人形姫・01


4th・変わって行く


カカシのプロポーズを名前が受けて、既に数ヶ月が過ぎていた。
名前はこの世界の住人でなかった為、悲しいかな、身内と言う存在が全くいない。その為、挨拶やら結納やら儀礼を通す必要もなく、すぐに入籍できると思っていた。だが、皆が何故か見落としていたのだが、名前は戸籍を持っていなかった。一般人ではあまりないことだが、名前の事情が事情だけに綱手が証明書を発行して手続きをしてくれた。お陰で、名前はやっと新しい戸籍を手に入れた。それがつい最近のことだった。

ふたりが婚約した話は、綱手やサクラ、同期の上忍仲間など身近な人にしか報告していない。にも関わらずあっと言う間に里に広まった。

付き合っていることは知っていたが婚約までされてしまえば、もうチャンスは残されておらず、僅かな希望さえも失われた里の男達が暫く葬式状態だったと、任務受付所に出入りする綱手が笑いながら教えてくれた。
カカシは、前よりも悪い意味で自分に注がれる視線を感じるようになったが、やっと周りの男共に牽制できたと胸を撫で下ろした。名前は女の子だし、からかわれることはないようだが、カカシは里の男達をいよいよ本当に敵に回したとか、一生分の運を使い果たしたとか、酷い言われようだった。だが、それは彼らなりの祝福なのだとカカシは受け止めた。

「名前に言わなくちゃいけないことがあるんだ」

そうカカシに言われて連れて行って貰ったのは、里の静かな場所にある慰霊碑の広場だった。石碑の前に片膝をついてから、カカシは名前を隣にしゃがませた。幾人もの名前が並び、そのうちのひとつの名前を指先でなぞった。

「ここには、俺の親友が眠ってる」

うちはオビト、サスケと同じ苗字だと思った。

「俺の左目、普通の目と違うでしょ?実は、親友から貰ったものなんだ」

カカシは額当てを上げて、鮮やかな紅の瞳を見せた。ずっと気になってはいたが、聞いてはならないような気がして、名前はずっと触れないようにしていた。カカシもその気遣いを察していたし、名前にずっと疑問を残していることを分かってはいた。だが、一般人である名前に忍のことをホイホイ教えるべきことではないと思っていた為、何も言わずにいたのだ。

「痛くない?」

名前の手が伸びて、カカシの傷跡の近くに優しく触れた。一度は失明した左目、今は親友の形見が代わりとなって名前を映す。名前の体は写輪眼をもってしても見ることは出来ないが、この体の中に自分のチャクラが流れているのだと思うと言葉に表し難い気持ちに包まれる。

「切られた時は痛かったけど、今は平気」
「そう、良かった」

痛々しい傷跡が、今でも痛まないのかとずっと不安だった。

「この眼のお陰で俺は、ここまで生きて来られた。昔の俺は仲間よりもルールが大事な人間だった。仲間を見殺しにしようとしたこともある。でも、オビトが教えてくれたんだ。仲間を大切にしない奴はクズだってね」
「すごい人ね」
「うん、俺にとって大切な人だから、名前に紹介しないとね」

カカシは名前の肩を抱き寄せて、石碑に向かい合った。

「オビト、彼女が言ってた名前だよ。可愛いだろ?」

名前はペコリと頭を下げた。そして、カカシに触れた時と同じ優しさで名前に触れた。

「はじめまして!名前です」

生身の本人が目の前にいる訳ではないのに、名前は何故だかとても緊張してしまった。よくよく考えてみれば、カカシから人を紹介されるのは初めてのことだった。
カカシは出会った頃から勿論とても優しかったが、時折見せる顔が少し怖かった。でも、日に日に優しさが増して行った。本来の彼はとても愛情深く、でも、それを上手く表現出来ない不器用さんなのだろうと毎日過ごす中で理解をした。他の人の為に自己犠牲を厭わない優しさは、彼なりの愛情表現なのだ。

「私、夢が出来たよ」
「教えてくれる?」
「カカシを幸せにするの」

カカシはフッと息を漏らし、名前の手を両手で包み込んだ。

「俺は既に幸せだよ」
「ううん、木ノ葉でいちばん、世界でいちばん幸せにする」
「ありがとう、もっと幸せになっていいの?」
「うん!私はカカシの仕事のこととか、この世界のことはまだ知らないことが多いけれど、全部を受け入れたいの。どんなことがあってもカカシを迎え入れる場所でありたいの。何があっても、私はカカシをひとりにしない」

カカシの良い所も、悪い所も全て大好きだ。カカシが悲しんだら自分も同様に悲しんで、喜んだら本人よりも喜ぶんだ。
もうどんなカカシを見ても、彼に飽きたり、嫌いになんてなれないんだ。まだ自分は子供だから、そんなの大人になったら変わると周りには言われてしまうかもしれない。でも、本当にそう思うから仕方ない。

「名前、ありがとう」

大人びた発言をする目の前の少女。
他人は名前の発言を、無理して背伸びをしていると言うかもしれない。しかし、彼女を良く知るカカシは、ありのままの名前だと思った。彼女なりにずっと悩んで考えて、どうしたら自分を幸せにできるか考えたに違いない。
出会った頃の天女が纏うような羽衣はいつの間にか薄れている。まだ子供の雰囲気は残るが、本当に大人になれば、きっとびっくりする位に綺麗になるだろう。容姿だけでなく、内面もきっと。

「さっきよりも幸せになれた」

惚気るなってオビトに怒られるかもなと、カカシは笑った。

「オビト、名前のことも宜しくね。名前もオビトのこと……」
「うん、もちろん」

食い気味の名前の返事に、カカシは目を細めた。額当てをおろしてからふたりは立ち上がり、慰霊碑にもう一度声を掛けた。そして、手を繋いで歩き始める。この広場から、こんな穏やかな気持ちで去るのは初めてのことだった。

「指輪見に行こうか」
「うん!」

名前の左手には、どんな指輪が似合うだろうか。それを想像するだけで胸が踊る。

繋がりがカタチになる、それはとても幸せなことだ。



ー45ー

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