人形姫・12


アカデミーで働く事で、名前はすっかり木ノ葉の有名人になっていた。

子供達と追いかけっ子などはとても出来ないが、舞妓時代に鍛えられた歌や様々な手遊び、くノ一に勝る女性としての教養、何よりつぶさに相手の気持ちを読み取る能力が名前の子供人気を押し上げた。
喧嘩の仲裁もうまく、子供から話を聞いた親達からも人気だった。
それ故、先生でも無いのに、名前は名前先生と呼ばれていた。

元来、ある程度器用であった名前。事務の仕事もいつの間にか卒なくこなし、他の先生の手助けも出来るほどになっていた。同じ内容でも、人に合わせてやり方も変えた。細やかな気遣いが、名前の信頼を生み出した。

その評判から、任務依頼所の受付も任されることになった。イルカを始めとした先生達が教育に専念できるように、忍の方々が任務を無事遂行出来るように、名前は毎日真面目に働いた。
忍者学校の卒業試験も近付いたある日、頼まれた資料を運んでいると唸り声が聞こえた。聞き覚えのある声、ナルトだ。

「ナルトくん?って、大丈夫!?」
「へへ、よゆーよゆー」

どろどろに汚れたナルト。怪我もしている。服も顔も土で真っ黒だ。名前は、近くの水道でハンカチを濡らして汚れを拭う。

「どうしたの、こんなに」
「もうすぐ卒業試験近いしさ、俺ってば秘密の特訓してたの!」
「特訓?」
「そ!俺ってば火影になる男だから!」
「そっかー。イルカ先生がね、ナルトくん頑張ってるから試験が受かったら、一楽トッピング全部乗せでも奢ろうかなって言ってたよ。あ!これは秘密だった!」

名前は、わざとらしくしまった!と口を押さえる。ナルトの笑顔がぱあっと明るくなる。

「イルカ先生にバラしたことは内緒ね!試験、頑張ってね」
「おう!」

名前は、ナルトの額にキスをすると優しく頭を撫でた。ナルトは頬を染めて、額をゴシゴシと擦った。



試験当日。

生徒達がソワソワしていた。無理もない、これから忍として1人前になれるかが決まる日だ。この日のために、みんなずっと努力を重ねてきた。
先生達が試験で手が離せない間、名前は一人職員室で仕事をする。

ナルトは大丈夫だったのだろうか。
サスケは大丈夫だろうな優秀だし、シカマルもあぁ見えて器用だから大丈夫だろう。
チョウジは……お腹空いてないと良いなぁ。

子供達の顔を一人ひとり思い返す。
全員の顔が出て来たところで、試験がすべて終わったようだ。先生達が話しながら、職員室に戻ってきた。

「サスケは、ネジに次ぐ新人ルーキーですね」
「そうだな。それにしてもナルトは当然だな」
「そうですね。足手まといを増やしたそうじゃないですか」

あぁ、ナルト落ちちゃったんだ。
なんて慰めよう、名前は少し心が痛む。あんなに頑張ってたのに。手早く仕事を終わらせると、名前は真っ直ぐ家に帰った。

その夜だった。
カカシとリビングで読書していると、窓を叩く鳥の姿。

「鳥?」
「三代目だ。行かなきゃ」

こんな夜に呼び出しなんて。労働法なんて、忍の世界には無いんだと毎回思う。なんの疑問も持たず、文句も言わずカカシは全ての任務を受け入れ、こなしていた。仕事もハードそうだし、カカシの体がいつも心配になる。

「俺の事は気にせず寝ててね」
「はい」

カカシは笑うと口布を上げて、そのまま窓から出て行った。

「カカシさん…忍って大変ですよね」

窓からカカシの後ろ姿を追う。数秒もしないうちに、すぐに後ろ姿は消えた。忍のことを何も知らない名前にとって、カカシが任務に向かう後ろ姿は知らない人に思えた。

アカデミーの図書館で本を読んで勉強はしている。
人を殺す事もある仕事、カカシは何人を殺めて来たのだろう。もしかしたら、今日も人を殺して来たのかもしれない。これから殺しに行くのかもしれない。仕事とは言え、人を殺して平気なの?
人の死を身近に感じた事なんて、中学の時が最初で最後。それも今では思い出したくない事。普段は、頭の一番奥の引き出しの、さらに奥に隠してある。
何かをキッカケに時々それが出てしまうけれど。
ガタガタと滑りの悪い引き出しが、無理矢理開けられる。無理矢理開けるものだから、中身がぶちまけられて錆び付いた記憶がポンと目の前に出てきてしまう。
カカシへの思いとは裏腹に、名前は頭が心がついて行かなかった。

「あなたを理解出来たら、どんなに良いんでしょう」

名前でも、カカシの後ろ姿は理解出来なかった。表情が見えないから、いや、見たくないのかもしれない。黒く暗い霞が湧き上がり名前を襲い、息が出来なくなってきた。
黒ずんだ記憶が名前の視界に広がる。赤く塗られた体、壁に飛び散る血、光を失った瞳と表情。

「はぁ。はぁ。はぁ、はぁはぁ」

手足が痺れる。座ってられない。肺が苦しい。意志とは関係なしに息が速くなる。沢山吸っているはずなのに、水の中にいるように苦しい。溺れて死んでしまいそうだ。
名前は、ソファに倒れ込み意識を失った。

カカシは程なくして帰ってきた。それと同時に名前は目を覚ます。

「なんて事ないことだったよ。ん?名前、大丈夫?」
「あ、おかえりなさい。すみません、疲れてて」

涙の跡を、名前はゴシゴシと擦った。カカシは、名前をお姫様だっこするとベッドに寝かせた。

「お姫様が寝るまで、こうしてあげる」

名前の頭を撫でながら、カカシは微笑む。名前は涙が零れそうになって、急いで目を瞑った。それでも、涙が目尻から流れてしまった気がする。カカシは気付いたかもしれない。
こんなに優しいカカシに対して、なんて薄情なことを思ってしまったのだろう。

私は酷い人間だ。鬱屈とした感情が名前の心に重く落ちてきた。

「ごめんなさい」

眠りにつく寸前、無意識に名前は呟いた。
カカシは、静かにそれを見ていた。いつも優しく笑う彼女の涙。自分が三代目に呼び出されてから、一体彼女に何があったのか。涙で濡れた目尻をカカシは優しく拭った。

「名前、俺のせい……?」

ー13ー

prev next

[back]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -