9月15日





頭がガクリと落ちて目が覚める。

目の前にはミミズが這った万年筆の跡。いけない、俺としたことが執務中に居眠りしてしまうなんて。証拠隠滅とばかりにミミズだらけの紙を丸めた。

「六代目、只今戻りました」

声をする方に目をやれば見慣れた顔。思わず丸めた紙を手の中に包んで隠す。

「あ、おかえり名前」

三日月のように細くなる目。そして、名前は何事もなかったかのように、丸まった紙を俺の指の間から取ってゴミ箱に捨てた。やっぱバレてたか。

「お前の気配に気付かず居眠りなんて、俺も歳かな」
「それだけ私を信頼してくれてるんだと、思ってますよ」
「うん、そうだよ。それ」
「調子が良いんですから」

日々の重責の中でこうやって軽口を叩ける。そうやってさ、やっぱり、こいつには敵わないな、なんて思ったりして。

「今日は何時に帰れるかねー」

昨日も一昨日も、その前だって家に風呂と睡眠の為に帰っただけ。こんなに多忙だなんて、綱手様から聞いてなかったよ。全く。

「今日は早く帰りますよ」
「ん?そんなに仕事なかったっけ?」
「はい、今日は仕事がない日です」

そうきっぱりと言い切って、名前は俺の仕事道具を片付け始めた。
いやいや、いくら何でもまだ早すぎでしょうよ。時計を見て、窓の外を見て、名前を見る。まだ、時計は1日の半分を過ぎたばかりで、太陽も傾きかけてきたばかりだ。
ポカンとする俺を余所に、名前は巻物を棚に戻し、万年筆にキャップをして机の上を綺麗に拭き上げる。

「六代目は何が食べたいですか?」
「へ?」
「やっぱり、お魚が良いですか?波の国直送の良いお店見つけたんですよ」
「ちょっと、事態が飲み込めないんだけど」
「しかも、今日は私の奢りです」

俺のアホ面がよっぽどだったのか、名前は手で口元を隠しながら笑った。

「ほら、今日は六代目の大切な日ですからね」

行きますよ、名前はもう火影室の扉を開けて俺を手招きする。

俺にとって大切な日?

「……あ、そうか」

そうか、俺の大切な日……。そうだよな。

「私にとっても大切な日ですから。それに、里の皆さんにも」
「それは、ありがとう」
「どういたしまして」

腰を持ち上げて、名前の隣に立てば、名前は出発!と元気良く声をあげた。俺はポケットに両手を入れて、名前の後ろに続く。

「これで、ひとつおじさんを重ねちゃったよ」
「六代目はお幾つでも素敵です」
「お世辞ありがと」
「私は六代目にだけは正直です」

思わず足が止まってしまう。俺の気配が離れて、名前が振り向いて俺を見上げる。
そうして俺も、ついつい名前を見つめてしまう。あれ、こいつ……こんなに。

「もしかして、私の顔に何かついてます?」
「ううん、何でもないよ」

ま、お前がいるからこんな日常も悪くないと思える訳で。

「変な六代目」

穏やかに控えめに笑う、そのいつもの声、それを明日も聞くために俺は里の真ん中で頑張る訳で。

「俺は前から変だよ」
「存じております」
「だね」

それにしても今日だけは、何でかな、その声が何だか特別に聞こえるよ。

「なーんてね」

「……何か言いました?」
「ううん、独り言。さ、行くか、ありがとね」







9月15日 end.

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