エピローグ



夕食を終えて、またソファーに並んで座る。娘はテレビ、俺は読書。
また質問攻めに遭うのではと内心ビクビクしていたが、もう気は済んだのか静かにしていた。やっとだよ。
ふと本から目を逸らしたら、ぐっすりと眠っていた。ベッドまで運んでやり、布団を被せれば気持ち良さそうに枕に顔を埋めた。本当にこういう仕草まで、やめてよ、と言うくらいに似てるんだよな。

「遅いね……」

正直かなり心配だ。
日が落ちてしまった。里の中は明るくまだ安心だが、里の外は開発がされているとは言え暗い。マスクを上げて、サンダルを履いて家を出る。里の正門に行けば、すれ違うこともないだろう。
癖で本を持ってきたが、読む余裕なんてない。早く帰って来い、ひたすら心の中で願いながら門の外の人影を探す。どんなに暗い所でも、遠くにいようが彼女を見つけるのが俺の特技。それだけベタ惚れってことなんだろうな。
ほら、今回も。

「おかえり、名前」
「ただいま」
「帰ろうか」
「うん」

手を繋いで家までの道程をゆっくり歩く。
ただの道も、名前が一緒なら良い景色に見えるからやっぱり不思議だ。
そう言えば、いつからだろう。左手だけポケットに手を入れる癖がなくなったのは。

「良いの見つかった?」
「うん!拘り過ぎて時間掛かっちゃった」
「良かった」

家に着くなり名前を抱き締めて、啄むように唇に触れる。娘がいたら出来ないからね、タイミング良く寝てくれたよ、ほんと。

「二人でお留守番はどうだった?久しぶりでしょう?」
「あいつ、しっかりしてるから大丈夫だっだよ」
「そう、二人で何してたの?」
「それは内緒」

名前は、クスクスと笑いながら二人でずるいわと俺に抱き着いた。お互いに離れ難く、玄関からリビングまでの僅かな距離もベッタリと抱き合いながら向かう。

「おばさんとおじさんがこんなにベタベタしてるなんて、ばれたら恥ずかしいわね」
「俺はオッサンだけど、名前は凄く綺麗だから大丈夫」
「うふふ、そうかな」

出会った頃よりも柔らかくなった照れた時の笑顔。昔よりも、時を重ねた今の方がずっと綺麗だって本気で思ってるのにね。どうやら信じてくれていないみたいだ。

「飯は食べた?」
「ううん、早く帰って来たかったからまだなの」
「あいつ、ご飯作ってくれたよ。温めるね」
「ありがとう」

温め直した料理を並べてると、名前はテーブルについた。

「美味しい」
「名前の味そっくりだよ」
「そう?」
「うん、凄く美味い」

実のところ、離れていた時間は名前も堪えたようで、お風呂もドライヤーもベッドに入るまでずっと甘えて来た。娘の手が掛からなくなったからこそ出来ることだと思う。





目が覚めるといつの間にかベッドにいた。
え!?朝じゃん。あー寝ちゃったんだ。もー!お父さん起こしてくれればよかったのに!
寝癖もそのままに部屋を出て階段を降りれば、リビングからお母さんの笑い声とお父さんの話し声が聞こえた。勢い良くドアを開ければ、二人がびっくりして私を見た。

「お母さん!おかえり!」
「ただいま」
「お母さん遅かったね、心配したんだよ?」
「ごめんね、でもね、貴女にどうしてもこれを渡したかったの」

そう言って、お母さんは子供みたいな笑顔で小さな箱を取り出した。白くてキラキラした紙に包まれて、私の好きな色のリボンが掛けてあった。私が目をパチクリとさせると、お母さんはフフフと笑った。

