人形姫・19



神経を研ぎ澄ませながら、ひたりひたりと足音を忍ばせて部屋の奥に踏み入れる。
名前の気配を奥から感じる。それ以外にも沢山の気配。複数いるのか。太腿のホルスターに手を掛けながら、扉を体当たりで抉じ開けた。

クナイを引き抜こうとしていた手が止まる。

突然のカカシに、エプロン姿の名前が酷く驚いていた。名前の周りには忍犬達が囲んでいた。
手から落ちた菜箸を、近くにいたビスケが咥えてキャッチする。名前は焦りながらも、ビスケから律儀に菜箸を受け取る。

「あ!ありがとう」

名前に撫でられ、ビスケは目を細める。ビスケは、ハッとして周りを見渡してから首を傾げた。

「にしても、カカシがここにいるってことはさ」

それを合図に、他の忍犬達が異口同音に話し始める。

「ウルシ、しくったな」
「やっぱり、ウルシには向かなかったんだ」
「だから、あれだけ俺にしろって言っただろ」

名前が無事であることに安堵しながらも、カカシには何が起きているのか訳が分からない。
後ろからウルシも室内に入って来て、忍犬達の輪に加わった。すると、揃ってウルシを責め始め、ウルシは苦笑いしながらゴメンゴメンと軽く謝る。何やら盛り上がり始める八匹。
置いてけぼりを食らう気分は余りよろしくない。

「ちょっと、お前ら」

カカシの鋭い声に、忍犬達はピタリと笑うのを止めた。

「何で名前を見つけたのに俺に知らせないんだ」

揃いも揃って耳をペタリと倒し、口を閉ざす。誰も目を合わせて来ず、カカシは深く溜息をついた。カカシは、忍犬達のこの失態をどうすべきかと考える。ずっと信頼していたのだから、怒りよりも寂しさの方が勝る。

「あのね、カカシ」

沈黙を破ったのは名前で、カカシから庇うように忍犬達の前に立った。名前は、ごめんなさいと一度深く頭を下げてからカカシを見上げた。

「みんなにね、カカシが家に帰って来ないようにお願いしたのは私なの」
「どう言うこと……」
「今日はとても大事な日でしょう?」

それはそうだ。明日、名前は、この世界から生まれた世界へと戻る。今日を大切にしなければならない。だからって腑に落ちる訳じゃない。

「でも、どうして俺が帰って来ちゃまずいのよ」
「そりゃ、主役が準備中に来たら駄目だろう」

パックンが名前の足元からカカシを見上げた。

「主役?」
「今日はカカシのお誕生日でしょう?」

名前の言葉に、カカシは暫く間を置いた後、忍犬達に頭を下げた。

「済まない、ちゃんとお前らの話を聞けば良かったな」

忍犬達は気にしていないと、揃って首を横に振った。

「カカシは、名前のことになると周りが見えなくなるからな!」
「ほーんと、返す言葉もないよ」

交代での見張りの中。名前が呟いた一緒にお祝い出来たら楽しいのにね、その一言の為に、忍犬達はどうしたら全員が口寄せしてもらえるか作戦を立てていたのだ。上手い作戦とは言えないが。名前を探すフリをして、各々準備に勤しんでくれていたらしい。

「カカシ、お誕生日おめでとう!」

八匹と一人の声が重なり、カカシにはどうしようもないほどの喜びと照れくささが溢れる。カカシはこの気持ちをどう表現すれば良いのか分からない。

「お前達ひとりずつにハグしたいくらいだよ」
「え!やめろよ!」
「どうせなら女の子からが良いな」
「男で悪かったね」
「ケケケ」

カカシと忍犬の会話を聞きながら笑う名前。
その様子を見ていたら、本当にこの子を好きになれてよかった。そう思わずにはいられない。

「名前、名前」
「ん?」

カカシに手招きされて、名前が一歩近付く。

「やっぱり、ハグするなら名前じゃないとね」

カカシが体を包む。忍犬達から冷やかしの声があがる。

「ご馳走を作ったの。食べようよ」

恥ずかしさを誤魔化す名前に、カカシは素直にそうだねと返した。

「ありがとう、名前」
「大好きよ、カカシ」

それはとてもとても小さな声で。
カカシは抱き締める腕に力を込めることで返事をした。



ー63ー

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