人形姫・21



目蓋に朝日が差し込んでカカシは目を覚ます。
腕の中に名前がちゃんと居ることを確認し、寝息に耳を傾ける。レースカーテンの向こう側、赤味が薄れ淡い青に染まりつつある。空には鳥が自由に羽ばたいている。
きっと一緒に散歩に出たら幸せだろう。それ位の気持ちの良い朝だ。でも、今は触れ合う素肌の温もりを感じていたい。

安らかな寝顔を起こしてしまうのも申し訳なく感じ、カカシは名前の頭をふんわりと手の平で撫でる。
時計を見れば、残された時間はあと半日。この太陽が沈むまでは一緒にいられる。
決意を固めた筈なのに、のたうち回るほどの苦痛がカカシを襲う。これが運命なのだと、言い聞かせるしかない。

「ん……」

名前が眠い目をしば立たせた。目が合うとふにゃりと目元を緩ませてくる。カカシもそれに応えるように目を三日月に細めた。

「おはよう、名前」
「おはよ」

瞳の奥で、寂しさが雪のように積もっているのが見えた。だが、今は一緒に居られることに感謝して過ごして行きたい。最後に交わす言葉を寂しいものにしてしまいたくない。

「朝飯にするか」
「うん」

カカシは手を伸ばし、床に散らばった下着を取るとそれだけ身に付けてベッドから出る。名前には新しい下着と部屋着を渡してやる。名前はベッドの中でゴソゴソと着替え始めた。

「何が食べたい?」
「一緒に作ろうよ」
「ん、そうだね」

亀のように布団から顔を出し、着替え終わった名前はベッドからおずおずと抜け出た。カカシも流石に裸で調理をするのは憚られて、シャツとズボンを身に着けた。

キッチンに立つとカカシからエプロンを掛けてやり、背中のリボンを結んでやった。結び目の部分をポンと優しく叩くと、名前はありがとうとはにかんだ。
随分と手際の良くなった名前を見下ろしながら、カカシは名前からの指示を請ける。料理の主導権は名前にあり、カカシは名前の言う事を聞くことに専念していた。そして、指示されたのなら名前の期待を上回る仕事をしてやろうと常に思っていた。

名前と一緒の料理は、作るのも食べるのも楽しい。
お互い料理上手ではないから失敗をすることもあるが、それも楽しい。それから、失敗してもちゃんと平らげようとする名前が可愛い。無理しなくて良いよと言っても、意地なのか何なのか、ちゃんと名前は残さず食べる。

「今回は上手く行ったね!美味しそう!」

盛り付けて、盛り付けが綺麗な方をカカシの席に置いた。これが彼女の優しい所だ。出会った頃から変わらない。
手を合わせ、食事を進めながら今日は何をしようかと会議をする。

「お部屋、片付けなきゃ」
「良いよ、俺がやっとく」
「……そうね」

じゃあ、一緒にゴロゴロしよう。

その言葉に、カカシは頷いた。里の中に2人で過ごした場所、思い出の場所は沢山あるが、この家は他の何よりも思い出がミックスフルーツの缶詰のようにたっぷりと詰まっている。

ソファーに転がり、本を読んだり、テレビを観たり、隙あらば唇を重ねたり。カカシと名前は肌を重ねることよりも触れ合うことに専念していた。

「ねえ、カカシ」
「ん?」
「幸せだね」
「うん、幸せだな」

我慢しちゃって……。カカシは心の中で呟いた。
名前がそんなに強くないこと、カカシは理解しているつもりだ。強くないなりに一生懸命頑張っていることも知っている。何故なら、カカシも自身が強いわけではないから。カカシだって、我慢をしているのだ。
名前と過ごす時間は楽しくあっと言う間に過ぎる。そのたびにカカシは思うのだ。名前と居たら、いくら寿命があっても足りないだろう。幸せな時間は驚くほど、あっと言う間に駆け抜ける。

「ねえ、名前」

太陽が傾いているのを確認して、カカシは隠していた巻物を取り出した。名前は何も言わず真っ直ぐと巻物を見つめていた。アカデミーの図書館にある巻物とは違う。名前でも、何となく感じ取った。

