02




珍しく集合したのは、昼をとっくに過ぎた時間だった。
少し早めに集合場所に行くと、既にカカシが立っていた。名前は、慌てて駆け寄る。

「お待たせしました」
「ううん。これからね、ちょっと行く所があるのよ」
「どこですか?」
「それはね、お楽しみ」

5分ほど歩いて、カカシはお洒落な美容室の前に止まった。髪の毛でも切るのだろうか、いやどんなデートなのと心の中で自分に突っ込みを入れた。

「今夜、何があるか知ってる?」
「今夜?」

名前は考えてみる。そう言えば駅からここまで向かっている間、ビールをしこたま買っている団体や浴衣の男女が沢山いた。コンビニや飲食店の前にはテントが張られ、それから駅や街に貼ってあったポスター。

「あ、花火大会ですか」
「大正解」
「わー!観たいです!」
「良かった。それでね、俺のワガママなんだけどね、名前には浴衣を着て欲しい訳よ」

カカシは照れ臭そうに首の裏を掻く。
花火デート、浴衣、そして今は美容室の前。ここまでお膳立てが揃って遠慮するつまらない女に生まれたつもりはない。それに、カカシは甘えると物凄く喜ぶのだ。

「いいんですか?」
「こっちのセリフだよ」
「すごく嬉しいです」

名前のはにかむ様子にカカシは安堵の声をあげた。
カカシに先導され美容室に入ると、既に何人かの客がいた。きっとこの人達も花火大会に行くのだろう。店員の1人が笑顔でやって来る。

「予約した、はたけです」
「はい。お待ちしておりました」

店の奥に連れて行かれて案内された部屋は、浴衣が何十着と掛けられていた。

「わあ、すごい」
「ここからお好きなものを選んで下さい。お席の準備しますので、決まった頃に戻ります」
「ええ、どうしよう。何が良いと思います?」
「名前は何でも似合うから、選ぶのが大変だね」

色別に並べられた中から、名前は何色にしようかと悩む。そもそも好きな色がない。綺麗な色だとか、そう言う感覚はあるが、この色が特別だと言う感覚はない。

「あの」
「ん?」
「私は昔、どんな色が好きだったんですか」
「昔はね、赤が好きだったんだよ」
「赤、ですか」

派手な色や柄を避けていたから、赤が好きだったなんて意外だ。

「俺の色だからって、好いてくれたんだよ」
「カカシの色?」
「昔のことだよ。今じゃあね、そんなことないけど」

地が赤いと派手すぎるからと、赤い金魚柄の浴衣を選んだ。

「実はね、俺も浴衣だけレンタル予約入れたんだよ。この髪の毛じゃ、セットもクソもないしね」
「そうなんですか!絶対かっこいい!」
「ふふ、ありがと。折角だから名前が選んでよ。もうおっさんだから、そこら辺よろしくね」

何を着ても似合ってしまうだろう。むしろ、何を選ぶべきか分からない。カカシは、冗談が好きだったり、謎にデレデレしたりする所もあるが大人の男性なのだ。出来るだけ落ち着いたものに、だけど無地では寂しい。悩みに悩んで、名前は薄く縦縞の入った浴衣を選んだ。
名前が着付けとヘアセットを済ませている間に、カカシも着付けたようで美容師の後ろから顔を出した。

「え、信じられないくらい可愛い」
「そそそそうですか」
「予約して良かった。俺の想像の百倍は余裕で可愛い」

美容師がいるのに、カカシは名前を褒めちぎる。普段から褒めてくれるが、こうして人前で言われるのは恥ずかしい。生憎、手放しに喜べるほど自分に自信がある訳では無い。
きっと美容師は、このバカップルと呆れているだろう。