「上忍昇格おめでとう」
「お母さんだーいすき!」

私は、お母さんに抱き上げてグルグルと回った。

「め、目が、まわっちゃう」
「こーら」

お父さんに肩を掴まれ、私はやっとストップした。お母さんは少し目が回ったらしく、足元が覚束なくなってしまった。

「開けていい?」
「どうぞ」

綺麗な包装を丁寧に剥がすと、革製の箱が入っていた。箱を開ければ、玉虫色に光る宝石のネックレスが輝いていた。

「わぁ、綺麗!」
「私の生まれ故郷の宝石なの。お守りよ」
「お母さんありがとう!!お父さん似合う?」
「うん、似合う」

半ば無理やり言わせてる感じはあるけれど、まあいいでしょう。

お父さんが仕事で七代目の所へ行ってしまい、私とお母さんはふたりきりになった。
お父さんが火影だった頃は、いつも家に帰って来なくて私達はふたりきりだった。
まだ子供だった私はお母さんのベッドでいつも寝ていた。お父さんとお母さんは同じベッドを使っていた。朝起きると時々お父さんも一緒に寝ていることがあって、その度に私は心底ビックリした。まだ忍のことを良く知らない私は、突然現れるお父さんは魔法使いなんだと思っていた。
絵本に出てくる瞬間移動も何でも出来る魔法使いだと勝手に。

「お父さんにね、お母さんとの馴初め聞いてたの」
「あら、だから内緒って言ってたのね」

お母さんは、楽しそうに笑った。

「お母さんは、お姫さまだったんでしょう?」
「もう、そんな大層なものじゃなかったのよ」
「全てを失ったお母さんの悲しみを、お父さんが取り除いてくれたんだね」

お母さんは、小さく首を横に振って微笑んだ。

「お父さんは取り除いてはくれなかったわ、でも、一緒に悲しんでくれた」

懐かしむような表情に、私の頭には疑問が浮かぶ。

「どうして?私がお父さんだったら、お母さんを二度と悲しませないように忘れさせようとするのに」
「お父さんは、一緒に悲しむことでお前は孤独じゃないよって教えてくれたの。だから、お母さんは悲しいことも嫌なこともずっと逃げていたけれど、受け入れる勇気が湧いたのよ」
「……お父さんって、本当に優しいんだね」
「えぇ、だから貴女も優しくて強いの」

お母さんは、私の頬を両手でギュッと挟んだ。戦うことを知らないお母さんの手は、私のよりもうんと細くて柔らかくて、この手がどれだけお父さんを癒やしたんだろうと想像した。 

「ねぇ、お母さん」
「なあに?」
「お母さんは、幸せ?」

お母さんは、嬉しそうに目を細めてニコリと笑った。

「えぇ、幸せよ。こんなに可愛い貴女に出会えたんだもの」
「良かった。お母さんが幸せなら、私も幸せ」
「お父さんと同じこと言うのね」
「私は、お父さんの子供なんだもん」

そうよね、とお母さんは私を抱きしめてくれた。
お母さんはやっぱり良い香りがして、私はきっと死んでもこの香りを忘れることはないだろうと縁起でもないことを勝手に思う。

「私ね、お母さんとお父さんが結婚してくれて良かったって本当に思ったよ」
「ありがとう」

お母さんに、取っておきのお父さんの秘密を教えてあげようと思う。お父さんすら気付いてない秘密。

一緒に寝ていた時に、お父さんは時々決まった寝言を言っていた。私はそれを聞いてなんだか照れくさい気持ちになったものだ。

「ねえ、お父さんったらいつも寝言でね……」
「なーに?」
「あのね……」

お母さんとお父さんが同じ場所、同じ時代に生まれて出逢って、惹かれあって一緒になって、そして私が生まれた事。

物凄く奇跡のようなことなんだって、お母さんの笑顔を見ていたら実感した。泣き上戸でもないのに、何だか涙が止まらなくなってお母さんを困らせてしまうのは、私がお母さんの子供だから。でも、お母さんは私のお母さんだから、泣いている理由なんて分かっちゃうみたい。あやす様に抱き締められて、私は涙を拭う。

「あら、急にどうしたの」
「嬉しくて」

幸せ過ぎて涙が出ちゃう時、お父さんとお母さんはどうしていたんだろう。

「えっとね、あのね、お母さん……」


……お母さん、お父さんって本当に素敵な人だね。





恋の読み聞かせ End.



あとがき


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