人形姫・19





「お母さん……?」
「名前!急に出ていって!心配したのよ!」
「ごめんなさい……」

本当の母親に怒られてしょげる子供のような名前に、カカシは笑いを噛み殺していた。里では、名前に怒る人はおらず、決して見ることのない姿だ。貴重な姿を見ることが出来て、申し訳ないと思いながらニヤける口元を押さえる。

お母さんと呼ばれる人は、名前から実の母親の舞妓時代の妹だと聞いている。美しい利発そうな女性だと思っていたが、20年経っても笑顔は明るく、その美しさは変わらない。名前の母親だって、とても子持ちには見えなかったし、舞妓になる人と言うのは、そう言う美の秘密でも握っているのだろうか。

こんなことを考えているのは忍びなく、カカシは2人の間に割って入った。

「すみません、恐らく私のせいですよね」

カカシがペコペコと頭を下げると、お母さんは初めてカカシに気付いた。
どうやら名前の周りの人は、名前に夢中になってしまうと他が見えなくなるらしい。まあ、よく良く考えてみたら漏れなくカカシ自身もそうなのだが。
お母さんは、瞳を大きく開いてオーバーともとれる身振りで驚いた。

「あ、あなたは!!カカシさん!」
「名前がお世話になってます」
「ええ?えっと、変わらないんですね」
「え?ああ、私にとってはさっきの出来事ですから。アナタこそ、全く変わりなく……」
「難しいことは私は聞かされていないけど、あの日から今日に来てくれたのね。あの頃は10代だったけど、今は30代よ。流石にね、って名前下駄どうしたの」

カカシから意識はすぐに名前に戻る。名前は、誤魔化すように笑った。

「走ってたら、壊れちゃったの」
「それで、カカシさんが連れて来てくれたのね」

ありがとうと礼を述べられ、カカシは好きでやったことなのでと両手を胸の前で横に降った。

「まあ、立ち話もなんですから」

中に入りましょう、そう言って3人は置屋の中に入った。
カカシは、名前の部屋に通される。

「お茶をいれて来るから。ゆっくりなさって下さい」
「ありがとうございます」

カカシは部屋を見渡した。小さな部屋だ。物と言うものが全くなく、里に暮らしていた時は花や小物を飾っていたのに全く違う。

「名前、意外と物がないんだね」
「そ、そうかな」

住み込みだからないのだと思っていたが、名前の反応からして身辺整理に近いような気がした。
まさか、そんな事ないよな。カカシは名前を案じる。カカシが心配そうに名前の頭を撫でていると、お母さんがお茶を持って戻ってきた。カカシはしまった!とすぐに手を引っ込める。ほらね、名前に夢中になると周りに気付けなくなる。

「お取り込み中、ごめんなさいね。名前はカカシさんがいつ来ても良いように、最低限の物しか持ってないのよ」
「え、気付いてたの?」
「当たり前じゃない」

お茶を入れ終えたお母さんが、カカシに向かって頭を下げた。

「名前を、宜しく頼みます」
「はい。死んでも守る覚悟です」

そう、名前の父親のように。
この世界には、もう名前の両親はいないが大きくなった名前には確かに両親を感じる。

「名前のご両親からね、託されていたのよ。名前がカカシさんに迎えに来てもらうまでは、私が名前を守るってね。これで私の役目は終わり!」
「お母さん……」

両手で顔を覆いながら、名前は子供のように泣き始めた。お母さんが反射的に伸ばした手を止めて、そっと戻した。カカシはそれを見て、ハンカチをポーチから取り出し名前に伸ばした。

「俺も、実は名前を頼まれているんだよ。お父さんにね。だから、これからは俺が名前を守るよ」

もちろん、お父さんに頼まれなくたって、名前を守る気持ちは変わらない。
濡れた頬を拭いてあげていると、名前は泣いたまま口を開く。

「どうして、ふたりとも、そんなに優しいの」

突然の発言に、カカシもお母さんも目を合わせて思わず笑みを零してしまった。名前は、一体どこまで可愛いのだろうか。

「そんなの決まってるじゃない。愛してるからだよ」
「そうよ、案外名前ってお間抜けさんなのね」

笑いながらカカシは、名前の頬を再び拭った。2人の返答に名前は、更に泣き出してしまい落ち着くまでカカシは微笑みながら頬を優しく撫で続けた。

「カカシさん、時間はまだあるのかしら」
「はい、明日の18時が期限です」
「なら、今夜は名前と2人で宿に泊まりなさい。置屋に男を泊めるのは流石に無理なのよ。部屋の手配は私がするから」
「お母さん、良いの?」
「当たり前じゃない。カカシさんは、名前の命の恩人なんだから独りぼっちにさせることも、野宿させることも出来ないわ」
「ありがとうございます。明日の昼には再びお伺いします」

お母さんが電話を何処かに掛けると、あっという間に部屋が決まり、カカシは一足先にチェックインをしておくことにした。
名前は、日本髪をしたまま男と泊まる所を見られてはならない為、置屋で髪を解いてからホテルに向かうことにした。

