人形姫・16



家に着く頃に雨は上がり、眠りこけていた名前は寝ぼけ眼を擦っていた。
今だ眠そうな名前を父親はソファーに寝かせ、自分の妻をその隣に座らせるとキッチンに立った。

「お茶くらい私が入れるわ」
「良いんだよ。俺はお茶をいれるのが好きなんだ」
「うふふ、ありがとう」

目を覚ましつつある名前は、幼い子供特有のふんわりとした肉付きの良い腕を伸ばして母親の膝を掴んだ。

「起きた?」
「ねてる」

そうね、と母親は笑いながら名前の頬を撫でた。カカシがその様子を見ていると、 母親がカカシを見て笑った。

「あなた、本当に名前のことが好きなのね。ずっと見つめてる」

ズバリと言い抜かれ、カカシはしどろもどろになる。そんなに言われる程に見ていたなんて無意識だった。

「あなたは、大人の名前と恋に落ちたってことでしょう?」

流石に、この4歳の娘とはないわよね。と笑う母親に、カカシは大人になった名前さんだと答えた。

「大人の名前は可愛い?」
「それは、もう……とても優しくて……」

母親の細長い指が名前の絹糸のような髪を梳いていた。それが擽ったいのか、名前はもぉと声を上げて目を覚ました。

「おはよう、名前」
「おはよ、ママ」

律儀にお腹の弟にも挨拶をしてソファーに立ち上がった時、名前がカカシの存在に気付いた。
まだ少女であった名前に初めて会った時、大人しい子だなと思っていた。そして、幼な子の名前はどうやら人見知りらしい。カカシを見るや、固まっておずおずと母親の影に隠れた。

「あら、カッコイイお兄さんだから緊張する?ごめんなさいね、大人しい子でね。人見知りなの」

母親の肩に鼻先を押し付けながら、名前はコクリと頷いた。

「だれ?」
「僕は、君のお父さんを尊敬している人だよ」
「パパ?」

やはり意味は分からないらしい。お父さんの部分だけ切り取った名前に、母親はこの人はパパじゃないよ、と笑いながら訂正した。名前はじゃあ、誰?と再び首を傾げた。
自分が名前くらいの頃は、もう既にアカデミーで卒業の話が出ていた気がする。庇護欲をそそる天使のような可愛さを見て、時代背景もあったが、いかに自分がつまらない子供であったのかを実感した。

カカシを見つめていた名前は、突然ビックリしたような顔をして母親の影から飛び出した。ソファーから飛び降り、同じくソファーに座るカカシの膝に両手を乗せた。

「え?どうしたの?」

心の準備が出来ていなかったカカシは、ただ名前の行動に困惑するばかりだった。まだ自分を知らない幼き婚約者が、自分を心配そうに真ん丸な瞳を向けてくるのだ。困惑と同時に胸の中に愛おしさが溢れて、体いっぱいに満たされる。
きっと自分は、名前が、ずっと年上であろうが年下であろうが何歳であったとしても恋に落ちていただろう。ふと、そう感じた。

つま先立ちをした名前は、カカシが良く知っているものよりも小さな手を伸ばして来てカカシの左目の下に触れた。

「おケガしてる、いたい?」
「……名前」
「だいじょうぶ?」

カカシは、名前の頭をポンポンと撫でて口角を上げた。

「ありがとう。痛くないから大丈夫」

カカシが笑うと名前が、小さな歯を輝かせてニコリと笑った。

「あらら、もう恋人っぽいわね」
「え?あ、いや」
「はたけさんくらいのイケメンなら仕方ないですよね!」
「うふふ、そうね」

その空気を割るように父親が少し寂しそうに、デーブルに湯のみを並べる。心無しかカカシの湯のみだけ置き方が雑に見えたのは錯覚か。

「名前はジュース飲むか?」
「うん!パパありがとう!」

ジュースに釣られ、名前の両手がカカシの膝から離れた。触れていた場所が不意に冷えた感じがして寂しさを覚える。名前は、嬉しそうにオレンジジュースを飲みながらカカシを見ていた。

「ねえねえ」
「ん?」

名前がストローを咥えながら、カカシの手を引っ張る。

「名前のお部屋にパパがくれたおもちゃあるの。あそぼ」
「いいの?」
「いいよ!」

名前のお願いとならば、断る理由も術も無い。引き摺り込まれるままに、カカシは階段を上がった。

名前の部屋には、小さなベッドとぬいぐるみが沢山あった。

「これ全部名前の?」
「そうだよ。みんなかわいいでしょ?」

もうすっかり警戒心はなくなり、人見知りとは何だったのか。
名前から渡されるぬいぐるみからは、カカシが大好きな香りがした。そう、名前の香りだ。この香りは体質だとは言っていたが、子供の頃からしていたとは。
名前に言われるまま、カカシは名前の見様見真似でぬいぐるみを遊ばせた。
子供の時から戦いしかしてこなかったカカシには、何をすればいいのか全く分からない。しどろもどろのカカシに、名前はやっぱり男の人だからウサギじゃなくてライオンが良い?と気を利かせてくれた。

接しているのは名前本人だが、遠からずの未来を先に経験している気分になる。きっと名前との間に産まれる子供は、こんな風に可愛くて愛しくて仕方ないのだろう。

そう、名前の部屋の扉の前で聞き耳を立てる父親のように。

やはり忍、普通の人ならば気付かない、いや並の忍でさえも気づかないのではないかと思う程に気配を上手に消していた。
娘が恋人を家に連れて来たのなら、自分も気配を殺して天井裏から見張るかもしれない。そんなことしたら、名前に相当怒られてしまうだろう。

それにしてもだ。

幼いながらも久しぶりに名前に会えたことで自分の愛が本物であったのだと確信出来た。そう喜びを覚える一方で、まだ子供の名前は自分を知らないのだから自分を好いてくれている訳がなく、それに一抹の寂しさを感じてしまうと言ってしまったら贅沢なのだろうか。

胡座をかいたカカシの膝の中に、名前はライオンやイルカ、動物のぬいぐるみを入れていく。何してるの?と問えば、カカシの大きな膝枕で寝させてあげるそうだ。カカシは、膝に頬杖をつき、背を丸めながらされるがままにそれを見守っていた。

「名前は、将来の夢はあるの?」
「んー?」
「ん?ああ、大きくなったら何になりたいの?」

名前は丁度手に持っていたヒトデを見つめている。
まさか、ヒトデになるとか言いださないよな、とカカシがドキドキしながら見ていると名前は「あ!」と嬉しそうに飛び跳ねた。

「ママみたいにキレイな人になるの」
「そう」
「ママキレイだから、パパ毎日キレイキレイって褒めてるんだよ。名前も褒められたいの」
「そうなんだ。パパが大好きなんだね」

名前は嬉しそうに頷いてヒトデを膝の中に入れた。
カカシは、名前の夢は叶ってるよと心の中で伝えながら大人の名前に会ったら、鬱陶しがられても父親の代わりに褒めて行こうと心に決めた。

「さて」

可愛い小さな名前と遊んでいるのも幸せだが、未来の女性になった名前に会わなければならない。この愛らしい婚約者は、まだ父親と母親のもので、流石にカカシが連れて帰る訳にはいかない。例え、名前が大人になるまで何年待つことが出来るとしてもだ。

それに、カカシに許された時間は限られてる。

「名前、そろそろお父さんの所へ行こうか」
「えー?」
「ほら、お父さんが心配するでしょう」

名前は、まだみんな寝てないんだよ?と言いながらぬいぐるみを籠に戻して行く。
扉の向こうで、慌てて階段を降りる気配がしてカカシは小さく笑った。

最後の巻物を使い切ってしまった今、名前の父親に助けを請わなければならない。ヤキモチを焼いて、教えて貰えなかったらどうしようか。

そうしたら、名前を味方につけよう。きっと名前なら自分を助けてくれる。



ー81ー

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