人形姫・02


綱手に呼び出され、カカシは執務室にきていた。

「カカシ、見つかったよ」

カカシの心臓は、バクバクと乱れだした。探していた答えの筈なのに、カカシは答えが見つかる事を望んではいなかった。

「まだ完璧ではないが、柱間の書から見つけた。お前には悪かったな、ずっと探してくれていたのに任務に出ずっぱりにしてしまって。代わりに私達で探してはいたんだ」
「綱手様、本当ですか?」

綱手は、安堵した顔をカカシに向けた。

「本当だ」





仕事終わりにカカシが職員室にやって来たかと思えば、綱手様がお呼びだと知らせて来てくれて、名前は執務室に来た。最近はもっぱらアカデミーで仕事をしていた為、執務室に来るのは少し久し振りで、相変わらず書類だらけの部屋にたじろぐ。心無しか、前よりも散らかっているような…。
綱手の前に立ち、少し後ろにカカシが立ってくれている。綱手に呼び出されるのは、だいたい雑用ばかりで、何か話があるわけではない。だから、名前は緊張していた。

「で、名前、話なんだが」
「はい」
「元の世界には戻らないか?」
「え?」
「戻り方を見つけたんだ」

思わず名前は、カカシの方を振り返る。

「明日にでも帰れと言っている訳じゃない」
「はい…」
「ただ、帰ることは出来ても二度とこちらに戻って来ることは出来ない。向こうに術を掛けられる者が居ないからな。それは覚悟しておいて欲しい」
「分かりました」
「まぁ、ゆっくりと考えておいてくれ。何年後になってもいいから」

話は以上だと言われ、名前とカカシは執務室から出た。重苦しい雰囲気が二人を覆う。カカシは何も言ってくれなくて、名前から口を開いた。

「ねぇ、カカシはどう思う?」
「……名前が望む答えなら、俺は受け入れるよ」
「そっか」

ショックだった。そばにいて欲しい、そう言ってくれるのを心の何処かで期待していたのかもしれない。お願いだから元の世界には戻らないで、と。カカシは、私が戻るならそれでも、いいと。二度と会えなくなってしまっても良いと感じてしまった。

その日の夜、会話のない食事をしていると、カカシは任務に呼び出されて行ってしまった。
名前は、食が進む訳もなく残ったご飯を冷蔵庫にしまった。食器を洗いながら、涙が勝手に溢れてくる。カカシと自分はやっぱり違う世界の人間なのかもしれない。平和ボケした自分に、カカシだっていつまでも愛してもらえる保証もない。愛して貰えてると思っていたのになぁ。カカシがいるから、この世界に居たいのに。カカシが私を要らないなら、私がこの世界に残る必要もない。

「カカシ、私、必要かなぁ」

声に出せば虚しさが増していく。お風呂で涙を洗い流して、名前は眠りに就いた。カカシのいない広いベッドで、たった一人。こんなのは慣れているはずなのに、なかなか眠りに就くことができなかった。





「え?見つかったの?」
「うん」

カカシが待機所に来れば、アスマと紅が一緒にいた。二人に、名前が戻れることを伝えると大層驚いた。

「名前は何て言ってた?」
「何も、俺にどう思う?としか聞いてこなかった」
「カカシはなんて答えたの?」
「名前が望むなら受け入れるって」
「うわ、逃げたわね」
「カカシ、お前はどう思う?」
「……」

アスマは、情けねえ男だなとカカシの背中を叩いた。

「そばにいて欲しいなら、欲しいって言え。違うなら違う」
「愛する人に何も言って貰えないのは、辛いことよ。名前ちゃん、しっかりしてるけどまだ18歳なのよ」
「それに、名前はしっかり繋いでおけ。まだ虎視眈々と狙ってる男達はごまんといるぞ」
「……」

二人の言葉を聞いて、カカシは待機所から走るように出ていった。アスマと紅は、顔を見合わせ仕様がない奴だと笑いあった。

カカシの足は、まっすぐとアカデミーに向かっていた。律儀に道を歩くのも邪魔に感じて、屋根伝いに走り込む。
職員室を覗くと、窓際の席で名前が仕事をしていた。後ろから声を掛けられ振り向くと、イルカが大量のノートを抱えて立っていた。相変わらず爽やかな優しい笑顔をしていて、この人は教師には向いているが、忍には向いていないような気がした。

「もしかして、名前さんに用ですか?」
「スイマセン。イルカ先生、これから名前をお借りします」
「はい?」

そう言うや否や、カカシは名前のデスクに向かう。周りの職員、そして最後に気付いた名前が驚いた瞬間、その体を抱きかかえると、そのまま風のように去って行ってしまった。

「……今のは」

残された職員達は、一瞬の出来事に呆然として、互いに顔を見合わせた。





名前が、あ!カカシだ!と思った時には、既に周りは職員室の景色ではなくなっていた。

「カカシ!?」
「名前、話がある」
「私、仕事中だよ?」
「イルカ先生には言ってあるから」

カカシの事だから、文字通り言っただけで、許可を取った訳では無いだろうと容易に分かった。木々の間を駆け抜け、耳には風の轟々という音と枝葉がザワザワと鳴る音、そしてカカシの呼吸の音が聞こえる。本気のスピードではないことは明らかだったが、やっぱりこの走りには慣れなくて、名前はカカシの服をギュッと掴み、胸に顔を埋めた。
カカシの腕が、さっきよりも強く名前を抱き締めた気がした。
数分してカカシが立ち止まる。降ろされたのは、慰霊碑の前。色んな人から存在を教えて貰ったことはあるが、この場所へ来るのは初めてだった。

