03




コインロッカーへ荷物を拾いに行くついでに、タクシーも拾おうと駅前に戻った。

駅前の人混みは最早なく、タクシーは難なく拾うことが出来た。カカシは携帯の画面をタクシーの運転手に見せた。運転手は、低い声で返事をして無愛想にアクセルを踏んだ。
自宅と同じ方向に向かうものだから、カカシの自宅に行くのではと思ったが、その手前にある大きめの駅の前で停車した。

名前は、酷く緊張していた。

支払いを終えたカカシが、タクシーを降りる。浴衣の名前が転ばぬように手を差し出して来た。

「行こう」
「うん」

カカシは下駄の名前に合わせてゆっくり歩く。擦れ違う高いヒールを履いた綺麗な女性達が、カカシを見ているのに気付いた。しかし、やはりカカシは気にしていないようだ。
そんなカカシを観察する名前に気付いたのか、カカシが見下ろしてきて首を傾げる。

「ん?」
「なんでもない」
「変な名前」

ものの数分で目的地に着く。
それはそれは立派なホテルだった。庶民の名前でも名前を聞いたことのある有名なホテル。

「着いたよ」
「はい?」
「今夜はここで一緒に過ごすの」

正直、男女が急に一夜を過ごすのだ。そっちのホテルに泊まるものだと思っていた。

「もしかして事前に手配してたんですか?」
「流石に、それは気合い入りすぎてヤバいでしょ。まー、色々奥の手を使ってさっき用意したのよ。これ本当よ?」

花火大会の時も然り、カカシはまるで執事のように全てを知らない内に整えてしまう。終電をわざと逃してからの短時間でよく見つけたものだ。いつ調べて連絡をしたのだろう。

「ここで、ちょっと待っててね」

ロビーのソファに腰掛けて、名前はフロントに向かうカカシの後ろ姿を眺めていた。洋風の建物の中で浴衣を着ても絵になっちゃうのだから、本当にあの人は卑怯とさえ思う。

それにしても、高そうなホテル。海外旅行で奮発しても手が何とか届きそう……でもないくらい立派だ。チェックアウトの時に割り勘ねって言われても、名前にはとても出せそうにないと不安になる。カカシのことだから、きっと出してくれるとは思うがそれが却って気が引ける。
見栄を張ったのかも知れないが、こんなホテルを短時間で決めてしまうなんて、カカシは本当に何者なのだろう。

「お待たせ名前」

ベルボーイにエスコートされてエレベーターに乗る。上層階でエレベーターは止まった。
絨毯張りの廊下を歩いて行く。毛足の長い絨毯によろけそうになると、腰を引き寄せて来た。

「こちらのお部屋です」

カードキーを翳すと、鍵の開く音がした。
ホテルマンは特に大きな荷物もないからか簡単な説明をすると、すぐに退室した。更に中に入ると、映画で見るような広い部屋。名前は声を上げる。

「す、すごい!」
「そう?」
「こんな良いお部屋初めてです」
「そ、良かった」

名前が部屋の真ん中でキョロキョロしていると、カカシに抱き寄せられる。

「いっぱい汗かいたし、お風呂入りなよ。予めお願いしておいたから、もうお風呂は沸いてるはずだよ。それから、抜いだ服は全部あの袋に入れといて俺の分と合わせてクリーニングに出すから。あ、浴衣は入れないでね返却するから」
「分かりました」
「あー、あと下着もね、出しちゃえば良いじゃない。明日、汚れてるのも嫌だしさ。どのみち今夜はさ、不要でしょ」
「は、はい」

やはり、つまりそう言うことなのだ。前回と違い、カカシも今度こそ本気なのだ。

「先に浴びておいで」
「わ、分かりました」

名前は、慌ててバスルームに駆け込んだ。

「やばい、これはやばいよ」

待ってくれ、心の準備出来てない。「うん」と言った時は良いかもと思ったし、今だって嫌だとは思っていないけれど、緊張が半端ではない。どうしよう。とりあえず、吐きそう。

「あ、洗わないと」

どうせこうなるのは時間の問題なのだから、折角ならこんな綺麗なホテルで一夜を共に出来た方がいい。カカシがここまでやってくれたのだから、名前だって覚悟を決めるのだ。

念入りに体を洗って、洗面所にあったボディーミルクを肌に擦り込んだ。下着さえないのだから裸の上に唯一あったバスローブを巻いて部屋にもどると、カカシがソファーで微睡んでいた。
ソファーに乗り近寄って顔を覗き込むと、息を呑むほど美しく名前は声を掛けるのも忘れた。なんとこの男は罪深いのだろう。
しばし眺めていると、カカシの目蓋が震え、薄らと目を開けた所で名前は我に返った。咄嗟に離れて、平然を装う。

