人形姫・03


カカシは、照れ臭そうに、でも誇らしげに両親の馴れ初めを語る名前に耳を傾けた。





名前の母は、当時人気の芸子だった。
毎日本当に忙しく、仕事以外考えられない生活だった。ある日、休みだった母は仕事でお世話になっている方々への挨拶回りも兼ねて出掛けていた。

夕暮れ前、突然にわか雨が降って、傘を持っておらず、その辺で雨宿りする事にした。
急いで少し小走りしたら下駄の鼻緒も切れてしまい、半分泣きながら困り果てて居た。すると、優しい人がふと現れて声を掛けて来てくれた。
細身だが肩幅があって、しっかりとした体付きの男の人だった。優しそうな笑みを浮かべ、母の前に跪く。

「大丈夫ですか?」
「鼻緒が切れてしまって……」

すると、その人は自分のハンカチを切って鼻緒代わりにしてくれた。母は、必死で止めたが、その人は笑顔で平気平気と言って直してくれた。

その人こそ、名前の父だった。

父は、母が傘を持っていないことに気付くと、自分が持ってた折り畳み傘を差し出す。当然、あなたが困りますからと、断った。しかし、父は優しい笑顔で首を横に振った。

「貴女みたいな美人を助ける機会は滅多にないから、やらせて下さい。俺の職場は、ここからすぐ近くだから」

そう言うと、父は母に半ば無理やり傘を持たせて、走って行ってしまった。背広を濡らしながら去って行く背中を見て、母は恋に落ちた。
それから、お礼のハンカチと貸してくれた傘を常に持ち歩いて返せる機会を探していた。

二人が再会したのは、半年後だった。
気付いたのは母の方で、思わず駆け寄ると父は大層驚いていた。

「覚えてくれているなんて驚きました」
「だって、忘れられませんもの。本当に感謝していますから」

父は頭をクシャクシャと掻いて、顔を真っ赤にした。母は、傘とハンカチをカバンから取り出した。

「あの、ずっとお返ししたくて」
「え!?」
「ずっとお礼をしたくて。こんなのお礼にもなりませんが」
「いやいや、お気持ちだけで幸せです!」

大袈裟な返事に、母はフフフっと笑った。

「面白いお方なんですね」
「そんなことは…!」

母が笑って、父も笑った。この機会を逃したら、もう二度と会えなくなる気がして、父は、清水の舞台から飛び降りる覚悟で口を開いた。

「実は、貴女に一目惚れをしました。友達からでかまわないので付き合ってくれませんか」
「はい、お願いします」
「……え、えぇー!?」

父は、美しい母を初めて見た瞬間に『あぁ、この人を幸せにしてあげたい』と思った。完全に直感だったが、それが間違っているとは思わなかった。だから、母を助けるためだったら自分のハンカチがダメになることも、自分が濡れてしまう事も些細なことだった。

3年付き合い、父がプロポーズをした。

それはつまり、芸子を辞めて自分に付いてきて欲しいというお願いで、人気絶頂の彼女が付いてきてくれるなんて、ごく普通のサラリーマンの父には自信がなかった。食事に誘ったものの、食事が喉を通る訳もなく、心配する母に申し訳なくなり、父は意を決して口を開いた。

「俺と結婚して下さい!幸せにします!」
「はい、お願いします」
「……ほ、本当に!?」

母は、初めて交際を受け入れてくれた時と同じ笑顔で答えてくれた。ただ、唯一違ったのは彼女の瞳から涙が流れていたことだった。

「で、それから3年後に私が生まれたんだ」
「凄く運命的だね」
「でしょ」

かつて、母と恋話をしている時に教えてくれた両親の馴れ初め。頬を赤らめながら話す母の表情は、見たこともないほど可愛くて、母はずっと父に恋をしているんだと名前には分かった。いつか、私も父のような人と出会いたいと思うようになった。

「だからね、カカシに出会って助けてくれて運命の人だと思ったの。恥ずかしくて言えなかったけど」

カカシは、この娘を抱き締めたい衝動に駆られた。
名前の体を目一杯抱きしめると、名前の肺から息が漏れた。

「俺も、だよ。名前」
「カカシ…苦しい…」
「ごめん」

それでも、カカシは腕の力を緩めなかった。


ー31ー

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