かが黒幕ですよね。そちらの調査はされていないようですけれど」

「調査よりも先に、供給を絶たれたことによる影響への対処を早急に行う必要がある」


その割には、あまり人員が割かれていないことに櫂兎は気付いていたが、指摘したところでどうにもならないのだろう。折角設けた班制度くらいは活用してほしいな、などと思いながら、そこから視線を外した。

櫂兎が長官室を出て行くのと入れ替わりにして、清雅がその場に現れる。そこでようやく皇毅は、櫂兎が蝋燭の明かりを灯しに来ていたのだと気付いた。そして、もうそんな時間だということにも。……考えを巡らせているうちに、随分と経っていたらしい。
清雅の定時報告を聞きながら、どう対処したものかと皇毅は思案する。

今から十年ほど前。今とは状況も規模も全く異なるが、ここ貴陽で同じように米が不足することがあった。その時の記録を一通り攫った皇毅は、霄太師主導で民に配られた食糧のうち、大量の米の出処が判明していないことを認識していた。
それらの米は、国が買い上げたのでもなく、国が保管していたのでもない。どこからともなく現れている。
皇毅は、王位争いの規模が拡大した時の備えに、兵糧を溜め込んでいた輩がいたのかと予測を立てていたが、当時同じく米の出処に疑問を持ち、調査した旺季によると、そのように溜め込んでいた輩などおらず、それを徴収した跡もなかったという。

――貴陽周辺で育てられながら、市場に乗っていない米がある。それも、膨大な量が。

その可能性に至るのに、そう時間はかからなかった。

その裏に、黒幕ともいえる何者かがいるのだろう。それは敵か、それとも味方か。
近く清雅に調べさせることを検討しながら、皇毅は報告を終えた清雅に、先に片付けるべき件についての指示を出した。

29 / 43
空中三回転半宙返り土下座
Prev | Next
△Menu ▼bkm
[ 戻る ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -