人魚姫


それは、美しい歌声だった。

暗部の任務中、写輪眼を酷使してしまい、敵を倒したものの俺は倒れ込んだ。あー情けない。

とりあえず、周りに気配はないし、少し休もう。

すると、美しい声で歌う女性が現れて、俺にチャクラを分けてくれた。さっきまで殺し合いをしていた場所で、美しい歌声が木霊するなんて、違う世界に来てしまったみたいだった。何故かは分からないけど、敵だとは思わなかった。殺気がないからとか、そんなんじゃなくて、もっと根源的な感じでそう思った。木々の間から、微かに差し込む満月の光で彼女の輪郭がボンヤリと浮かび上がる。

意識が朦朧としていて、お礼すらマトモに言えない。

霞みゆく視界の中で、彼女の月の光を通した翡翠のような瞳が俺を見つめていたような気がした。


目を開けば、見慣れた天井だった。

「カカシ!お前もまだまだだな!」
「ガイ……」
「朝の逆立ちで里を100周していれば、お前が里の入り口で倒れているからな!病院に連れてきてやったんだ!」
「………」

俺は、里から離れた森で倒れたはずだった。

「不思議な事もあるんだな」

窓から外を眺めれば、綺麗な青空が広がっていて、あぁいつもの木ノ葉の里だと分かった。里に戻って来られたのも、きっと、彼女が助けてくれたのだろう。

彼女から分けてもらったチャクラは不思議だった。医療忍術で治すよりも、ずっとずっと早く俺の怪我を治癒した。

まぁ、元気になったからと、また任務任務。
同期が任務で全員出払った所で、先生に呼ばれた。火影の執務室に行けば、先生は何やら忙しそうだ。

「カカシ、このリストにある本を図書館で借りてきてくれないかい?」
「ハァ、俺がわざわざ?」
「まぁまぁ、特別な書物ばかりだから信頼できるカカシじゃないとね。司書さんしか行けない書庫の蔵書だから、司書さんに声掛けてね」
「分かりました」

リストを握った手をポケットに突っ込んで、俺は図書館に向かう。
カウンターにいる司書に声を掛ける。

「すみません」
「あ、火影様ですよね。すみません、ちょっと待ってて下さい。行けるスタッフが限られてますので」

忙しい所に声を掛けてしまった。先生と言い、何か今日はみんな忙しそうだ。

「はい」

その辺に腰掛け待つ事にした。あんまり図書館には行かないが、司書と言う方は忙しそうだ。
カウンターを眺めていると、後ろからツンツンと肩を突付かれた。
振り返れば、自分と同じ歳くらいの女性が立っていた。

美しい水晶のような瞳が特徴的な女の子。

「えっと、司書の方?」

彼女は頷く。首には司書と書かれた札が掛けられていた。そして、俺の手にあるリストを指差した。
俺は、リストを渡すと彼女は目を通し、俺に手招きをした。大人しくついていく。

建物の奥の奥へ進む。外の雰囲気とは全く違う雰囲気に、俺は辺りをキョロキョロと見渡した。頑丈な南京錠の掛かった大袈裟なほどに立派な扉を解錠すれば、小さな部屋に辿り着く。
彼女は、見た事のない印を組んで壁に手をつく。すると、壁がグニャリと蠢き穴が開いた。彼女は振り向き、俺にどうぞと譲った。

「司書さん、忍なの?」

彼女は、ちょっとだけと指で表した。

「ちょっとだけ?表現面白いね」

困った様に笑って、少し頷いた。
一緒に部屋に入ると、ホコリを被ったような巻物や本が所狭しと並んでいた。アカデミーの資料集に載っていたような本までズラズラと。彼女は迷う事なく、ヒョイヒョイと本をピックアップする。俺は、彼女について行って受け取るだけだった。

「これで全部だね。ありがとう」

彼女が微笑んで、俺も笑った。本を他の人が見られないように術式を掛けると鞄に仕舞う。来た道を戻り、彼女は出口まで送ってくれた。

「忙しいのに、ありがとう。あ、名前教えてよ」

彼女は、首に掛けた札を裏返す。

「名前って言うんだ。今度、オススメの本教えてくれる?」

彼女は、うん!と満面の笑みで頷いてくれた。
じゃ!と手を振って走り出せば、手を振りかえしてくれた。

「先生これ」
「カカシ、ありがとう。面白かったでしょ?」
「んー、面白い司書がいたくらいかな」
「司書?」
「いや、独り言です」

俺は、それから図書館に通った。名前がオススメする本はどれも面白くて、俺はすぐに読み切ると名前の所に行った。
暗部の格好で行った時には、かなり驚かれたけど。

本を読む為に行く図書館、でも、俺は名前に会うために行っていた。ある日、任務が昼に終わり、そのまま図書館に向かう。
すると、図書館の屋上で名前が弁当を広げて昼の休憩をしていた。俺は、直接屋上に降り立つ。

「よ!」

名前は、少しビックリしていたが、すぐにいつもの笑顔で俺の真似をして手をピッとあげた。俺は、名前の隣に座る。

「本、読んだよ。面白かった」

名前は、嬉しそうに俺が読み終えた本を受け取る。

「あのさ、こんな事聞いていいのか分からないんだけど。名前って、話せないの?」

名前は、困った様な顔をして頷いた。

「そうか。病気?」

名前は首を横に振る。

「うーん、もしかしてそう言う呪い?」

少し考えたあと、首を縦に降った。

「え?そうなの?」

名前は、頷く。

「不思議なこともあるんだね」

何故か疑わなかった。実際に名前が声をあげている所を一度も見た事なかったし。
弁当をモグモグと食べる名前の横で、俺は空をボンヤリと眺める。名前と過ごす時間は、不思議と居心地が良かった。暗部になってからは、同期達とも距離を置いていたし、人間関係も面倒だと感じていた。
名前は喋らないけれど、俺の話を聞いてくれていて、俺は任務の話や先生の話をした。

「名前はさ、忍の先生っているの?」

名前は、空を指差した。

「そっか。ごめんね」

不思議そうな顔をされたが、俺は悪い事を聞いてしまったなと思った。
頭上から鳥の声が聞こえて、空を見上げると火影の忍鳥が旋回していた。

「四代目だ。また、本借りに行くよ」

いつも通り、手を振って名前とお別れをした。名前は少し何かを躊躇って、そして手を振り返してくれた。

突然の任務だった。
抜け忍を始末し、里を目指して面を被り、森を駆け抜ける。満月の光だけが俺の頼りだった。
視界の端に何かが見えて、俺は立ち止まる。枝に身を潜めて、俺はその正体を確かめる。

「名前?」

こんな森で、名前が一人。俺は、木から降りて名前の前に立つ。名前は特にビックリした様子も無かった。

「どうして名前がこんな所に?」

名前が月を見上げる。月の光を受けた瞳は、それはそれは美しく輝いていた。

「あれ、瞳」

俺を見つめる瞳は、いつもの透明な水晶ではなく、翡翠のように美しい緑色に輝いていた。
とても懐かしい美しいイロ。

「もしかして、この森で俺を助けてくれたのは……名前?」

名前は頷いた。そして、俺の手を握る。その瞬間、俺の中に名前の想いが流れ込んでくる。その瞬間にすべてがわかった。

「本当に?」

名前は頷く。
満月の光を浴びた木ノ葉から産まれた精霊。それが名前だった。
俺が倒れているのを助けた時に、俺を好きになったらしい。俺に近付くために、瞳と声を引き換えに人間になったのだと言う。

しかし、それは満月から満月の間だけ。この満月が欠ければ、名前は人間の魔法が解けて自然に還ってしまう。

生きている人間には、精霊の姿は見えない。俺がボンヤリと見れたのは、あの時半分死にかけていたからだったという。人は死んだら自然に帰るのだという。

「もしかして、お別れなの?」

名前は頷いた。悲しそうに。

「まだ、名前から本教えて貰ってないよ」

名前は、ごめんと両手を重ねた。

「俺、名前の事何も知らない」

ごめんと頭を下げる。空を見上げれば、月が俺達を見下ろしていた。

「俺、名前の事好きだよ。折角両想いになれたのに」

俺は初めて名前に触れる。腕の中の名前は、美しい瞳で俺を見つめていた。まるで、目に焼き付けるように。
名前の唇が動く。

「ありがとう……?」

名前がギュッと抱き締めてくれた瞬間、名前の姿は月の光と共に消えていった。
月には雲が掛かっていて、俺は完全に暗闇に包まれた。

名前が居なくなって

図書館にも行かなくなった。

任務と修行に明け暮れる毎日を過ごしていれば、いつの間にか暗部の隊長にまでなった。
無駄だと分かっていても、名前に会える気がしてあの森へ何度も足を運んだ。

「名前、俺さ隊長になったよ」

やっぱり名前の前では饒舌だ。
俺の中で名前が笑顔で頷いてくれる。
地面に寝そべり、俺は月を見上げた。

「あ、満月」

悲しくなるからと、空を見上げるのはやめていた。だから、満月を見るのはあの日以来で。あれから、月は何周したのだろうか。

「名前、あのね」

「何ですか?」

時間が止まった気がした。

月明かりを浴びて、ボンヤリと俺を覗き込む輪郭が見える。

「名前?」
「カカシさん」

俺が飛び上がって起き上がると、俺のデコと名前のデコがゴチンとぶつかり合った。

「いて!」
「いたたた」
「名前、どうして?」

少し涙目になってデコを押さえる名前の姿がハッキリと見えた。

「俺、死んだ?」
「まさか。カカシさんが、何度も何度も私に会いに来てくれたから、契約が成立して人間にしてもらえましました」
「契約?」
「相手から好きになって貰えたら、人間にして貰えるんです」

水晶の瞳には俺が映り込んでいた。

「代わりに今度は、瞳の色を持っていかれました」
「そこまでして」
「良いんです。これで、やっとお話出来ますね」

いつもの笑顔の名前。夢みたいだ。

「名前、好きだよ」
「カカシさん、私もです」

手を繋いで俺達は里に戻った。
月が欠けても、名前は俺の傍にいた。次の満月が来て、欠けてもやっぱり傍にいた。
美しい歌声に惹かれて行けば、やっぱり名前が居て俺は隣に座る。

「名前、あのね」
「何ですか?」

やっぱり俺は、名前の前では饒舌で。

「今度は、名前の事を教えてよ」

名前は、少し考えて、パッと笑顔になった。

「カカシさん、あのね」
「なーに?」

今度は、俺が頷く番だから。





人魚姫 end.

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