人形姫・01
3rd・深まる
アカデミーが再開して、名前は久し振りに職員室のデスクに座っていた。休校していた間に事務処理していたとは言え、仕事は山ほど積み重なっていた。窓から見えるグラウンドでは、子供達が休みの間の修行の成果を披露し合っていた。
「はぁ……」
あれからカカシの元気はなく、名前が何を言っても大丈夫だよ位しか言ってくれなくなってしまった。当時は知らなかったが、カカシはナルト達よりも前に担当上忍として何人も下忍を不合格にさせアカデミーに送り返していたと言う。そして、やっと合格させた思い入れのある下忍達はバラバラになってしまった。自分がもっとしっかりしていれば、と責めてしまってもおかしくない。飄々としているが、誰よりも責任感が強い人だと感じていた。
「名前先生」
「あ、はい」
「もう授業終わりましたし、綱手様が名前先生は働き過ぎたから今日は帰るようにと」
「すみません、お言葉に甘えて…お先に失礼します」
名前は、足早にアカデミーを出ると商店街に足を運んだ。今日は、カカシが3日間の任務から帰る予定の日。彼の好きなご飯を作って待つことにした。二人分の食料は、こまめに買っているからそんなに多くない。何より、カカシが任務で突然家をあけるのはしょっちゅうで、まとめ買いできないのだ。
八百屋で野菜を包んで貰っていると、店主のおじさんが話し掛けてくる。
「名前ちゃん、恋人がいるんだって?」
「え!?」
慌てる名前を見て、おじさんはガハハと豪快な笑い声をあげた。
「里の男達は落胆してるよ!なんせ、皆狙ってたからな!俺もあと20歳若けりゃ、名前ちゃんを狙ったのになぁ!」
「おじさんったら」
「ガハハ!恋人は、あのカカシさんだろ?そりゃ、名前ちゃんをとられても、文句が言える男は木ノ葉には居ねーな!」
「そう…なんですか……」
なんだ、そんな事も知らねぇのか!と、おじさんは驚く。アカデミーで働いていても、カカシの名前は尊敬を込めた意味で良く出てくる。里の誉れと呼ばれ、他国にまで名を轟かす真の天才忍者だと。
しかし、一緒にいるとそんな雰囲気を一切出さないから、名前には全くイメージができなかった。読書が好きで、本を読んでいる間は気が抜けてて、教え子の話をする時には本当に優しい顔をする。人殺しもすると本人に言われたこともあるが、やっぱりイメージできない。それは、想像力が足りないというよりも住んでいた世界が違い過ぎる故だと名前は思っていた。
「今は綱手様が居るが、次の火影はカカシさんだと言ってる奴もいるぞ!そんぐらい凄い彼氏だ!」
「へぇ……」
「なんだ、よく分かってねぇ返事だな」
「すいません……」
「いいんだ。そんな事抜きで好きってことだろ?俺の母ちゃんと同じだ。名前ちゃんは見る目があるね!良い女だよ!」
そう言い終わるとおじさんは、包みを渡してくれた。もうすっかり慣れた江戸時代のような単位の紙幣を、名前はおじさんに渡した。
「おじさん、ありがとう」
「おうよ!」
今夜の食事は、少し豪華にしよう。おじさんのしわくちゃな笑顔を見たら、なぜかそう思った。食材を買い足すと、早歩きで家に急いだ。
「か、カカシさん!?」
「あ、名前」
装備一式を背負ったカカシが、玄関のドアノブに手を掛けていた。思ったよりも早く帰って来てくれて、喜びよりも驚きが先行する。
「おかえりなさい!」
「ん、ただーいま」
名前は思わず駆け出し、埃だらけの大きな体に抱き着いた。カカシは、汚れちゃうよ?と言いながらも、背中に腕を回してくれた。
「汚れていいの、カカシさんが頑張った証拠なんですもの」
「名前、優しいね。でもなぁ」
「でも…?」
「うーん。ただでさえ、名前を手に入れて恨まれてるのに、外で抱き合ってたら殺されるかも…。最近、なんか男達の目が鋭いんだよね……」
「大丈夫です。文句を言える男は木ノ葉にいないぐらい、カカシさんは良い男だって言われてますから」
だから、大丈夫です。と、名前は続けた。
すると、カカシは名前の体をヒョイと抱え、家の中に入った。
玄関に入った瞬間、名前の体を壁に押し付け唇を奪う。余りにも激しくて深いキスに、名前は息をする事も叶わなかった。
太ももを抱えられているだけで、力を抜けば思わず体が落ちてしまいそうになる。慌てて、両腕をカカシの首に回した。体の密着が増し、酸素が足りないのか、カカシへの想いのせいなのか、頭がクラクラしてカカシにしがみつくしか術がなかった。
「名前…」
「カカシさん…」
「ねぇ、カカシって呼んで」
