紅差し指・09




熱いシャワーを頭から被りながら、名前はパンクしそうな頭の中を整理しようとしていた。

あの悲しそうで哀れな表情は、とても火影がするものではなかった。まるで何かを恐れるような、震える瞳をしていた。カカシがあんな顔をしなければならなかったのか。

それを考えているうちに、ふと気付いた。

カカシが悲しもうが、どうだっていいじゃないか……。
戸籍上、夫婦であって、2人の間に愛はないのだから。
そう、愛はない。

自覚すればするほど、名前の胸に暗い影を落とす。どうしてこんなに動揺しているんだ。どうしてこんなに胸が痛いんだ。

シャワーのコックを捻り、お湯を止めた。温まった体を拭きながら、脱衣所のドアの向こうに気配を感じて身構える。

「名前、驚かしてごめんね。お前にそんな顔をさせてしまって済まなかった」

自分は一体どんな顔をしていたのだろう。
すぐ横にある鏡を覗き見る。シャワー上がりだと言うのに唇の血色は失われ、目元は泣いたように赤い。これは酷い。

「あいつと名前を断ち切ろうとは思ってないよ。あいつと俺は正反対だから、俺を嫌うのも分かる」

カカシの情けない声を聞きながら、本当に自分は酷い顔をしていたのだと悟った。

「急にこんな生活になって、急に夫と言われる人間と過ごせだなんて、辛いよな」

ドア越しに感じる気配。名前は、ドアを開けなければと急いで服を着ていた。髪の毛から水気がポタポタと落ちたが気にしていられなかった。慌ててドアノブに手を掛けた瞬間に、カカシの声が再びした。

「だから、暫く、離れて暮らそう」

爪先がドアノブを引っ掻いて、滑り落ちた。

「い、いま……」
「うん、暫く別居しよう」

お互い頭を冷やして、歩み寄る道を見つけよう。
それでも一緒になれないのなら、離婚もしていい。

カカシの提案に、名前は目眩を覚えた。
ずっと望んでいたはずのことなのに、頭を雷か石で打たれたかのように悲しみと言うには複雑な感情が全身を渦巻く。ショックを受ける自分に絶望した。

勇気を出して、ドアを開ける。感じた気配通り、カカシがいた。タオルを首に掛けて、いつものようにポケットに手を突っ込んだまま背を丸めていた。
表情の読めない表情を見上げながら、名前はカカシに一歩近づいた。

「カカシ先輩は、それが良いと思いますか?」
「……そうだね」
「どうしてですか」
「俺の顔、見たくないでしょ」
「そ、そんなこと……」

図星を当てられると、人はこんなにも狼狽するのだと初めて知った。

「それに、俺もね、名前にどう接して良いか分からなくなってね」

昔から、こう言うとこ不器用なんだよね、本当に申し訳ない。カカシは呟く。

「私は……その……」
「うん」

名前は悩んだ。
カカシの提案に合意して別居してしまうこと、ずっと望んでいたのだから二つ返事してしまえばいい。でも、そうしてしまったらもう二度と戻れない気がした。
でも、ずっとここままだったら、本当に引き返せなくなる気もする。

「はい、離れて、みましょう」
「うん」

カカシは、それからゆっくり頷いた。




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