人形姫・02





名前はいつの間にか目を閉じていたことに気付いて、慌てて目蓋を開いた。

白い天井が視界にいっぱいに広がっていた。

瞳をぐるりと動かしてみると薄い水色のカーテンが自分の周りを四角く囲んでいる。天井から吊り下げられた透明のパックとそれと自分の腕に刺さる針に繋がるチューブ。規則的な電子音が自分の心臓の音と連動しているのだと気付き、名前は自分が病院のベッドに寝ているのだと分かった。

口元には透明なプラスチックのマスクが緩く掛けられている。それが息を吐くたびに、冬の窓のように白く曇った。

起き上がろうとしたが、首を動かすのもままならない。まるでチャクラが切れたカカシの様だと思った。
カカシの世界ではチャクラと言う生命の燃料のようなものが存在し、本当に燃料同様に他人に分けたり出来るのだと綱手が言っていた。だが、他人にチャクラをあげるには他人と自分のチャクラを鍵と鍵穴のように合わせなければならない。これには相当な修練とセンスが必要らしい。だから、名前に出逢うまでカカシは入院をしてひたすら休むことで回復させていたと言う。
それが、カカシのチャクラを受け入れる名前の存在で必要がなくなったのだっけ。チャクラ分けて、なんてふざけながら唇を重ねて来たことを思い出し、名前は頬を綻ばせた。

それにしても身体が重い。重力に体が負ける。まるで違う惑星に来てしまったみたいだ。名前は小さく息を吐いて、ひとり嘆息をついた。木ノ葉の病院は、非常に自分の世界のものと似ていた。だから、このままでは無事に世界を跨いで帰って来れたのか確認しようがない。

「名前さん!?」

突然視界に現れた女性。この服装は看護師だ。名前は返事をしようとするが上手くいかない。看護師は、名前の返事を待つことなく慌てた様子でナースコールを押し始めた。

「苗字さんの意識が戻りました!先生をお願いします!」

ナースコールを終えた看護師は、名前に優しく微笑みかける。

「すぐ先生が来ますから、大丈夫ですよ」

一体何が起きたのか。聞きたくても喉からは息が漏れ出るだけで、なす術がない。どうしてしまったんだろうかと困惑していると、白衣を着た男性が病室に飛び込んで来た。

「苗字さん!」

白衣を着たその人には見覚えがあった。そう、舞妓時代によく指名してくれた医者だ。その顔を見て、この世界に戻って来られたんだと理解した。彼は、名前の診察を手早くするとホッとした顔をした。

「ずっと意識が戻らなかったから、目覚めてくれるなんて、本当に信じられないよ。奇跡が起きたんだね」

医者の安堵する顔を見て、きっと相当に深刻な状態にあったのだと推測した。カカシの術で戻ってくる時に何かあったのかもしれない。だが、こうしてカカシのお陰でちゃんと戻って来られたのだからやはりカカシは凄い人なのだ。

「置屋のお母さんに連絡して来ます」

医者は看護師に名前さんを頼みますと声を掛けて、病室から出て行った。

名前は点滴が刺された右手を見た。私はどうなってしまって居たんだろう。怪我はするかも知れないとは言われていたし、相応のリスクがあることも教えられていた。それにしてもだ。
長い時間ボンヤリとしていると、再び病室のドアが大きな音と共に開かれた。

「名前!」

おかあさん、そう声に出したかったが上手くいかない。声を出そうとして、ようやく唇が痺れていることに気付く。

息を切らしたまま、お母さんが名前の体に抱き着いて嗚咽を漏らした。ふわりと置屋で焚かれていたお香の芳香が名前の鼻を掠めた。木ノ葉にはなかった香り。ああ、本当に帰って来たのだと名前は実感した。

初めて見るお母さんの涙。

この世界に戻らなくて良いと思った私は、なんて酷いことを思ったんだろうと身につまされる。名前は、何度も何度もゴメンネと回らない呂律で繰り返した。とても言葉にはなっていなかったが、その度に、生きててくれるだけで良いのと返してくれた。
落ち着いたお母さんは、名前の手を握りながら笑みを零す。空いた方の手で涙で濡れた頬を拭う。

「貴女が眠っていた3年間。本当に苦しくて苦しくて」

3年間、その数字が何を意味しているのかなど名前は理解出来る訳もなく。

「名前を失うのが怖かったわ」

3年間眠ってしまっていたのなら、木ノ葉を出た時がまだ成人前だったから今は22か23歳になっていると言うことで。3年間、カカシはどうしていたのだろう。

「無理はしなくていいの。また、一緒に暮らしましょう」

どう返事をすれば良いのか分からず、名前は瞬きを返すことしか叶わなかった。


ー67ー

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