「俺はどう?」

鏡越しに見せて来たカカシの浴衣姿は、驚くほどに決まっており名前は無意識に息を呑んだ。変な声が出そうになり、咄嗟に口元を押さえた。

「で、似合ってるかな?」
「か、かっこいいです」

挟まれた美容師が苦笑いしていた。

全ての支度が終わり、名前とカカシは近くの高級スーパーに立ち寄る。高級スーパーなら少しは空いているかと思ったが、やはり贅沢したい人達が多いのか混んでいる。お目当てのお酒とおつまみ、軽い食事を買うとすぐに店を出た。

東京湾に面した会場に着くと、人が蟻の大軍のようにごった返していた。急いだつもりだが、スーパーでゆっくりし過ぎたようだ。
どこか座れる場所は残っているだろうか。見晴らしの良い所に移動してキョロキョロしているとカカシがこっちに来いと手招きする。

「席はね、実は用意してあります」

ピラリと魔法のように出してきたのは、花火大会の鑑賞チケット。

「完璧過ぎる」
「光栄です」

柵で区切られた有料鑑賞エリアに入ると、そのエリアもテープで区切られていた。
チケットに記載された場所に行くと、レジャーシートが敷かれその上に二人分のクッション、小さなテーブルにクーラーボックスまで置いてある。標準装備なのかと思ったが、他の人達はそれで違う準備をしている。もしかして、カカシが集合前に用意してくれたのだろうか。

「え、これカカシが?」
「うん、まあね」
「ありがとうございます」

こうしてカカシに大切にされる度に感激と共に、申し訳なさと疑問が胸にチクリと刺さる。
こんなに大切にされる価値が、今の私にあるのだろうと。かつてカカシが好きになった私と、記憶を全て失った私はきっと違う人であろう。
しかし、カカシがここまでやってくれたのだ。その気持ちがとても嬉しい。名前は、気持ちを抑えきれずに下駄を放るように脱いでクッションに座った。カカシを見上げてから自分の子供のような行いに気付く。

「ちょっと、浮かれ過ぎですかね」
「いいや、名前はもっと浮かれて欲しいくらいだよ」
「じゃ、じゃあ、折角なので」
「うん、その調子。やっぱりここは良い所だね。名前とこんなにのびのびとデート出来るんだから」
「ですね、凄く見やすそう」

カカシは、眉を下げて笑った。

花火大会開始までの時間、名前はチョビチョビと酒を舐めるように飲んでいた。
カカシは、ハイペースとは言わないが酔っている様子はない。食事で何度か飲んでいる様子は見ているが、カカシはほろ酔いになった様子も見たことがない。

「お酒、強い?」
「俺?んー、普通じゃない?」
「そうかなあ」

夕方とは言え、夏は暑い。まだベイサイドエリアで風通しが良いのが救いだ。
こんな夏は、冷たい氷がとても美味しい。お酒では一気に胃を冷やすことが出来ないからと、氷を口の中に含んで舐めていた。

横目でビールを飲むカカシを見て、名前はひっそりと溜息をついた。
なんて言ったって、浴衣で座りながら酒を愉しむ姿はドラマや映画から出てきたと言っても過言ではないほど麗しい。ビールを飲み下す度に上下する喉仏は、名前の胸をときめかせるのに十分だった。

氷を舐め終わる頃、空は十分に暗闇に包まれて花火大会が始まるアナウンスが流れる。それを合図に、次第に周りの騒めきが止んで行く。

「始まるね」
「楽しみだよ」

花火を見逃さないようにと空を見上げていると、ふと視線を感じた。
カカシが名前を見ていたからだ。
まるで、子供を見守る親のような優しい眼差しに名前の胸はトクンと脈打った。
見詰めあって、数秒、花火の光が2人の間に降り注いだ。慌てて名前は空を見る。煌めく残り火だけが散り散りに落ちている所だった。
カカシが申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめん。一発目、見れなかったね」

そう笑いながらクッションごとズレてきて、ピッタリとくっ付いてくる。

「これで、目の前に集中できるでしょ」

腰を引き寄せられて、手を繋いで来た。
これはこれで集中出来ない気もするが、そんなことは本当はどうでもいいのだ。カカシとこの瞬間に共に過ごす。それこそが1番大切なのだから。