カカシが出て、名前が風呂場に入るとお母さんが脱衣場に入ってきた。

「一緒に、お風呂入ろっか」
「うん!」

これがきっと最後の想い出になる。
鬢付け油で固められた髪は、1度や2度では落ちることはなく2人ではしゃぎながらシャンプーを繰り返した。
やっと油が取り切れて、お母さんは優しく指の腹で名前の髪と頭を洗う。

「お母さん、今までありがとう」
「そんな湿っぽいわね!姉さんとの約束を果たせたもの。私はお母さん代わりになれたかしら」
「代わりなんかじゃなかったよ。お母さんだった。お母さんが本当に私のことを大切にしてくれてたのに、全然分かってなくてごめんね」
「名前は確かに、途中で眠り過ぎて心配したこともあるけれど、手の掛からないい子だったわ」

背中を流し合いながら、名前はお母さんに自分の両親がとても仲睦まじく、とても愛し合っていたことを教えられた。
すぐに2人の世界に入って、誰も間に入ることも出来なかった2人に唯一入り込めたのは娘と息子だけだったことも。

「いつも目の前で惚気られてね、急に見つめあったりするし、一緒に居たら大変だったのよ」
「ふふ、ママらしいね」
「カカシさんと名前も似たようなもんよ。まだカカシさんの方が回りを見てるけどね」
「ええ?似てる?」
「似てる似てる」

風呂場に名前の笑い声が響いた。ふと、名前はずっと気にかけていたことを口にした。

「ねえ、私が居なくなったらどうするの?」
「名前のお陰で同伴した他の舞妓達も人気が出て来てるし、心配ないわよ」
「現実的な話……色々あるし」
「ん?まあ、確かにね。でも大丈夫よ」

名前は何も心配しなくていいの!火影様の妻になるんだから、そっちの心の準備してなさい!

そうお母さんに言われ、名前は驚きの余り振り返ると泡で滑り尻餅をついた。

「火影!?」
「そうよ、カカシさんから聞いてない?」







ホテルに着いた名前は、お母さんから知らされていた部屋の前に立った。インターホンを鳴らそうとする前に扉が開く。カカシが何も言わず名前を引き入れた。

我慢ならなかったと言うように、途端にカカシは名前を抱き締め唇を重ねる。
体を持ち上げられて運ばれたのはベッドの上。頭の後ろでひとつに縛った髪を解かれて、両肩をゆっくりと押された。後頭部がシーツに落ち着くと、サラサラと髪が布の上を滑り落ちる音がした。

「名前、いい?」

カカシの早すぎるお願いに、名前はゆっくりと頷いた。カカシが目を細めて、ありがとうと息で囁いた。

期待と緊張で胸が苦しくなる。見つめ合うだけで息が上がる。
カカシは、名前が身につけている衣服をもどかしそうに剥いでいく。白く滑らかな肢体を久し振りに目の当たりにし、カカシの喉は勝手にゴクリと鳴った。
腕の下に閉じ込めた名前の裸体をまじまじと見つめる。鎖骨の影、柔らかそうな胸の膨らみ、腰の曲線を目でなぞる。

「カカシ……」
「ん?」
「恥ずかし」

名前は、両手で目を覆う。久し振りに見せた肌を、カカシは喜んでくれるだろうか。カカシは名前の手をゆっくりと取り払い、頬に口付けを落とした。

「最高だよ」

そこからは息遣いだけがあれば充分だった。

胸の柔らかさを確かめるように手のひらが包み込む。指の間から覗く突起を慈しむようにカカシは、口付けた。
火傷しそうな程に熱い舌で、桜色の突起を嬲られ、名前は体を震わせる。カカシの髪に両手を埋めて、快感と羞恥に震える。

頬を朱に染めて口元から息を漏らす名前を、カカシは見下ろしながら可愛いねと囁いた。
カカシの唾液で濡れた胸の突起を、カカシは無骨な指で転がす。再び名前の口元から、恥ずかしさに塗れた声が漏れた。
指を休めることなく、カカシは名前の額から順番に唇を落としていく。目蓋、鼻先、唇、耳朶、肩も鎖骨にもキスをする度に可愛いと、自然と言葉が出てしまう。

可愛い、可愛くて仕方ない。これを人は、愛しさと呼んでいるのだろう。
きっとお互いが皺だらけになってしまったとしても、きっと自分は可愛いと言っているに違いない。

名前の熱を帯びた目尻を見澄まして、胸に置いていた片方の手を名前の真ん中に移動させた。
襞の間に指を滑り込ませる。既に濡れそぼり、小さく水の音を立てた。

指先をゆっくりと奥に埋めていく。
柔らかいのにハリのある内壁が、カカシの指を拒絶する。

「こうするのは、久し振り?」

そんなの当たり前だと言いたげな名前の顔に、カカシは悪かったと微笑みながら唇を重ねた。
唇の間に舌を差し込んでみれば、名前が受け入れる。舌と舌を擦り合わせ、唾液が混ざり合うと唇の端から零れた。
蜜をまぶした親指で、襞の間にある小さな突起をこねり潰した。名前の腰がピクンと跳ねて逃れようとしたが、中に入り込んだ指が追い掛けて来て許さない。

