紅差し指・06




「ごめん、ちょっとおつかい頼んでもいい?」

名前は呼び出され、院長室にいた。
何かあったのかと思えばおつかいとは。

「火影様に、この検体を届けて欲しいんだ」

お弁当箱が入っていそうな白い真四角のクーラーボックスを渡される。綱手主導で新薬の開発をしているのだっけ。いつだったかシズネから聞いたような気がする。

「火影様ですね、分かりました」
「よろしくね」

名前は、白衣から忍服に着替えた。この服を着ても任務に出ることはパッタリ無くなってしまったが。
病院を出て綱手のもとへ向かう。綱手に会うのは久し振りで、内心ワクワクしていた。
見慣れた黄金色の髪を見つけ、名前はスキップよろしく駆け寄る。

「綱手様!」
「お、名前。久し振りだな」

名前を視界に収め、綱手は美しく薄い唇を綻ばせた。

「頼まれていた検体です」
「検体?」
「ええ、院長から連絡来てませんでしたか?」
「来てないぞ」

ええ?と眉を下げた名前だったが、お陰で綱手に会えたのだ。これはこれで良しとしよう。しかし、火影様と言っていたのに。

「きっとカカシだぞ、それは。私から頼んでおいたからな」
「ええ?」
「だから、それはカカシの所に頼むよ」
「はい、分かりました……」

名前が顔を顰めると、綱手は眉を上げた。

「なんだ、お前ら喧嘩でもしたのか」
「それは……」

急に嫌そうな顔をする名前に、綱手はケラケラと笑い出す。失礼な、と名前は密かにムッとする。

「悪い悪い。私は独り身だから分からないけど、結婚ってのはそんなに大変なもんなのか」

大変どころじゃないですよ!と名前は頬を膨らましたまま綱手に噛み付いた。

「名前、お前の気持ちが分からないこともない。アイツは掴めないからな」

綱手はどこまで知っているのだろうか。
彼女は火影ではあるが、現役ではない。

「しかしな、アイツが人と生活を共にするなんて信じられんよ」
「そうなんですか?」
「そうそう。お前はあんまり接点はなかったが若い頃なんて刃のように鋭く尖っててな。その頃よりは、丸くなった気もするがあんまり人には心のうちを見せない人間なんだよ」

確かに、と名前は頷いた。

「なんの心変わりか、余程名前が特別だったのか。まあ、夫婦なんだから互い意地は張るなよ」
「別に意地なんか……」

そう、張りっぱなしです。ぐうの音も出ない。それでも唇を尖らしてしまう。
ずっと名前の直属の上司だった綱手にはお見通しのようで、どうしようもない子だね、とデコピンを喰らわされた。

「綱手様のデコピンは格別痛いです……」
「わざと痛くしてるからね」

ジーンと熱を持った患部、名前は指先で触れる。
懐かしい、綱手が火影になったばかりの頃も良く叱られたものだ。昔を思い出し、名前は密かに笑む。

「気味が悪い」
「ふふ、すいません」

わざとらしく眉を顰める綱手に、名前は笑いながら頭を下げた。
医者として初めて陽の当たる場所で働いて、そうしたら突然火影の妻にさせられて、子供の頃からいた暗部の感覚を綱手といると思い出せる。

暗部を辞めて分かったのは、医者と言う仕事がとても好きなこと、そして、目立つことはとても苦手だと言うこと。

「ねえ、綱手様。冗談言っても良いですか?」
「なんだい?」
「暗部戻っても良いですか?」
「馬鹿言うんじゃないよ」

ですよね、と名前は苦笑いを作った。
今は自分の結婚生活をどうにかしな、と一喝される。返す言葉もありません、と名前は素直に頷いた。
綱手は、子供をあやす様に頭を撫でて来て、フッと笑みを和らげた。

「じきに分かるさ。アイツの良さが」





火影室までの道中、名前は考えていた。

あの人の良さ、か。
火影の名に恥じない実力と才能、里の人達に慕われ信頼される存在。顔だって悪くない、いや、正直綺麗だし。
日頃から、温厚でゆったりとしていて器の大きさを窺い知る。

いや、めちゃくちゃ良物件手に入れてるじゃん私。
いっそのこと受け入れたって良いんじゃ……いや、やっぱり結婚ってそう言うのじゃないし。

「名前さん」

声を掛けられ振り返る。

「あら、サクラさん」
「どうしたんですか、そんな湿気た顔して」

否定しようとしたが、思い当たる節が多過ぎて名前は素直にごめんなさい、と笑った。

「それ……カカシ先生の所にですか?」
「そうなんです。院長に頼まれまして」
「もー、名前さん!カカシ先生の奥様なんですから、教え子の私に畏まらないで下さい!」
「ええ、そうは言ってもやはり尊敬してますし」

年齢のあまり変わらない名前とサクラ。
上下関係の厳しかった暗部育ちの名前にとって、医療忍者として少しだけだが先輩であるサクラに対しては、ちゃんと敬わなければと思ってしまうのだ。

