人形姫・02


ある昼下がりのことだった。


執務室に行く前に、綱手達へ日頃の感謝を込めて甘栗甘に寄ることにした。ここは木ノ葉に来て最初に知った甘味処だ。
かつての仕事柄、カフェなどには寄れなかったため、甘いものを外で食べるとしたら甘味処ばかりだった。そのお陰か、今でも生クリームよりもあんこの方が親しんでいる。この店は人気だけあって絶品で、特にあんみつがお気に入りだった。もちもちした白玉、舌触りの良いこしあん、口の中でホロホロと崩れる寒天、どこを食べても美味しい。この世界は、食の種類は少ないがその分ひとつひとつがどれも美味しい。

みたらし団子に、三色団子、豆大福にカップのあんみつを人数分買うことにした。愛想の良い店主の奥さんに、綱手様とカカシさんに宜しくと言われて名前も笑顔で店を出た。

少し買いすぎたかなと思いながらも、紙袋を抱えて名前は執務室に向かう。袋の中でカップが倒れてのないか覗きながら歩いていると、思い切り人にぶつかってしまった。名前は慌てて謝罪をする。

「す、すみません!」
「いいえ、大丈夫ですか?」

見上げれば、綺麗な顔をした青年だった。自分と同じ歳のように見えたが、随分と大人びていて年上にも見える。どこかで見た事ある様な気がするが、思い出せずモヤモヤとしこりが残る。

「ごめんなさい、私は大丈夫です。お怪我はありませんか?」

ぶつかったのはこっちの方なのに気に掛けてくれるなんて、名前は恐縮しながら何度も頭を下げる。

「良いんですよ、こちらこそ前を見ていなくて。すみません」

名前が顔をあげようとした瞬間、聞き慣れた声がした。

「名前さーん!」

人混みの向こうから、シズネがトントンを抱えて走って来た。
名前が最後に謝ろうと前を向くと、既に青年の姿はなくなっていた。

「あれ?」
「名前さん、どうかしました?」
「いいえ!」
「あ、その紙袋は甘栗甘!綱手様、朝から機嫌が悪いので助かります!」

再度、周りをキョロキョロと見渡したが、青年の姿は見当たらなかった。





甘栗甘は喜ばれて、綱手の機嫌を治すことができた。早めに家を出て買ってよかったと名前は思った。

「そういえば、名前さん。あの時、誰かと一緒にいたんですか?」
「え?いいえ、ずっと一人でしたよ?」
「そうですか…誰かと喋っている感じだったので。声掛けた時、しまった!って思ったんですよね」

名前は、あぁと思い出す。

「あんみつの袋を見ながら歩いてたら、人とぶつかってしまって。それで謝ってたんです」
「フフ、名前らしいな」
「そーなんですか。ぶつかった人とトラブルにならなくて良かったですねー」
「それが優しい男の人で、むしろ心配されちゃいました」
「男なら、その反応は正しいな」

何を仰るんですかと名前はツッコミを入れたが、シズネも納得をしていた。
あんみつは、あとでおやつにしましょうと言う事になって、冷蔵庫にしまった。

「名前、湯呑みを洗いに行くついでに待機所にカカシとアスマがいるはずだから執務室に来るように言ってくれ。それから、悪いが席を外してくれ」
「はい、綱手様。行ってきますね」
「あぁ、頼むよ」

給湯室に三人分の湯呑みを置くと、待機所に顔を出す。少し開けたドアから顔を入れ、キョロキョロしていると一番近くに座るゲンマが気付いてくれた。

「お、どうした?」
「ゲンマさん、お疲れ様です」
「おつかれ、俺とデートする気になったか?」
「え、あの!」

慌てふためく名前を見て、ゲンマは面白そうに笑う。
この人は、きっとモテるんだろうと話し掛けられる度に思った。女の子をドキドキさせて笑いながらも、バカにする様子もない。むしろ、そんな反応も可愛いと言わんばかりの優しい態度。それで、この綺麗なルックス。任務にも真面目で、かなりの実力者らしい。カカシやアスマもそうだが、この世界には、容姿も実力も兼ね備えた人が多いなと名前は実感していた。

「からかって悪かったな。カカシか?」
「は、はい!カカシさんとアスマさんに、綱手様が呼び出しを」
「奥にいるから呼んでくる」
「ありがとうございます!」

ゲンマが奥に行くと、交代でカカシとアスマがやってきた。

「久し振りだな、名前。えーと、綱手様だっけか?」
「はい。執務室に来て欲しいそうです」

待機所を出るとカカシはアスマを少し前に歩かせ、軽く名前を抱き寄せた。
名前は、小さな声でカカシ!?と慌てるがカカシはまぁまぁと言うだけ。

「カカシ、置いてくぞ」

アスマはお見通しらしく、こちらを振り返らずに声をあげる。

「ごめーんね」
「私は中に入れないので、これで」
「そうか、ありがとな」

あら、残念とショボくれるカカシを引きずって、アスマは執務室に向かって行った。





「今から二人で調べてほしいことがある。」
「何でしょうか。」
「結界に謎の反応があった。その正体を調べてほしい」

綱手は地図を手渡してきた。里の侵入者を感知する結界が反応した場所に、印が打ってあった。

「ここを調べれば良いんですね」
「あぁ、頼むよ」

カカシには身に覚えがあった。かつて、まだ自分が暗部に所属していた頃、三代目とダンゾウに言われて同じ様に結界のおかしな反応を調べたことがある。その時も確か……。

「ここは、かつてのうちは地区だな」
「そうみたいだね」

カカシの頭の中に、ある男の影が掠める。いや、まさかな……。

「ま、とにかく行ってみるか」

執務室から出て、2人は里の外れにあったうちは地区に向かった。かつての一族の見る影もなく、寂しい場所になってしまっていた。あの夜、ここでサスケ以外のうちは一族が惨殺されてしまった。そして、里に残った唯一のうちは一族のサスケも、里を抜けてしまった。

「許可もなく結界を破る人間がいるとはな」
「あぁ、結界が警告をして来ないということは結界の暗号を知る人物なんだろう」
「じゃあ、木ノ葉の人間の極少数に絞られるな」

カカシの中で、過去と今が繋がりかける。

「おい」

うちはの氏神の社に、見た事のある背中があった。
カカシとアスマが背後から声を掛けると、それは逃げる事もなく振り向いた。

「うちはイタチ……またナルトか」
「カカシさん。いいえ、ナルトくんが里に居ないのは知っています」
「何が目的だ」
「カカシさん、あなたが手に入れたものです」

イタチの漆黒の目が、カカシを捉える。
カカシは、名前の顔を思い浮かべた。いや、そんな訳ない、そうであって欲しくない。

「さすがカカシさん。お察しの通り、名前さんです」
「何故名前を狙う。彼女はただの一般人だ」
「いえ、彼女は特別な体をお持ちだ。それに、特別な世界の生まれ。我々に必要な器だ」

カカシとアスマの体がピクリと震えた。
どうして、大蛇丸だけでなく、暁にまで名前の情報が漏れているのか。

今までカカシが想定していた中で、最悪の状況だった。


ー46ー

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