人形姫・17



1階に戻ると、名前の父は、カカシだけを庭に呼び出した。家の中にいる名前達には聞こえないように声を潜める。

「カカシくん。僕は、もうすぐ殺される。君も知っているだろ?」

カカシは答えることなんて出来なかった。
今でも名前の父親が生きていたのなら、名前の幼少期なんて、こんな過去に遡る訳はないのだから。事故で亡くなったとは聞いていた。だから、殺されたかは分からないが亡くなっていることは確かで、否定出来たらどんなに良かったか。

「大蛇丸だ。まだ直接的な接触はないけどね。きっと名前が狙いだと踏んでいる」
「貴方ほどの忍なら、大蛇丸にだって負けることはないでしょう」
「勿論、家族の為に死ぬ訳にはいかない。だが、俺も随分と平和ボケしてしまった」

父親は、目尻の皺を深くして笑みを零した。家族との幸せな日々を思い出しているのだろう。

「未来に、名前が元気で生きていると分かったんだ」

まあ、火影様が隣に居てくれたらもう何も心配はないね、と父親は笑った。カカシは任せて下さい、と大きく頷いた。

「あの、苗字さん」
「ん?」
「この写真、私が写っていても良ければ」

カカシは、腰のポーチから名前と旅行先で撮った写真を差し出した。父親は黙って写真を受け取り、じっとそれを眺めた。

「母さんに似て、本当に綺麗に成長してくれたのが嬉しいよ」

父親は、ありがとうと目元を潤ませながら写真を胸に抱いていた。

「そうだ、チャクラを」
「ん?」
「名前さんにチャクラを遺しませんか?私の師匠である四代目火影が、息子の中にチャクラ遺して大切な時に助けられるようにしていたんです」

ペインとの戦いで父ちゃんに会ったと言っていたナルトを思い出す。名前がチャクラを受け取れば、将来万が一の時に父親と再会が出来る筈だ。

「実はね、名前には既に僕の術が仕込んであるんだ」
「そうなんですか……」
「本当に名前の命が危ない時にだけ、助けられるように時空間忍術が仕込んであるんだ。たった1度だけね。それで、再会出来るほどのチャクラを仕込めなかった」

やはり只の忍ではない。もう既に手を打っているとは。

「それで、君にお願いがあるんだ」
「はい。何でも言ってください」
「と、その前に、君の次の行き場所についてだけど……もうアテはないだろう?」
「はい」

カカシが肩を落とせば、父親は誇らしそうに胸をはった。

「僕を誰だと思ってるんだい」

そう言うや否や、父親はカカシの腕を掴んで家の奥に連れていく。クローゼットに隠された地下の階段を降りた先にあるのは、分厚そうなコンクリートで囲まれた部屋。作り付けの棚には、巻物がいくつか置いてあり、忍具も置いてあった。

「ここは」
「この部屋だけは、忍術を使って良いように施してあるんだ。婚約者ならさっき言ったように名前のチャクラについては、知っているよね」
「はい、それは」

父親は、なら分かるよね?と白紙の巻物を広げた。

「この世界の人間はチャクラを持たないし、練ることも保持することも出来ない。驚くことにね。けど、僕と妻の間に生まれた名前は、練ることは出来ないが、人から与えられたものを保持することは出来る。きっとお腹の子も同じだ。こういうのをハーフって言うのかな」

墨を取り出し、サラサラと巻物に術式を書き込んで行く。

「大人の名前にはカカシくんのチャクラが保持されているはず」
「つまり、この巻物に私のチャクラを封印すれば」
「そう!名前の所へ時空間移動が出来るって算段さ」

父親は、しっかりチャクラを練ってくれよと言い術式を記し続ける。

「まあ、上書きされてたら残念だけど僕にもどうなるか分からない」
「……縁起でもないこと言わないでください」
「ははは、悪かったね。やっぱり、娘を奪われた気がしてね」

なーんてね、と笑う横顔は名前にそっくりでカカシは仕方ないなと密かに笑った。将来、名前との間に可愛らしい愛の結晶が出来たのなら、きっとこの人のように自分も婚約者に意地悪してしまうかもしれない。

言い終わりと同時に巻物が書き上がった。
カカシは言われた通りに印を組み、自分のチャクラを巻物に封印した。
見事に出来上がった巻物を感心しきりでカカシは眺めた。写輪眼があれば良かった。いや、そんなこと言っても仕方の無いことだ。

「あなた」

鈴を転がす声がしてノックの後に扉が開いた。顔を覗かせたのは名前の母親。すぐ隣に名前もいた。

「さっき言ってたお願いなんだけどね」
「はい」
「君のチャクラを名前に渡して欲しい。名前に何かあった時、僕の術が君のチャクラに呼応して名前を助ける筈だ」

父親は深々と頭を下げた。カカシは慌てて、父親の頭を上げさせた。

「あの子は、見た目は妻に似てしっかりしてる様に見えるけど、中身は僕に似て結構抜けてるんだよ。だから……」
「名前さんになら、俺は手でも足でも焼いたって構いません」
「まあ、頼もしいわね」
「それだけ、君に似て名前が魅力的ってことさ」