「お風呂出たよ?」
「ん。じゃあ、俺も入ろうかな」

立ち上がったカカシは名前を見下ろして、変な唸り声をあげた。

「ちょっと、その格好は」
「あ、ごめんなさい。他が見当たらなくて……」
「いや、ありがとう。むしろご褒美かな。とりあえずお風呂入ってくるね」

カカシの背中を見送って、名前は心を落ち着かせる為にソファーに座った。
カカシのあの様子は、やっぱりその気なのだ。自分こそカカシのバスローブ姿を見てしまったら、きっと体を熱くさせてしまうだろう。
クッションに顔を埋めて、名前は落ち着けと自分に何度も言い聞かせながらカカシを待つことにした。







目を覚ますと、僅かな間接照明を残して部屋は暗くなっていた。
他人の寝息が聞こえる。横を見るとカカシが眠っている。ベッドサイドにある時計を見てみると、深夜の3時。どうやら1時間ほど眠っていたらしい。

そう、先にシャワーを浴びて、カカシが次にシャワーへ行った。
ソファーで心の準備をしていた。そうしたら、いつの間にか寝てしまっていたのだ。ベッドに寝ていると言うことはカカシが運んでくれたに違いない。

「やっちまった……」

カカシに運んで貰ったのに気付かない自分が間抜け過ぎて、申し訳なさが立つ。

どうしよう。

アレこれ考えている内に喉の乾きを感じ、カカシに気付かれないようにベッドを出た。ベッドルームのドアノブを捻り、自分が忍者になったつもりで部屋を抜ける。閉めようとしたが、音を立ててしまうのではと心配になり開けっ放しにしておくことにした。

「わ、ひろい」

そうだ、とてつもなく良い部屋に泊まっていたんだ。ミニキッチンのカウンターの中に冷蔵庫。その冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
高そうなグラスに注いで、ゴグゴクと喉を鳴らして飲んだ。多分、普通のミネラルウォーターだがひと味違って感じてしまうのだから、本当に自分は安上がりでお得なもんだ。

口の中が気持ち悪く、歯磨きをした。スッキリしたことで完全に目が覚めて、名前はこの後どうしようかと考える。

カカシの寝ているベッドに戻ろうか、起きるまでスマートフォンでゲームでもしていようか。

ベッドルームの扉とテレビの前のソファを何往復もウロウロする。折角カカシといるのだから、一緒にいた方が良い。起きているカカシには、正直緊張してしまうが寝ているなら少しくらい傍にくっついても大丈夫だろう。
再びゆっくりベッドに戻ると、自分がもともといた場所よりも、少しカカシの近くに寝転んだ。

「名前?」
「お、起こしてごめんなさい」

カカシは目を半開きにしながら名前を見た。

「こっちに来てからね、寝起きが悪くなったのよ」
「そう、ですか」
「んー」

カカシが、名前の腰を掴んで来て体を引き寄せる。
ニュースでみた親パンダが子パンダを無造作に引き寄せる映像が頭に浮かんだ。その時の子パンダと同じく、名前も大人しくすることにした。カカシの顎が、名前のつむじに触れている。筋張った首筋からは、表し難い良い香りがする。
カカシは寝てしまったのか動く気配はなく、名前もつられて微睡み始める。

あと少しで完全に意識が落ちる所で、急にカカシが唇に触れてきた。殆ど眠っていたせいで、目蓋を数度瞬きさせるだけで精一杯だった。薄くボヤけた視界の先で、目覚めたカカシが見える。

「ビックリしたよ」

カカシは肘を立てて、上半身だけ身を起こした。

「だって、お風呂から戻ったら名前寝てるんだもん」
「ご、ごめん」
「いーよ、念願の寝顔見れたし。やっぱり可愛かったよ」

カカシは、本当に甘すぎる。

「ま、お預け食らった訳だけど」
「本当にそれはごめんなさい」
「まあ、俺は名前になら四六時中夢中だから時間なんてのは関係ないのよね」

抱き寄せられて、唇を重ねられる。デートの帰り際にするキスとは明らかに違う熱を持ったキスだった。
大きな手がバスローブを少しずつ捲りあげて来るのが分かった。太腿まであらわになる。名前は思わず手を強く握った。
そんな名前の変化に気付いたカカシが、唇を離し心配そうに見つめてきた。

「嫌?」
「う、ううん」

名前は、首を横に振ってカカシの背中に腕を回した。

「すごく、ドキドキしてるの」
「そう、俺も同じ」

カカシは再びキスを再開する。今度は、手のひらが少しずつ下から上へ移動する。ウエストの凹みを優しくなぞった。そのまま肩まで上がると、肩に掛かるバスローブを緩く下ろした。
肩の丸くなだらかな部分にカカシが唇を落とす。擽ったさとあられもない刺激に名前は思わず肩をピクンと弾ませてしまった。その様子にカカシが体を離す。
名前がカカシを見ると、余裕の無さそうな表情で名前を見ていた。

「カカシ、大丈夫?」
「俺、今日こそ死んじゃうかも」
「え?」
「名前と浴衣で花火大会行ってさ、こうやって一緒に夜を過ごせるなんて幸せ過ぎるでしょ」

この人は、なんて人なんだ。
今度は名前から、キスのお返しをする。

「もっと、いいですか?」

カカシはそれはそれは嬉しそうに唇を綻ばせた。





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