「この巻物が名前と元の世界を繋ぐ」
「これが……」
「俺がこの巻物を発動させるから、名前は俺の言う通りにするんだよ。良い?」

まるでアカデミーの子供に諭すように、優しくカカシは名前に話した。名前は暫時、唇を噛み締めてから声を出すこともなく頷いた。カカシは、偉いねと言って頭を撫でる。

「移動しようか。持って帰りたいものがあれば少しなら良いよ」

名前の瞳の表面に厚く水が張っていた。

「カカシと里の想いがあれば大丈夫」

だから、何も要らないよ。そう首を横に振った。

この巻物は、異空間に飛んだ人物の元へ物体や人間を飛ばす為のものらしい。飛雷神の術と同様、マーキングの場所に飛ばすことが可能で、そのマーキングとは巻物に封印されたチャクラだと言う。封印されたチャクラと同じチャクラを持つ人間のところへ飛ぶことが出来る。
もし、カカシが自分のチャクラを巻物にマーキングしてから異空間に飛んだとして助っ人が必要となれば、巻物を使って忍具や他の誰かがカカシの元へ飛ぶことが可能なのだ。習得が非常に難しい時空間忍術が使えなくても、事前準備が必要とは言え移動を可能にするものなのだ。

タイミングが良いのか悪いのか、少し前に自来也からの報告で巻物作成者は異世界に飛んで戻っていないだけの可能性が濃厚だとの報告を受けた。何故それを知り得たのかは、デリケートな問題を含んでいるために追って報告となるらしい。
自来也の情報なら信頼に値する。この情報のお陰で、カカシは少しだけ安心して名前を元の世界へと戻す事ができる。

とは言え念の為、名前が初めてカカシと出会った修練の森で行うことにした。移動して見ればあの時と同様、花畑が広がっている。
カカシも名前もこの場所へ来るのは、出会った時以来だった。芳しい花蜜の香りが、出会った瞬間の記憶を呼び起こす。運命と言うものは分からないものだ。名前は、おもむろに左手の薬指から指輪を外す。

「あのね、この指輪はカカシに預けるよ」
「どうしてよ」

指輪があれば、きっと毎晩カカシを想って血の涙を流すことになる。自らカカシの元へ行く手段を持たない自分にとって、それはあまりにも辛すぎる。記憶の中で淡く思い出すのならばともかく、そのカタチを見てしまえば否が応でも鮮明にカカシとの思い出を想うだろう。

「あのね、迎えに来た時に、もう一度プロポーズして欲しいの」

だって、ほら、全然ロマンチックじゃなかったでしょう?
名前の言葉に、カカシはごめんねと言いながら目を細めて頷いた。

「あのプロポーズも好きよ。でも、ロマンチックなのも憧れるじゃない。だから……」
「分かった。とっておきの台詞考えておくよ」

名前はカカシの手のひらに指輪を置いた。カカシは大切にベストに仕舞うと、名前を抱きしめた。

「七班のみんなと仲良くね」
「分かった」
「もっと、自分を大切にしてね」
「……ありがとう」
「遅刻はしちゃ駄目だよ」
「……頑張る」
「もう……返事が遅い」
「ごめんごめん」

夕日が木々の間から差し込む。その赤が余りにも美しくて、憎たらしい。次第に日が沈み、赤い空が濃紺の空へとバトンタッチして行く。

巻物を広げる。巻物を挟むようにして、名前とカカシは向き合った。

「この円の中に手を置いて、印を組んだら俺が手を重ねるから」

名前が両手を円についた。カカシは再び名前を抱き締め、その唇に触れる。頬を伝い舌の上が塩辛くなったが、どちらのものかは分からない。お互いの唇を忘れぬように、形も柔らかさも温かさも噛み締める。
あと少しで日が沈んでしまう。日が沈んでから、一体どうやって生きて行けばいい?

「行くよ」
「うん」

こんなにも印を組むのが苦しいなんて知らなかった。
普段では考えられないほどにゆっくりと印を組む。

最後の印を組む指が震える。わざと失敗してしまいたい。名前に名前を呼ばれ、カカシは名前を見た。

「幸せだったよ」

俺も、幸せだった。最後の印を組み終え、カカシは名前の手に触れる直前に伝える。名前は優しく微笑んだ。

手を重ねる。温かい。

それは呆気なかった。

名前の温もりを感じた瞬間には、名前の姿は跡形もなく消えていた。
音もなく、煙もなく、何も変わらない森の中。名前の姿だけが消えてしまった。

カカシが空を見上げると、既に空は深い濃紺一色に染まっており、腹が立つほどに星が瞬き、満月が森を照らしていた。
名前を呼んでみたが返事はなく、何故名前を呼んでしまったのか、自分の行動に酷く後悔をする他なかった。



あとがき3


ー65ー

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