またさり気なく惚気られ、カカシは目尻を下げた。

「名前ちゃん、どうもありがとう」
「おじさん、また遊びに来てね」
「うん」

名前から見たらおじさんだよな、とカカシは笑った。カカシは、小さなカエデのような名前の手を握る。

「次、会える日を楽しみにしているよ」

名残惜しむように、カカシは名前の頭を撫でた。

「じゃあ、名前、ちょっと眩しくなるからお目目閉じて」
「うん」

両手で目を覆う名前の前で、父親に言われた通りの印を組んだ。
単なる接触でチャクラを移せるものだと思っていたが、特定の方法でないと体内にチャクラを移せないのだと言う。確かに、子供と触れ合うことの多かったアカデミー職員の頃も、綱手に治療を受けていた頃もチャクラがカカシ以外のものにはならなかった。どうして、そんな簡単なこと見逃していたんだろう。

初めて名前に触れた時に感じた静電気のような痺れ、父親曰くそれはカカシの持つチャクラ性質に依るものだった。名前の中のカカシのチャクラと、カカシ自身のチャクラが呼応し合ったのだ。もし、カカシが雷とは別の性質を持っていたのなら違う反応が起きるらしい。

ここで、カカシはやっと気付く。

名前が、カカシの元へ舞い降りて来てくれたこと。これは、偶然ではなくこの時から決まっていたことだったのだ。
名前に初めて出会った時、既に名前はカカシのチャクラを持っていた。名前の
中に仕込まれた父親の術。バケモノの仕業なんかではなく、父親の愛情で名前は木ノ葉にやって来たのだ。最後まで父親は名前を守った。何と立派な人なのだろう。

そして、なりより不思議だと思った。未来と過去が交わって運命が出来ている。名前に出会う前からずっと名前の中に自分がいた。ああ、きっと、必ず名前は自分を待ってくれている。誰もが想像もつかない程の運命に自分達は結ばれているのだから。

「名前、また会おうね」

カカシは、チャクラを練った手で名前の首筋に触れた。折れてしまいそうな細い首にただただ優しさだけを込めて触れた。
途端、名前の膝が崩れて、カカシは咄嗟に受け止めた。ぬいぐるみのようにくったりとした体を、母親に渡した。

「カカシくん、ありがとう。さあ、早く名前を迎えに行かないとね」

父親から巻物を受け取って、カカシは頭を下げた。

「本当にありがとうございました」
「こちらこそ」
「カカシさん、ありがとう」

3度目になる印を組む。1度目は名前の為、2度目は自分の為、そして今度は両親の為に。組み終わる頃、父親が名前と同じ笑顔を見せた。

「名前を、宜しく頼むよ」

カカシは、はい、と大きく頷き笑顔を向けた。途端、視界が歪み塞がれて行った。





名前は、傘をさして当てもなくさまよっていた。家の中に大人しくなんて居られなかった。

カカシは自分を探してくれている。

お母さんから突然伝えられた事実に、名前の胸はざわめき立つ。

遺品の封筒には、初めてカカシと旅行をした時に撮ったツーショットの写真が入っていた。
カカシは、両親にも、置屋のお母さんにも会っていた。どうして20年も近く昔にカカシが行ってしまったのか分からないが、きっとそう言う忍術を使ったのだろう。

カカシに会いたい。

募る気持ちが抑え切れなくなり、下駄を荒く鳴らしながら、名前は早歩きで街をひたすらに歩き続けた。自分が何処に行きたいのか、何処に行くべきかも分からない。どうすれば良いのかも分からない。
この世界に戻ってから既に2年。木ノ葉で鍛えられた足腰はすっかり元通りになり、着物で急ぐだけで息があがる。じんわりと汗が滲み、口の中が乾いて舌が粘ついた。

「あ!」

突然つんのめり、水溜りに片足を突っ込んだ。アスファルトに溜まった塵が白い足袋を黒く染めた。鼻緒が切れてしまったのだ。
汚れきった足、切れた鼻緒。酷い有様だ。たまらなく情けなくなって視界が滲んで行く。

「カカシ……」

助けを請うように絞り出された名前。当たり前ながら返事はなく、名前はどうしょうもなく虚しさを覚えた。

結われた日本髪は、雨が残していった湿気と汗で項が解れていた。額に滲んだ汗も拭う気すら起きない。

フラリと気が遠くなる。そもそも何の為に自分は走っていたのだろう。走ってどうにかなる訳ではないのに。
置屋に帰ろうと思ったが、壊れた下駄では帰ることさえ難しい。

ひとまず下駄を拾い、名前はその場にしゃがみ込んだ。人通りのない小さな路地だったのが幸いだ。こんな無様な姿、他人に見せられない。
零れそうな涙を必死に抑えていた。ここで零してしまったら、何かが蓋をしていたものが溢れかえってしまう気がした。

人にはたったの2年と言われてしまうかも知れない。しかし、自分にとっては途方もなく長くて永遠のように感じられたのだ。楽しかった思い出、夜に優しく抱いてもらったこと、初めてカカシに怒った時のこと、もう思い出は味わい尽くした。

あと何年待ったら、カカシは来てくれるのだろうか。



ー82ー

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