3月3日


ずっと昔の記憶。

私は、優しいお兄さんに甘い綿飴を貰った。
確か、数人の男の子達にいじめられてる女の子を助けたご褒美だったと思う。私は男勝りな子供で、おままごとよりも木登りが好きな女の子だった。だから、女の子をいじめる女々しい男の子が許せなくて、私はひとりで突っ込んだ。

女ひとりじゃ、男数人には勝ち目はなくて、頭にはタンコブが出来て膝は血だらけになってしまった。
いじめられていた女の子に向かって早く逃げて!と叫んだ。女の子は泣いていたけれど、逃げてくれた。あぁ良かった。でも、私はもうダメかも、そう思った時、私を蹴っていた男の子達がふっと消えた。

上から声が聞こえて、消えたんじゃなくて、視界から消えたんだと気付いた。

面をつけた背の高いお兄さんが、男の子達を纏めてくびねっこを掴んでいた。顔は見えなかったのに、この時の私は何故かお兄さんだと思った。
はげ!ばか!おっさん!そんな下らない言葉で威嚇をされて、お兄さんは飄々としていた。
私は知っている。お面をつけた人達は、里を影から守る凄い忍の人達なんだって。忍のお父さんから教えて貰ったんだ。

「俺はまだ若いし、はげてないよ。お前ら、分かってるよな?」

それまで全くなかった威圧感が、一気に出て、男の子は漏らしてしまいそうなほど怯えた顔になった。口々にごめんなさいを繰り返す男の子達に、お兄さんは溜息を吐いた。

「女の子に怪我までさせて、ごめんなさいで済むとは思うなよ?」

そう言ってお兄さんが突然ふたりに増えて、片方が男の子を担いで何処かに行ってしまった。残ったお兄さんは、私に駆け寄ってくれた。

「怪我してるね、手当するからちょっと我慢してよ」

お兄さんは、傷に綺麗に絆創膏を貼ってくれた。消毒液でも泣かなかった私をとても褒めてくれた。

「お兄さんって優しいんだね」
「今日は、ひなまつりだしね。女の子を大切にしなきゃ」

あ、そうか!忘れてた!そう笑えば、一緒に笑ってくれた。お兄さんはちょっと待ってて、と言って駄菓子屋さんに入って行ったかと思えば、大きなフワフワの綿飴を持って私の所に戻ってきた。

「はい、勇敢な君にこれをあげる」
「わぁ、やったー!」

私の顔よりも大きな綿飴は、食べるのが大変だった。口の中ですぐに溶けて、甘い味だけを残す綿飴はとても美味しかった。

「おいしい!お兄さんも食べる?」
「仕事中で面は外せないから大丈夫、ありがとう」
「そっか、残念だね」

パクパクと綿飴を食べる私の前に、お兄さんは跪いて顔を少し近づけた。

「君は素敵なお姉さんになるよ」

お兄さんの表情は分からなかったけれど、お面の奥から私を見つめる瞳がとても優しくて温かかったのをよく憶えている。


あれから、忍にはならなかったけれど私は大人になった。
綿飴のお兄さんのことは、すっかり記憶の片隅に行ってしまった。

テレビで今日はひな祭りです、とニュースで言っているのを見て、雛人形より鯉のぼりの方が欲しいと駄々をこねてお母さんを困らせたことを思い出した。
ニュースが終わって次のニュースになったとき、玄関が開いて恋人が戻ってきた。

「カカシ、おかえりなさい」
「うん、ただいま」

おかえりなさいのキスをして、カカシが大きな袋を持っているのに気付いた。

「なぁにこれ?」

綺麗な桃色の薄いビニール袋は、空気でパンパンに膨らんでいた。ビニールの口には、輪ゴムがグルグルに巻かれていて、割り箸が半分刺さっていた。そして、微かに甘い香りがする。

「ほら、名前。これあげるよ」
「もしかして、わたあめ?食べるの久しぶりかも!」
 
嬉々として袋から綿飴を取り出して食べようとした時、変だなと思った。

「ん?でも、何で買ってきたの?」

ほら、ひな祭りでしょ?それに……そう言ってカカシはひと言付け足した。

「君は素敵なお姉さんになったからね」

そして、私を見つめる瞳がとても優しい。私の大好きなカカシの優しい目。

あれ?なんか、これデジャヴかも。なんか覚えてるぞ。そうだ。あれだ。あのお兄さん。でも、なんでカカシ?ん?と、言うことは、もしかして?

「…………お、お兄さん?」
「覚えてくれてたんだ」
「き、聞いてないよー!」
「ま、あの時の俺は暗部で顔見せてなかったしね」
「信じられない……」

カカシは、私の手から綿飴を取り上げて、ぎゅっと抱き締めてくれた。

「思ってたよりも、素敵な女の子になってたから好きになっちゃった」

名前が年上好きで良かったよ、カカシはそう笑った。そう言えば、あの日から私は年上のお兄さんが好みになったんだ。

久しぶりに食べた綿飴は、やっぱり甘くて美味しかった。






3月3日 end.

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