「カカシ…ここ」

カカシは、名前に背を向け慰霊碑の前に跪いた。カカシの顔が分からなくて、名前は大きな不安を覚えた。昨日からたまらなくネガティブになっている自分が、手に取るように分かった。

「ねぇ、名前」
「カカシ…」

思い詰めたような低い声色に、名前はカカシの口を塞いてましまいたかった。悪い話なら聞きたくない。早口で名前は言葉を紡ぐ。

「カカシ、思ったんだけどね」
「……」
「この世界はやっぱり危なくて、平和ボケしてる私には向かないと思うの。やっぱりカカシと私では世界が違い過ぎるよね」

一通り捲し立てて名前は俯いた。涙が勝手に流れてくる。カカシが振り返った気がした。一歩二歩と歩み寄ってきて、カカシの大きな手が、名前の頭を撫でた。

「名前、俺の話を聞いてくれる?」
「うん……」

カカシは、名前の体を抱きしめて、まるで子供をあやすかのように背中をポンポンと撫でた。

「俺、子供の時から暗部に居て本当に酷い人間だったんだ。人殺しが専門で、容赦なくトドメを刺して人を殺していた。血で血を洗う毎日だった。俺のせいで仲間が死んで、俺の手で仲間を殺してしまった。先生も死んでしまって、俺の大切な人は居なくなった。こんなに辛いなら、もう俺は大切な人を作らないと決めた。そこに現れたのが、名前、君だよ」

名前は、カカシが何を言いたいのか分からなかったが、話を真剣に聞こうと思った。

「自分でも気付かないうちに名前を好きになって、名前に好きになってもらって、堪らなく幸せだった。死んだ仲間達の分も幸せになるのが、生かされた者の役割なんだと気付いた。名前に気付かせて貰えて、本当に感謝してる」

カカシの声が震えて、名前も震えた。まるで過去形で、最後の言葉みたいじゃないか。

「もし、俺にこれ以上のワガママが許されるとしたら、ずっとそばにいて欲しい。俺から離れないで欲しい。俺の事をずっと好きで居て欲しい。でも、俺は忍だから、人を殺して帰ってくる、突然帰って来られなくなることもあるかもしれない。それでも、俺のワガママが許されるなら、ずっとずっと俺と一緒に居てくれ」

名前は、泣きじゃくりながらカカシの胸を何度も叩いた。

「どうしてすぐ言ってくれなかったの…。カカシのバカバカ!」
「ごめんね」
「もう今更、カカシ以外好きになれない位夢中にさせといて無責任!」
「本当にごめん」
「ごめんで済むなら警察いらないもん!」
「けいさつ?」

名前が泣きながら怒るものだから、カカシはどうして良いか分からなくなった。怒っているのに可愛いと思ってしまうなんて、どれだけ彼女に夢中なのだろう。名前に言ったら火に油を注ぐような気がした。落ち着くまで、怒りを宥めながらカカシはホッと胸を撫で下ろした。
彼女がこんなに怒ってくれるほど、自分を好きでいてくれたなんて。心から嬉しかった。

「名前、ありがとう」
「カカシのばーか!」

やっぱり可愛いと思ってしまった。





「で、名前。もう答えを決めたのか?そんなに急がなくていいぞ」
「はい、綱手様。でも決めました」
「カカシ、お前も同意か?」
「はい」

綱手は頬杖をつきながら、名前を見つめていた。火影なんだから、名前の気持ちなんてお見通し何だろう。少し口の端が上がっている。

「さて、答えを聞かせて貰おうか」
「私は、ここに残ります」
「そうか。で、カカシは?」
「俺は、名前とずっと一緒にいます。将来的には、名前にはパートナーになって欲しいと思っていますから」

綱手がブッと吹き出して、それから大口を開けて笑った。

「はぁー、面白い。お前もやっと覚悟が出来たんだな。時間が掛かり過ぎた。そもそも名前ぐらいの女を捕まえておきながらだな……」

その後は綱手に散々冷やかされ、クドクド説教をされ、カカシはクタクタになった。名前が幸せそうだったから、まぁ、良いかと思った。

「私ね、カカシさんに出会った時、運命の出会いだと思ったんだ」
「どうして?俺、名前から見ればおっさんでしょーよ」
「私のお父さんとお母さんの出会いに似てるなって思ったの」
「へぇ、その話、教えてくれる?」

名前は、うーんとね、と言ってから話を始めた。


ー30ー

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