ダサすぎるプロポーズ





「でさ、そもそもお父さんはさ、いつお母さんと結婚したいって思ったの?」
「んー、二回目の任務中だったね」

ある夜、護衛任務中にも関わらず気付いたら眠っていたことがあったんだ。宿の外に後輩の警備もあったお陰で気が緩んだんだろうな。とにかく疲弊していた俺は、名前の眠る部屋の襖に軽くもたれたまま眠りに就いてしまっていた。

────コトリ

微かに聞こえた音に、目を覚ました。
時計を見れば針が真上を指していて、しまったと思ったよ。僅かに開けた隙間から、中の様子を窺うと窓辺の椅子に腰を下ろしたまま動かない名前がいた。

まるで能面のような、名前の無表情な横顔に俺は図らずもショックを受けたよ。
きっと、親も一族も失ったあの日から何度もこんな夜を過ごしていたんだろう。瞬きもせず涙も流さずにずっと真っ暗な空を見上げていた。既に涙も枯れてしまったんだろうか、そう思ったよ。

何年以上経っても、名前の心は失われた故郷にあるんだと理解したよ。

無意識のうちに、名前の小さな手を握りながら跪いていた。

「忍さん……」

名前がもう1人で悲しむことがありませんように。
ただの護衛じゃ何の役にもたたないが、心から願っていた。名前が幸せになってくれればそれでいい。名前に降り掛かる不幸が全て俺の所に来ますようにと本気で思った。その時かな、名前の隣に俺が立っていたいと思ったのは。

「なんだかロマンチック。ねえ、プロポーズの言葉は?いつ?いつ?大事なとこサラッと流したじゃん」
「そこまで聞く?」
「一番大事なとこだもん」

お父さんは、困ったようにわざとらしく息を吐いた。本当は惚気けたい癖にね。

「……あれはね」

あれは、婚約破棄を無事遂行して名前と二人で里に帰って来た日の夜だった。帰ってきた日は流石に宿も取れず、名前は俺の家に来たんだ。
任務でも何もなく、一緒の部屋で過ごすなんて俺にとっては夢のようだったよ。移動に疲れたのかな、名前はすぐに寝たよ。

婚約破棄をさせたが、俺と名前は婚約していないことに気付いた時に自分の間抜けさに驚いたよ。そりゃそうか、プロポーズしてないんだからね。結婚しなきゃ本当に誘拐になっちゃうよなって焦ったよ。
とは言え、起こしてしまうのも可哀想だし、俺も俺で翌日任務があったからこらえて我慢したよ。

翌朝、目を覚ました名前に里の地図を渡して自由に過ごしていい事を伝えた。里に来た時は、いつも護衛対象だったから本当に嬉しそうだった顔を今でも忘れられないよ。

任務の帰り、俺はプロポーズをしなきゃいけないと、指輪とプレゼントを買うことにしたんだ。女性のもんには疎いけど、指輪はすぐに決まった。それくらい名前にピッタリと思えるものがあったからね。それから、プレゼントは柄にもなく花にした。名前は、花が好きだったから。

家に帰ると、名前も帰っていたよ。逃げ出されてなくて、正直ホッとしたよ。
名前は、何やらソワソワしていて俺も釣られて緊張してしまった。いや、ずっと緊張していたんだけどさ。

「カカシさん、おかえりなさい」
「……戻りました。名前さん、1人にさせてしまってすみません」
「いいえ。里も色んな所が変わっていて楽しかったんですもの」

キッチンには温かい鍋とフライパン。

「料理を作りましたの。お口に合うか分かりませんが」
「か、感激です……」

感動に胸をいっぱいにしている中、俺も名前に何かしたいと思った。でも、俺から差し出せるものと言ったら大したものはなくて。

「名前さん」
「はい」
「残りの俺の人生、貴女の為に使わせて下さい。そして、俺の隣にずっと居て下さい」

今思うと、ダサすぎるね。
でも、名前は嬉しそうに笑うんだ。

「はい」

生きてて良かった。この時初めて思ったよ。


「本当に、お父さんはお母さんのことが心から好きなのね」
「違う、好きじゃないよ」

私は面を食らって、どういう事?と問いただす。だって、お父さんはお母さんの幸せだけを願うほどに好きになってたんでしょ?それで好きじゃないなんて意味がわからない。
私が語気を強めるものだから、違う違う、そうじゃない。お父さんは慌てて否定した。

「心から愛してるんだよ」

ま、娘の前で言う事でもないけどね、とお父さんは照れ隠しで誤魔化した。お父さんって、本当に、本当に……。

「ねえ、お父さん、お母さんの秘密教えてあげよっか」
「え?」

それまで寝っ転がってたのに、お父さんは跳ねるように起き上がった。私は、お父さんをからかうように口笛をヒュウ、と鳴らした。

「まだ何も言ってないじゃん」
「ああ、そうだな」

私が唯一知るお父さんの弱点。それはお母さん。
お父さんは、頭も良くて観察眼もあって数度敵の攻撃を見ただけで分析しきってしまう天才だ。その秘密をお父さんから教えて貰った時には、なんと努力家なのだろうと感動した。まだまだ私には出来ない芸当だ。