「カカシ先生もラッキーですね」
「ラッキー?」
「ほら、だって愛する奥様に仕事で会えるんですもの。役得ですね」

いいなあ、と頬を暖めるサクラに名前はそんなんじゃないですってと否定を入れる。すると、すかさずサクラが悪戯心をしたためた瞳で見つめてくる。艶やかな薄紅色の唇が、ゆっくりと上下に動いた。

「カカシ先生、私の前で名前さんのことなんて言ったか知ってます?」
「え?」
「俺の大事な奥さん、ですよ」

先生ってそんなタイプに全然見えなかったので、名前さん愛されてるんですね。サクラは純粋に祝福するように、名前に笑みを向けた。

「カカシせん……そんなことを?」
「はい!1度や2度の話じゃないですからね!」

一体、どんなつもりでそんなことを言っているのだろうか。周りに上手くいっているとカモフラージュする為なのか?
大事な奥さんなら、手ぐらい触れて来ればいいものを。いや、触れられた所で困るだけだし。もう何を言っているのか自分は。

「カカシ先生って、私達に素顔も見せないような秘密主義者なのに、名前さんへのことは隠さないんだなぁって思うんです」
「そうなのか、な」
「そうですよ」

名前は、改めてカカシのことを何も知らないと思った。
カカシが普段からどんなことを考えて、どんなものが好きで、どんなものが嫌いで、どんなことをしているのか。
どんな子供だったのか、家族はどんな人だったのか。
きっと、目の前のサクラより自分はカカシのことを知らない。

「カカシ先生に、宜しく伝えておいて下さい」
「ん?あ、はい。分かりました」

サクラと別れて、やっと火影室に辿り着いた。
ノックをしようかとドアの前で拳をつくったまま名前は止まっていた。家で会っているのに、こうして火影室で会うのは勇気がいる。
ずっと三代目と綱手が座っているのを見ていた火影室の椅子に、カカシが座っている。その違和感にどうしても慣れないのだ。
いざ、ノックをしようとした時だった。

「いつまでいるのよ」

ドアが開いてカカシが笑っていた。

「あ……」
「俺に会いに来てくれたの?」
「え?まあ、そうです」
「……なあにそれ、まあ分かってるから」

カカシに招き入れられ火影室に入った。

「検体はそこに置いといて、シズネが取りに来るから。すぐに帰らずちょっと座っててよ」

お茶を淹れるからさ、そう言ってカカシは名前を半ば無理やり傍らの椅子に座らせた。
かつて毎日のように過ごしていたこの部屋、今は何処と無くぎこちない。

「お待たせ」

カカシがお茶の入った湯呑みをひとつ、名前の前にコトリと置いた。

「もうすぐ終わるから。ちょっと待っててくれる?」

どうやら一緒に帰ろうとしているようだ。今日の診察は全て終わっているし、病院に戻る必要もない。
書類のタワーの中で、カカシが背を丸めながら書類に判を押している。この里で何かをするには、些細なことを含め全て火影の許可が必要でその申請が毎日山のように届く。今にも崩れそうな捺印済みの紙の束を、名前は立ち上がり纏め始めた。

「手伝います」
「ありがと、助かるよ」

目尻に皺を作ってカカシは礼を言った。
火影の補佐をしていたことはないが、病院で事務仕事もするようになった。暗部で隊長をしていた頃も報告書や編成書を出していただけだ。事務の苦手なりに何となくこうした方が助かるだろうと気を利かせてみる。
互いに会話はなく、黙々と自分の仕事をこなしていた暫くのこと。

「流石だね」
「え?」
「よく気が付くってこと」

書類に顔を向けたまま、カカシはそう言った。

「……ありがとうございます」

急に褒められて、名前は手を止めてたどたどしく答えた。
カカシが変わらず集中して仕事をしているのを見て、名前もすぐに仕事に戻る。タワーはどんどんと切り崩されて、机の上が片付いて行く。その途中でシズネが検体を取りに来た。2人の様子を見て、急いで退室したのは何となく恥ずかしく思った。

「今日は、これ位でいいかな。一緒に帰ろうか」
「はい」
「ありがとね、本当に助かった」

カカシはマスクを下ろして、ふぅと一息ついた。

「お疲れ様です」
「ん、名前もお疲れ」

目が疲れたのか、目頭を押さえるカカシを見ながら名前はカカシに近寄った。

「カカシ先輩」
「ん?なーに?」
「失礼します」

名前は手のひらでカカシの目を覆った。
疲れを癒すよう医療忍術を施すと、カカシは嬉しそうに名前の顔を覗いて来た。

「特別です」
「それは、俺が旦那だから?」
「調子乗らないで下さい。火影様だからです」

名前が鼻先をツンとさせるのを見て、カカシは子供を見て笑う大人と同じ表情をした。

「そう言う所、可愛いよね。ほんと」
「な、何言ってるんですか」
「素直になればいいのに」
「素直です」
「そうだね、うんうん」



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