人形姫・01



カカシは、名前が消えた地面をただ見つめていた。
しゃがみ込んでまだ少し砂埃の残る地面を撫でてみる。あっけなくて、本当は木の陰に隠れているんじゃないかと思ってしまう。

無事、名前が元の世界へ戻っていますように。術はしっかりと成功させた。膝をついたまま、カカシは動けなかった。

砂埃はカカシを越え、空に吸い込まれて行った。

ふっと、体から力が抜けて、地面に大の字になる。チャクラが削られてしまったようだ。しばらく休んでおこう、もうチャクラの用途もない。目蓋に満月を焼き付けながら、カカシは意識を手放した。






目が覚めたのは深夜。満月は空高く小さくなっていた。

里の中心部に戻ると、切羽詰まった声で名前を呼ばれた。声を掛けてきたのはサクラだった。息を切らしながらサクラはカカシに詰め寄る。

「こんな夜中に出歩いちゃ危ないでしょ」
「名前先生が里から追い出されたって!」
「サクラ、どこで」
「綱手様の所にいたら、相談役の方が!先生知ってるんでしょう!!」

カカシのベストを掴んで揺さぶってくるサクラを落ち着けと宥める。落ち着ける訳ないじゃないですか!とサクラは声を荒らげた。

「話さなかったのは悪かった。お前にも話しておかないとな。ま、ここでは話せないから移動するぞ。目立ち過ぎた」
「え?」

周りを見れば、何事かと注目を集めていた。こんな夜中に女が男に詰め寄るなんて、痴話喧嘩に見えても仕方あるまい。サクラは慌ててベストから手を離した。

2人が移動したのは、演習場。サクラは丸太に腰掛けたカカシの隣に座った。

「すみません、取り乱してしまって……」
「仕方ない」
「それで、名前先生はもう里には?」
「ああ、いないよ」

サクラは膝に乗せた手を握り締めた。爪が手のひらに食い込む。この気持ちをどう表せば良いのか、サクラはまだそれを知らない。
カカシは何から話せば良いのかと、考えを巡らす。

「正確には、この世界にはもう名前はいない」
「それって、もしかして……」

ジワジワと涙を滲ませるサクラに、カカシは横に首を振った。

「大丈夫、生きてるさ」
「でも……この世にいないって」
「実はな」

話して良いのだろうか。カカシは、少し拍を置いてから口を開いた。

「名前は異世界の人間だった。この世界に引っ張り込まれたんだ。俺がちゃんと元の世界へ返したよ」
「……そうでしたか」
「全然驚かないな」
「名前先生って浮世離れした人だったから、ずっと不思議な人だと思ってたんです。何となくお姫様みたいでしょ?アカデミーに来た時、先生がとっても綺麗だから、みんなお姫様って呼んでたんですよ」
「そうだったのか」

サクラは名前と過ごした時間を思い出して、口角を優しく上げた。カカシはお姫様かと、口の中で声を出さずに繰り返した。

「でも、名前先生は私がアカデミーの頃からずっと里にいました。もう何年もいたにどうして今更追い出すなんて」
「名前は特異体質だった。それを恐らく大蛇丸は知っていて名前をこの世界に引き摺り込んだ」
「大蛇丸が!?」
「サクラ、分かるだろう。特別な血や体を持つ人間は狙われる。サスケのようにな」
「でも、大蛇丸が名前先生を引っ張りこんだのなら、元々先生は大蛇丸の所にいたんじゃないんですか?手放したなら取り戻す訳ないし、名前先生が大蛇丸から逃げられるとはとても」
「お前は流石だな。大蛇丸は時空間忍術を使う化け物で名前をこの世界に引き摺りこんだ。自律の効かなくなった化け物は大蛇丸のところではなく、俺のところに落としたんだ。それを俺が保護した」

サクラはちょっと整理させて下さいと言い黙り込む。

「……名前先生が居れば里に再び大蛇丸が来る可能性が高まる。だから、里から名前先生は追い出されたんですね」
「そうだ。実際に何度か名前は襲われたことがある」
「そうなんですか。もし、大蛇丸のもとへ名前先生が送り込まれていたら……」
「俺にも正確なことは分からんが、実験材料にされていただろう」
「カカシ先生の所へ落とされて良かったです、本当に」
「それは、俺も思う」

サクラは涙を拭う。

「名前先生は、望んで帰ったんですか?」
「名前は木ノ葉を気に入ってくれてた。本当は嫌だったが、里を守る為にね……」

そうですよね、そうサクラは答えて再び頬を拭った。

「名前の生まれた国は戦争もなく、ここの何処よりも発達した世界らしい。だから、安心しろ」

サクラの知る限り、名前はこの里の誰よりも悪く言えば平和ボケをしていた。あまりの警戒心のなさに、もしかしたらこの人は戦いも何も知らない名家のお嬢様か何処か遠くの国のお姫様じゃないかと思っていた。
そんな名前が、自らこの里を守る為に犠牲になると決断したことを思うと胸が苦しい。

サスケは望んで里から去ったが、同じ世界にいるだけ幸福なのかもしれないと思った。カカシが名前に会いたくても、どんなに世界を駆けずり回って探したとしても決して見つからないのだから。
夫婦になると言っていた名前とカカシの気持ちを想うと、拭ったはずの涙が頬を伝うのに気付く。カカシはまた優しい目でサクラに微笑みかけた。

「サクラ、大丈夫だ」
「すみません、本来ならカカシ先生の方が慰められる人なのに」
「……まあ、そうかもな」
「先生はこれからどうするんですか?名前先生のこと……好きなんでしょう」
「名前が戻って来られる平和な世界にする、それだけだ」

恥ずかしさを隠すようにカカシはサクラの頭をガシガシと撫でる。サクラは、久し振りの先生の感触に照れ笑いを浮かべた。

「必ず、迎えに行くさ」
「私も手伝います。私だって名前先生が好きだから」

カカシが目を弓形に細めれば、サクラも真ん丸な瞳を細めた。
この青い空が名前と再び繋がりますように、そう願いながら見上げていれば、自分の少し下でサクラも見上げていた。気付いたら名前よりも伸びた身長。昔よりも大人びた横顔を一瞥し、カカシは心から思った。

「良い教え子を持ったよ。俺達は」

独り言のように呟いた言葉は、空の彼方へと浮かんで吸い込まれた。



ー66ー

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