人形姫・18


「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」

今日は、名前が火影室で働く最後の日だった。
名前の背中を見送り、カカシはカカシで任務に向かう準備をする。

「…………」

月は満ち、明日の夜には満月になる。

カカシは、綱手から渡された時空間忍術を施す為の巻物を机に広げた。

この巻物が使えるのは一度きり。

再び使えるようにするには、時空間忍術と封印術が使える忍がチャクラを封印する特別な手法で書くしかない。そして、この巻物を書いた忍は、20年以上前に自らの時空間忍術で姿を消してしまったと言う。自来也が、かつてカカシに語った忍のことだ。この巻物を書けるレベルの忍は、今の木ノ葉にはいない。

何も無く時間が進めば、明日の日暮れには使う時が来てしまう。使わずに済むのが一番良いのだが。

カカシは名前に巻物が見つからないように仕舞う。足は重く気分は乗らない。かと言って任務を放棄する訳にもいかず、カカシは後ろ髪を引かれる思いで家を出た。





「何だ、またお前か」

綱手が仕事の手を止めてカカシを見た。火影室の扉の隙間から、カカシが顔を覗かせていた。
カカシは身に覚えのある光景に気不味さを覚えながらも綱手に問う。

「すみません、名前帰りました?」
「ああ、帰ったよ」

これも身に覚えがある。ああ、気不味い。

「名前、かなり急いでたから家にいるんじゃないのか?」
「そうですか、ありがとうございます」

そそくさと火影室から退散しようとするカカシの後ろ姿に、綱手は声を掛ける。
カカシは、またからかわれるのではないかと背を丸めたまま振り返り、思わず姿勢を正した。あまりにも神妙な面持ちで綱手が自分のことを見つめていたのだ。数秒、綱手は、その眼差しでカカシを見つめ、美しい紅を引いた唇を噛み締めてから、やっと解放する。

「名前を頼むよ」
「……それは勿論」

綱手の言葉をどう受け取れば良いのか分からず、曖昧な言葉で濁した。名前をちゃんと帰せという意味なのか、何なのか。この返答で良かったのだろうかと考えあぐねるカカシに、綱手はさっきまでの真剣な雰囲気を吹き飛ばして、まるで虫を追い払うかのように手払いする。

「さ、帰った、帰った。嫁が待ってるよ」

火影邸から出て、カカシは自宅に帰った。だが、名前の姿はなく、忍犬の帰宅の印もない。今日は、ウルシがついてくれている筈だ。
これは何処かに寄っているのだろう。名前を迎えに行こうと、ウルシに合図を送るが返事はない。

心配はしていない、きっと名前に唆されてサボっているんだ。あいつらも、カカシの忍犬だけあって名前には弱い。

「あいつ……全く」

軽く笑い飛ばしてみる。

「……ハハハ」

やはり、居てもたってもいられずにパックンを口寄せした。
煙の奥から現れたパックンは、相変わらず不機嫌そうな顔をして座っている。名前が可愛い可愛いと愛でるチャームポイントだ。

「今日はウルシの日だろ。拙者になんの用だ」
「それが、合図に返事がなくてね」
「それは心配だな」
「てな訳で、名前とウルシの場所を教えてよ」
「了解!だが、拙者ひとりでは心配だ。他の奴等も呼ぶが良い」
「お前で十分でしょう」

必要ないとカカシは答えるが、パックンは譲らない。対等なパートナーではあるが、普段は犬らしく従順であるのに。何だかいつもと違うなと思いながらも、仕方なく残りの6匹も口寄せをした。
理由を説明すれば、口々に心配だと言い始める。普段はお互い信頼し、何があっても大丈夫だと言い合う彼らだ。
腑に落ちない気もするがカカシとパックン達は四方八方に散って行った。

里内で名前の姿を探しながら、カカシは胸が締め付けられる思いでいた。
このまま名前を見つけたら、名前を捕まえて逃げてしまおうかと考えてしまう。何度も何度も同じことを考えた。名前を魔の手も里の手も届かないような地平線の向こうに連れて行こう。
しかし、名前の笑顔を見る度に思い直すのだ。これ以上辛い思いをさせる必要はないのだと。

しかしだ。

もし、名前がカカシと同じ考えをしていたとしたら。

そもそもおかしいのだ。忍犬達全員が探そうと里内を散って結構時間が経つが、誰からも報告がない。この限られた範囲、八忍犬の能力ならものの数分で見つけ出す。
そうなると余程巧妙に隠れているのか、里に居ないのかの二択に絞られる。前者は忍でない名前には無茶な話だ。だとしたら後者の可能性が残される。

「いや、有り得ないな」

そう言っておきながら、背筋に凍る一筋が流れた。
自分と一緒ならともかく、名前がひとりでこの里を出て生きて行ける訳がない。里から出たら、大蛇丸や暁の格好の餌食だ。大蛇の大きな口が、鼠を頭から丸呑みする場面が脳裏に浮かびこんだ。

こう言う時、悪いイメージをしてはならないと経験上知っている。想像出来ることは現実になってしまう。イメージすることで、そうなるように無意識の内に行動してしまうのだ。

カカシは言い聞かせるように、平手で顔を何度も叩いてから、名前を探す為に地面を蹴った。

名前が行きそうな所、お気に入りの場所を虱潰しに周った。商店街の店主達に見掛けなかったかを聞き周り、まだ来ぬ忍犬達の知らせを待つ。

名前の匂いがする場所を辿ると、いつもの名前の帰宅ルートになっていた。それもそうだ。

「ん?」

向こうの角に見慣れた尻尾が曲がって行くのが見えた。
カカシは駆け寄る、また次の角に尻尾が消えて行くのを捉えた。次の角を曲がれば、もう我が家だ。また追い掛けるように角を曲がる。

「おい!」

尻尾の持ち主に声を掛ければ、驚いたのか肩を震わせて一目散に走り出す。どうやらカカシに見つかったことがマズイようだ。しかも、元凶のウルシなのだ。

「おい!名前はどうした!」

隣に名前の姿はない。これは説教で済むのだろうか。
それにしても、自分の忍犬を追い掛けることになるなんて、この忍人生、想像さえしていなかった。

そもそもウルシもカカシも目指していたのだから、自宅の玄関前に着いた所でやっとカカシはウルシを囲い込んだ。優秀な忍犬だが、流石に鍵を開けるなんて芸当は出来ない。

「へ、ヘヘ」
「ウルシ」

誤魔化すように憎めない笑顔を見せて来たウルシを、一言で黙らせた。怒ったカカシは怖い。ウルシは良く知っている。
犬にだって冷や汗は流れるようだ。気不味そうな顔をしながら、目をショボショボと瞬き始めた。

「名前はどうした」
「えっと、他の奴等に任せた」
「は?」

静けさの中に言い表し難い雰囲気を纏い始めたカカシに、ウルシはそれまで沈黙を繋いでいた息を止める。口を閉じでゴクンと唾を呑み込んだ。

「お前な、自分が何やってるか分かってんのか」

カカシは、ウルシの鼻先に詰め寄る。追い詰められたウルシは、クゥンと情けない声を零し始めた。

カカシが溜息を吐いた時だった。玄関扉の奥、家の中から物音がする。名前の悲鳴に似た叫び声がした。
カカシはウルシへの説教などは頭から吹き飛んで、玄関扉に手を掛ける。
鍵は掛かっておらず、すんなりと開いて素早く体を滑り込ませた。



ー62ー

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