青、赤、緑、オレンジに金色銀色。どの色も美しく、すぐに夢中になった。

「綺麗だね」
「うん、そうだね」

群青色を差した夜空に、咲いては散り、散ってすぐに新たな花が咲く。瞬きをするのも惜しく感じる程、初めて花火を美しいと感じた。
演目が中盤に差し掛かる頃、握っていた缶は温くなっていた。

「こうやってさ、いつまででも名前と美味しいもの食べて、お酒飲んでさ……うん、過ごせたらいいね」

焼き鳥とビールを頬張っていたカカシがしみじみと呟いた。

「そうしよう。美味しいお店も探すし、料理も勉強する」
「名前の手料理食べていいの?」
「美味しい保証はないけどね」
「名前が俺の為に作ってくれら、それだけで泣いちゃうかも」
「大袈裟な」

名前は冗談交じりに笑ったが、カカシは本気で言っているようだ。
ほんの少し笑いを押さえ込んで、じゃあ、カカシの泣き顔楽しみにしてるよとめかしてみた。

夏の熱気か、人々の熱気か、それとも。
花火も終盤に差し掛かると、汗をじっとりとかいていることに気付いた。手汗だってなかなかのもので、握っているカカシが不快ではないかと心配になった。そんな名前を感じたのか、カカシが目線を下ろしてきた。

「手汗すごくてごめんね」
「何でよ」
「ベトベトするでしょう」
「だからさ、そんな考えは止めなさい。俺にとっちゃ、名前は鼻水垂らしても可愛いんだから」

それは有り得ない。流石に大人の女が鼻水垂らしていたら、かなりヤバい奴だ。
カカシの優しさと言うべきか、オーバー過ぎる言葉に反応を上手く示せずに居ると、最後のプログラムだと放送が流れた。

目の前に広がるのは、金の蒔絵のような絢爛な花火。
カカシの手が、握る力を強めた。

ずっとこうしていたい。花火が終わらなければ良いのに。
そんな祈りも望みも叶う訳もなく、花火大会は修了した。

混雑を避けようと、2人は少し出発を待つことにした。
あまり街灯の光が届かない広場は、薄暗く普段より体を寄り添わせても恥ずかしくない。そんな状況をカカシが見逃す訳はなく、名前の手を引き寄せて繋ぐと自分の膝に乗せた。

「綺麗だったね」
「はい。すっごく素敵でした」

まだ残ったアルコールで、何となく頭が働かない。暗闇に乗じてカカシの唇が降ってくる。名前の産毛のようなもみあげにキスをすると、吐息と変わらないような声で囁く。

「今夜は離れたくないなって言ったらさ、困る?」
「それは……」

一緒に居たいに決まっているのだから、イエスと言えばいい。という事は、つまり初めて一夜を過ごす訳だ。先日のカカシの自宅の時とは訳が違う。心臓が激しく脈打ち始めるのがわかった。名前がまごついていると、カカシが痺れを切らしたように耳に息を吹き掛けてくる。名前は肩を窄ませた。

「俺の為にさ、一緒に居たい、って言いなさいよ」

もう駅へ向かう道に人はいない。
このままでいたら、終電も逃してしまう。
カカシの後ろには、遠い月。

「カカシと……」
「俺と?」
「は、離れたくない」

言っちゃった。
今更、前言撤回した所でカカシは逃がしてくれないだろう。
カカシが頬に口付けをして、名前の腰に手を回した。

「あ、でも浴衣」
「それは、野暮ってもんでしょ」

シーっと、指で唇を優しく押さえられた。
じゃあ、どうする?と、首を傾げられる。
唇を押さえつけられて、意思を伝えるには、縦か横に首を振るしかない。どちらかを選べなんて言われたって、ひとつに決まっている。

「うん、良かった」

静かな広場に酔っ払いの声が聞こえる。
終電は、つい先程出発したらしい。







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