ゆっくりと蜜を掻き出そうと指が奥まで差し込まれては、引き抜かれる。カカシは名前の敏感な部分を触れて行く。
自分でも忘れていた弱点に、名前は身を熱くさせる。声が漏れる唇を閉じようとするが、カカシの舌が名前の口内を可愛がり叶わない。
刺激される部分から、ゾクゾクと快感が脳まで突き抜ける。やっと唇を解放され、名前は喘ぎ声を耐えながら名前を呼んだ。

「カカシ……」
「どうした?」
「カカシも、脱いで……」

名前に夢中の余り忘れていた。名前が気持ち良くなってくれれば、自分のことは二の次で良くなっていたのだ。

とは言え、こんな可愛いお願いを反故にする訳にも行かない。急いで着ていたシャツを脱ぎ捨てる。パンツもベルトをもどかしく思いながらバックルを外し、脱ぎ散らかしてみれば、体は正直に名前に興奮し求めていたのだと自嘲気味に笑った。

久し振りに目の当たりにしたカカシの裸体に、名前はうっとりとした瞳を向けた。
彫刻のように盛り上がりながらも、無駄のないしなやかそうな筋肉。傷跡を多く残した白い肌、光に透ける銀色の体毛。

「名前、あんまり見ないでよ。照れるじゃない」

そっちこそ、穴が開きそうなほど見てきた癖に。名前はクスリと笑い、ごめんね、と頼もしい体に手を伸ばした。

「ん、俺に名前を頂戴」

名前の手を自分の背に置かせて、カカシは自分よりも小さな腰を引き寄せる。
自らを蜜の溢れる場所に宛てがい、ゆっくりと挿し込む。名前の鼻に掛かったような息が零れる。その度にカカシを締め付けた。
最後に体を重ねた時よりも狭くなったそこに、カカシは密かに満足感を覚えた。変わっていない自分の独占欲が浮き彫りになり、こんなことで火影が務まるだろうかと考えた。だが、これは名前のせいなのだとカカシは勝手に人のせいにした。

ゆるゆると抜き差しを繰り返しながら、奥へと入れる。蜜の濃度が増して、ねっとりとカカシにまとわりついた。

名前の吐息に蜂蜜色が帯びていく。それに比例してカカシは、腰をゆっくりと速める。

名前は、カカシで体の中がいっぱいになった感覚に陥った。息が思い通りにできない。それでも、更に腰を埋めて来るカカシに、もう入らないと名前は目で訴えた。
カカシは、名前の意図を汲み取ったのか眉尻を下げて名前の耳元に唇を寄せた。

「ごめんね、我慢できそうにない」

名前が困惑の色を浮かべてカカシを見上げると、もう一度、ごめんと謝った。

「そんな可愛い顔、他の奴に見せないでよ……」

謝ってくれているのか、責められているのか、よく分からない。ひとつ分かることは、体中がカカシに喜んでいると言うことだ。正直、頭も痺れて良く分からないのだ。

名前の中に自分を押し付けては抜き、押し付けては抜く、もう少し優しくしてあげたい所だが如何しても無理なようだ。
カカシの動きに合わせて、胸の膨らみが前後に揺れた。名前の可愛らしい唇からは、愛しさばかりを詰め込んだ吐息が漏れ、潤んだ目尻は桜色にほんのり色付く。首筋に流れる汗を、カカシは舌で舐めとって耳の裏に強く吸い付いた。

「あと少しだけ、頑張れる?」

うん、と小さく名前が答えて、カカシはイイコだね、と囁いた。
そこからはペースを速めて、カカシは全神経を名前に集中させた。名前の中の体温の高さ、子猫のような声、ぶつかり合う肌の感触まで。舌に上に残る名前の汗の微かな塩っぱさも、涙が出るほど幸せに思う。

ああ、名前が本当にここにいる。
夢にまで見た今日という日に、本当に自分がいる。

「カ、カシ……」

快感で紡がれる吐息の間から必死に紡がれた名前。
ん?と首を傾げてから、名前の唇を啄んでみる。両腕で名前の頭を抱き込んで、耳を名前の口元に近付けた。

「すき、大すきよ」

震える声で伝えられた愛の言葉に、カカシは堪えることが出来なかった。喉元に感じる熱さを堪えてから、飛び切りの優しさを言葉に込めた。

「名前、大好きだよ」

少し声が震えてしまって格好悪かったかもしれない。でも、そんな俺でも名前は愛してくれる、そんな気がした。

カカシはベッドサイドに置いていた木ノ葉から持って来た時計をチラリと見遣る。
まだ時間はある、もう1回だけ、やっぱりあと2回だけ。時間が許す限り名前と繋がっていよう。

口付けを落としながら、喉を震わす名前をなんて可愛いのだろう、そう見つめていた。



ー84ー

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