紅差し指・05




帰宅してから、カカシは名前の顔を覗く。

「大丈夫か?顔色悪いよ」
「え、本当ですか」

勝手な想像で気分が悪くなったなんて、とても言えないし、言ったところで真実であったのなら名前の心が持たない。

「ちょっと寝てなよ。飯は、俺が作るから」

大丈夫だと返してみたものの、カカシに半ば強制的に促されるまま、名前はベッドの中に入る。布団の中では碌なことしか考えないから、嫌なのだが。

そもそもカカシに恋人がいた所で何なのだと言うのだ。お互い好き同士でくっついた訳ではない。
うじうじ考えていても仕方ない。カカシに訊いてみよう。結ばれる筈だった人がいたのか。そうしたら、迷わす離婚を切り出そう。

こんな時代に、こんな結婚おかしい。多少なりの事情があったとしても、愛している2人が結ばれるべきだ。
名前は布団から起き上がり、カカシがいるキッチンに向かおうとしたが、それはすぐに阻まれた。名前の部屋に、カカシがタイミング良くやって来たからだ。先程までの火影の出で立ちではなく、今はベストを脱いで手甲や防具もすべて外している。

「具合はどう?」
「あ、あの、カカシ先輩」

名前は、カカシに切り出そうとしたが、再びすぐに阻まれた。名前の言葉を遮るようにカカシが口を開く。

「何か食べれそう?軽いものなら作ったんだけど」

カカシは感じ取っている。名前が良からぬことを言おうとしていることを。しかし、名前も負けじと一歩カカシに近付く。

「私の話を聞いてくれませんか?」

掻き消すような大声に観念したのか呆れたのか、カカシは何秒か間を置いて頷いた。そして優しく訊く。

「……どうした?」

あんなに言おうとしていた勢いは何処へ。いざ促されると上手く頭が回らない。すぐにカカシが名前の唇に、自らの人差し指の腹を押し当てる。

「名前、その話はもっと時間が経ってからにしようか」

カカシにはどうやらお見通しだったようだ。

「さ、飯にしよう。お腹と背中がくっつきそうだ」

手招かれても、名前はベッド脇に立ったまま動かない。
カカシが密かに溜め息をついたのが分かった。困らせて呆れさせて、出来るだけ自分の愛想をつかせる。そうしたらきっといくらカカシだって嫌になる。
すぐに離婚はお互いの体裁もあって難しいだろう。もう少し時間が経てば、きっと出来るようになる。

「うーん、分かった」

首を傾げ、困ったような顔。そう。

「俺の何が気に入らないの?名前が嫌な思いしないように直すよ」

譲歩どころではないカカシの態度。
名前が何故こんな態度なのか、分かっているのか、分かっていないのか。
いいや、カカシが分からない訳はなく、分かった上での発言だ。

「言わないと分かんねーのかって感じだよね。でもね、俺は名前のこと何も知らないんだよ」

どうして、こんなに。

「カカシ先輩は、嫌じゃないんですか?」
「え?」
「わた……わたしで嫌じゃないんですか?」

震える声でカカシに問う。いざ聞いてみると不安で怖くて仕方ない。カカシに、お前は嫌いだと言われたいと思っているのに、どうしてこんなに怖いのだろう。

「なーに、それで?」

名前とは対照的に、カカシはいつもの抜けたトーンで言いのけた。

「そんなこと、気に病む必要なんてないんだよ」

カカシが心底当たり前だと言う顔をするものだから、名前はヘタリとベッドに座った。

「疲れてるでしょう。食事は部屋に持ってくから、好きな時に食べてよ」

糠に釘とはこのことだ。
カカシの心の内が見えてこない。



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