そう言えば、七代目様とうちはサクラさんと、とある極秘任務の作戦を立てていた時、かつて修行でお父さんに勝てた弱点があるって言ってたけど教えてくれなかった。大人になったら教えてくれるとは言ったけど、私にはお母さんの秘密が沢山あるから教えて貰わなくても平気だ。きっとお母さんが「鈴頂戴」って甘えてたらお父さんは、犬みたいに素直に渡す。想像したらちょっと笑える。もし、七代目様から聞いた鈴取りの修練をすることになったら、私はお母さんを連れて行こう。

「で、何なのよ」
「ん?」
「母さんの秘密」
「ああ、忘れてた」

信じられないと言いたげに、私も見事に受け継いだお父さんの唇が、不機嫌にとんがった。本当に笑っちゃう。

「実はお母さんね、お父さんがいない時にね……」

それは、お父さんが里の外に行っている時のことだった。

火影は滅多に里から出ない。それは、火影が不在の里は敵に狙われやすいからだ。頭を失うと、軍隊は一気に統率を乱し力を失う。その頭が不在とあらば、頭を叩く手間が省けるのだから。叩くにしても頭は火影なのだから簡単でない。誰もが避けたいのだ。

お母さんは、火影になったお父さんが居なくなる度に寂しい寂しいと良くボヤいていた。
暗部を抜けてからの上忍時代はよく長期の任務で不在にしていたようだけど、まだ私が手の掛かる赤ん坊だったからそれ所じゃなかったらしい。

「寂しい……」
「かわいい娘見て元気だしなよ」
「うう可愛い……、父さんにそっくりなんだもの……その口元も、瞳も髪色も……」
「思い出して辛いなら、私も出てこっか?」
「それは駄目!」

子犬みたいに私を見つめながら、お母さんは何度もお父さんを連呼するのだ。ご飯を作っている時も、掃除をしている時も「お父さん大丈夫かな?」「お父さんお腹空いてないかな?」とか、とにかくうるさい。お付きの人がいるから大丈夫だって、とその度に慰めていた。

これがお母さんの秘密1つ目。

「そんなに心配なら、くっついてけば良いのに」
「それは駄目なのよ……お母さんはあなたと違って弱いから」

守って貰う立場だから、護衛しやすい里に居た方がお父さんの為になるのだと切なそうに言うのだ。

「お母さんはさ、忍になろうと思わなかったの?」
「……ないこともないけど、隠れ里出身じゃなかったしお母さんが忍じゃないからこそ、お父さんは逃げられる場所になれると思うの」
「逃げられる場所?」
「うん。お母さんが忍のことを良く知らないからこそ、お父さんは忍の弱い所も唯一晒せるのよ」

里で1番強いと言われる忍の弱い部分。それを受け止めるお母さん。お母さん大変だなと思っていたけど、きっとお母さんはお父さんの力になれて幸せだったんだろうって今なら分かる。

「ねー、お願いがあるんだけど」
「なーに?お母さん?」
「アレやって……」
「え?またあ?」
「お願い!」

お母さんにお願いされちゃ弱いのは私も一緒か、と思いながら印を組む。組んだ印は変化の術。もちろん、変化するのは。

「これでいーい?」
「うん!かっこいい!」

もちろん、お父さん。これがお母さんの秘密2つ目。
娘の私でも、お父さんに勝てないって思う瞬間だわ。

なにお父さん嬉しそうにしてるの、気持ちは分かるけどさ。

「ありがとう。いつもごめんね」
「いいよ、これくらいアカデミーレベルだもん」

どこまでバカップルなのかしら、毎回私は思ってたよ。それが私の自慢だったりするんだけど。

「母さん、そんなこと頼んでたのか」
「そうだよ。毎回じゃないけど、寂しさに耐えきれなくなった時はね」
「寂しい思いをさせて、悪いことしたな……」

娘の私にだって、同じ思いを抱いたのかも知れない。けれど、同じ忍である私の心をお父さんは分かっているからこそ私のことは放っておこうとしている。
我が家において、お母さんだけが純粋に護るべき存在だったんだ。

「……どうした?」
「お母さんの話してたら、お母さんに会いたくなったね」
「……そうだな」
「お母さんに会いに行こうかな」
「無茶言うなよ」

お父さんは申し訳なさそうな顔をしていた。なんでそんな顔をするのよ……。
別にお父さんのせいじゃないのに。

「そろそろ夜ご飯作ろうかな?」
「そうだな」

なんだか、しんみりしてしまった。
我が家で煩いのは私だけど、お母さんが居ないとこんなに静かに感じるのは笑い声がないからなのかな。





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