「え?」
「さん付けじゃ、余りにも他人行儀でしょ。俺は、名前の男なんだから」
至近距離で見るカカシの顔は、どこか拗ねた子供のようで、あぁなんて愛しいんだろうと胸がいっぱいになる。
「カ…カカシ」
カカシがキスをひとつして、唇だけで笑った。
「ね、もう一回言ってよ」
「…カカシ」
そして、またキスを重ねる。
「カカシ…好き」
「俺もだよ」
「カカシ、カカシ…カカシ」
「ん?」
「今まで言えなかった分」
「そう、良く出来ました」
カカシは、ご褒美だよと言って名前に再び深いキスをした。
「ねぇ、名前」
「……?」
「名前が欲しい」
そう言うと、名前の答えを聞くこともなくカカシはサンダルを乱暴に脱ぎ、名前を抱えたままリビングに向かう。ソファに名前を寝かせると、手甲を外して床に落とす。時間を惜しむように、カカシはすぐにベストもアンダーも脱ぎ捨てた。鍛えられた体は、何度見ても美しく名前は息を呑んだ。
額当てを床に落とすと、カカシの色違いの両目が名前を捉えた。
この赤い紋様の浮かんだ美しい目に見つめられると、体の底まで見透かされてしまいそうな気分になる。普段は、左目は閉じて生活をしているが、行為の時にはカカシは目を開く。この赤い瞳が一体何なのか、名前には分からないが、まるで催眠術に掛けられてしまいそうな程に不思議な力を放っていた。
「カカシ」
「名前、好き」
カカシの体が覆いかぶさり、唇を塞いだ。キスに夢中になってしまうと、気付けば体は一糸まとわぬ姿にされていた。カカシの舌が、名前の体の全てを刺激していく。
名前の体は全てカカシの支配の下にあった。甘い刺激が体を走るたびに、体の中が濡れていくのを感じる。
「ごめん、限界」
濡れた場所に、熱いものを感じた瞬間。カカシの体が入って来た。突然の大きな刺激に、名前は悲鳴をあげた。
カカシを見上げれば、いつもの余裕そうな顔はなく、眉間にシワを寄せて名前をみつめながら息を荒げていた。
呼吸がカカシの腰の動きに連動する。息が苦しくて、名前は助けを求めるように手を伸ばした。
「名前」
伸ばした手は、カカシの両手と指を絡ませ合いながら繋がれ、腰の動きはより一層激しくなった。カカシの肌がじっとりと濡れる。体の中が熱くて熱くて仕方ない。
肉体同士がぶつかり合う音と、互いの声だけが部屋に響く。こんなに乱暴に抱かれたのは初めてのことだった。でも、嫌だとか怖いとは思わない。カカシが心の底から自分を求めているのが伝わってくるから。
カカシの息が止まった瞬間、名前の体の中に熱が注ぎこまれた。
「はぁ」
「名前……」
肩で息をする名前の体を、カカシは抱き上げる。まだ繋がっている場所から濡れた音がした。
「突然ごめん、任務中、ずっと名前が欲しかった」
「ううん。私も同じだから」
名前の胸に、カカシが頬擦りする。柔らかく温かい肌が、カカシに安らぎを与えた。
「名前、ごめんね」
「もう謝らないで」
「ここ最近、本当に辛くてさ。あれから俺は変わってないって。何も成長してやいない。大事な七班の誰も守れない」
名前は、カカシの呟きに黙って耳を傾けた。
「でも、名前がいてくれて頑張れた。名前がいるから……」
今、目の前にいるカカシは、普段見せる頼り甲斐のあるカカシとは程遠い。風が吹いたら、ポロポロと崩れて消えてしまいそうなほど力無い。でも、名前の目にはそれがかっこ悪いなんて映らない。むしろ、愛しさが込み上げてくる。
「カカシさん…いえ、カカシ。もう、頑張らなくて良いよ」
「名前」
「もう…ここの世界の人達は頑張りすぎ!特にカカシは!」
名前は、やわらかい銀の髪を優しく撫でた。
「私はいなくならないから。だから、大丈夫。それにね、絶対サスケくんは戻って来てくれるよ。理由はわからないけど、そう思ってる。女の勘は当たるのよ」
「名前、ありがとう」
「本当に好き、大好き」
「俺も好きだよ」
あまりにもお互いの肌が温かく心地良くて、薄いシーツ一枚でさえ邪魔に感じる。肌をぴったりと合わせれば、まるでひとつになれたかのようで安心できた。裸のまま抱き合いながら、眠りについた。
夕飯を食べておらず、夜中に目が覚めて空腹になった二人は笑いながらカップラーメンを分け合った。
「こりゃ、ナルトに顔向け出来ないね」
「うふふ、内緒にしようね」
こんな毎日がずっと続けばいい。心からそう思った。
ー29ー
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