人形姫・11





汗でベタついた肌を綺麗にするために、頭からシャワーを一緒に浴びた。

カカシは手のひらで石鹸を泡立てると、その大きな泡を名前の体に滑らせる。肌の柔らかさ、程よく括れた腰、艷やかな鎖骨、均等に薄く華奢な体だったのに今は程よく丸みが加わっている。毎日見ていると気付き難いが、改めて見ると少女らしさは幾分と薄くなっていた。名前の成長が、ふたりの時間の経過を教えてくれる。ああ、楽しくて幸せで気付かなかったが随分と時間が経ったものだ。

「名前、本当に綺麗になったね」
「え?そ、そうかな」
「うん、ほんと」
「ありがとう、カカシこそどんどん格好良くなってる」
「えー?」
「本当だよ、本当に!」

ありがとう、嬉しいよ、そう言ってカカシは名前の泡をシャワーで流した。
シャワーの飛沫で濡れた唇が、瑞々しいサクランボのように見えてカカシは思わず指で触れる。湯で温められていつもより赤く熟れていた。

「名前は唇も可愛いよ」

どう反応すれば良いか分からず、名前は恥ずかしがって目を伏せた。ああ、もう何度言えば慣れてくれるのだろうとカカシは密かに胸が高鳴る。
唇から指をスライドさせると、そのまま首裏を持ち上げた。それを合図にして、名前は踵を上げて爪先立ちになる。対して、カカシは腰を曲げる。そうすると、丁度お互いの唇が重なり合う。
少し離れ、しっとりとした唇の先が触れたまま、唇がまた押しつけられる。長く触れ合うだけのキスが終わると、目を合わせて微笑み合った。

「サクラちゃんがね、カカシが寝ずに看病してたって教えてくれたの」
「あいつ、全く……」
「ありがとう。すごく嬉しい」
「当たり前じゃない。名前も俺のこと、看病してくれたでしょ?」

ありがとね、そう囁いてからカカシはシャワーの中で名前を抱き締めた。

共に風呂から上がると、名前はソファーに座った。温泉旅行以来、一緒に風呂に入るようになってからの習慣。一緒に入った時はカカシは名前の髪を乾かすこと、それがいつの間にか約束事になっていた。
名前の後ろにカカシは座る。ドライヤーのスイッチをつけて、長い髪に指を通した。柔らかな髪が温風の中で無駄な水気を失って行く。

この水分のように、誰の目にもつかず消えて何処かへ行ってしまいたい。
どうして名前が。異世界から来た人間はまだ数人いると言うのに何故名前だけが狙われるんだ。

「熱くない?」
「大丈夫」

髪が乾きドライヤーのスイッチを切ると、名前が今度は私がやるね、と言って上体だけで振り返った。
名前の表情なにもかもが愛しくて、カカシはドライヤーを握ったまま名前を見つめていた。ボーッとしていることは多いが、何かいつもと違うカカシの様子に、名前は困惑の表情を浮かべた。

「何か、カカシ変だよ」
「ねえ、俺の子供を産んでよ」
「え?」

悲痛な囁きが名前の耳に届く。時折、カカシは痛いくらいに悲しそうな声を出す。名前の胸はその度に鋭い武器で刺されたように痛みを感じる。痛くて痛くて、ずっと痛くてこのまま心臓がいつか止まってしまうんじゃないかと錯覚する。いや、コレはきっと錯覚じゃない。

「ね、いいでしょ?」

剛力でカカシの方へ体を向かされたかと思えば、カカシの太い腕で体を包み込まれる。頬が厚い胸板に押しつけられる。カカシは名前が逃げてしまわぬように、力を込めて抱き締めた。
流石の木ノ葉も、名前がはたけカカシの子を身籠ったとなれば元の世界に戻れとは言えなくなるだろう。カカシはこうなることを恐れて、避妊もせず名前に幾度となく自らを注ぎ込んできた。結局、何故かそれは叶わなかった。
それはお互いが違う世界の人間だからなのか。もし、そうだとしたら悲しい運命だ。

「カカシ……変だよ」
「…………」
「何かあったの?」
「ごめん……」
「なんで謝るの」
「里の上層部が元の世界に戻れと……」

文字通り、頭の中が真っ白になる。

「え?」

元の世界へ戻るなんて。

「うそ……」

そうだ、イタチに会って倒れた時、もう生きていたくないと思ってしまった。かつて神様に誓ったはずなのに、私から破ってしまったからだ。これは罰なんだ。それならどんな罰だって受けるつもりだ。でも、でも……。

「いや……嫌だよ。離れたくない」
「ごめん、名前。俺が守るから大丈夫」
「ごめんなさい、私、わがまま言った」

カカシは首を横に振り、更に力を込めて名前を抱き締める。骨が軋む音がする。締め付けられて息が苦しい。でも、そんなことよりも心が苦しくて苦しくて痛くて身が千切れてしまいそうだ。
腕の力は強いのに、指先は優しく名前の髪を梳く。カカシの指先が髪越しにうなじを擽った。

「俺のそばから離れさせやしない」
「…………」
「誰にも邪魔されない場所で一緒に生きよう。俺、名前と一緒なら何だってやれるよ。名前のこと、守るから」
「カカシ……それって」
「うん、一緒に里を抜けようか」

里を抜けるとは、サスケと同じことで、里を裏切ると言っても過言ではない。里を抜けてからのサスケが如何に仲間であった筈の忍達に悪く言われているのか。陰で名前は知っていた。自分のせいでそんなこと、そんなことカカシにさせられない。

「駄目だよ、カカシは必要な存在なんだよ」
「名前は、俺に必要な存在だよ」
「嬉しいよ。でも、駄目。駄目、だって、カカシは……」

そこからは涙が邪魔をして言葉にならない。
子供のようにしゃくり上げ、嗚咽だけが漏れる。カカシのシャツが、名前の涙と鼻水でグシャグシャに濡れてしまう。名前はこれ以上汚さないように顔を離そうとしたが、カカシがそれを許さない。

名前だって、許されるのならば、カカシと里を出て誰も知らない遠い場所に逃げてしまいたい。名前が頷いたら、カカシは必ず里を抜ける。カカシが生きてきたこの三十年弱、喜びよりも悲しみの多い人生だったと言う。やっとカカシが里の中で光に当たってかつてより幸せになれたのに、自分という里にとってちっぽけな存在を守る為に犠牲になることはないのだ。

「ねえ、カカシ」
「ん?」
「いっそのこと……」

言えない。言えるわけがない。

「カカシ、ごめんなさい」
「なんで謝るのよ……」
「ごめん……」

この涙は、枯れそうにない。




ー55ー

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