人形姫・13


翌朝、いつも通り起きるとカカシは既に起きていた。仕事着を着て、コーヒーを飲んでいた。

「あれ、今日は任務早いんですか?」
「ううん、今日は休み。ちょっと出掛けてきただけ」
「そうですか。じゃあ、ゆっくり出来ますね」
「そうだね。名前、話があるんだけど」

名前の体がピクッと跳ねる。カカシの声色が、いつもと違い過ぎて情けないくらい簡単に動揺してしまった。

「何でしょう?」
「名前は、俺が忍やってることどう思う?」
「え?えっと、あの」

そんなの分からない。分かるわけない。こっちが聞きたいぐらいだ。怒りではないが、胃がムカムカとして何だかとっても嫌な気分だ。理不尽なのは分かっているけど止められない。

「そんなの分からないです」

少し強い口調で言い返す。名前の口調にカカシは驚く。しかし、予測はしていたようですぐに冷静になった。

「名前の世界は、ここと違って平和だし、高度な文化の中で生きていた様だね。はるか昔に忍は廃れ、俺達の存在が必要ないほどに」
「……はい。何をお話したいんでしょうか」
「俺は、忍として人を殺す事もあるよ。それは相手が敵だからとか、国益のためだとか、何かしら理由があって殺さねばならない時もある。それを聞いて、名前は俺を酷い人間だと思う?」
「い、いえ。そんなの思いません!」
「名前は優しいし、頭も良いし、何を言うべきか言わないべきかを分かっている。でも、俺にはさらけ出して欲しい。元の世界にはきっと頼りになる人が居たのかもしれない。でも、この世界では俺を頼りにしてほしい。俺の言ってる事分かる?」
「……はい」

あぁ、カカシさんは、本当に私を大切に想ってくれている。向き合おうとしてくれているのだ。人にこうやって向き合ってもらうなんて、一体いつぶりだろう。いや、過去にあったんだろうか。生まれて初めてかもしれない。

事故でも無い限り死ぬ事のない世界で、明日が来る事をほぼ保証されている世界で、自分はどれだけの人と向き合って来たのだろう。いつの間にか固く心を閉ざして、そんなことをした覚えなんてなかった。稽古にお座敷の毎日で、ゆっくり休めるのは月に数日。忙しい花街の生活は、名前の現実逃避にうってつけだったなと改めて思い知る。

でも、この世界では明日がくることも、今日家を出て夜帰ることも保証されない世界なのだ。特に彼ら忍達は。向き合う事を避けていたら、必ず後悔することが目に見えている。覚悟の持ち方が全く違う。生半可な気持ちでいたら、きっとすぐに死んでしまう。
元の世界なんて、カカシには関係ない。今、私はこの世界の人なのだから。

「………あ、あの。カカシさん、私は……」

カカシは優しい目を名前に向ける。本当にこの人は人を殺したことがあるのだろうか、そう疑問に思うほど優しい眼差し。名前は、意を決してあの事を話さなければと思った。

「あの、話が………長くなるけど、良いですか?」
「もちろん、いいよ」

名前は、涙を飲み込んで話し始めた。

「私は……、母と父、弟の4人家族です。可愛い弟に優しい父、美しい母の愛につつまれて幸せな毎日でした。でも、5歳の時、父を事故で亡くしました。
それからは母と弟と3人で力を合わせて頑張ってきました。父が居なくても、私達が悲しまない様に母はそれはそれは毎日仕事と家事を頑張ってくれました。母の大きな愛に包まれて、私も弟も真っ直ぐ育つ事ができました。でも、13歳の時すべてが変わってしまったんです」
「……名前」

名前は震えて、立つことさえ出来なくなってしまった。カカシは抱きかかえ、ソファに座らせる。この華奢な体で何を背負ってきたのだろうか。少しでも良いから、その負担を分けて欲しいとカカシは願った。

「その日、私は部活で夜遅くまで練習していたんです。遅い時間に帰っても、母は起きてくれていて、明るい家にして迎えてくれるんです。でも、その日は真っ暗でした。不審に思いながらも、風邪でもひいたのかもしれないと思って電気も付けず、静かに家に入りました。そこでコケたんです。何かに躓いて。おっちょこちょいな母ですから、また買い物袋を置いたまま寝ちゃったんだろうと思い、足元を探って電気をつけて……」

名前がカカシの胸に倒れ込む。カカシは、名前の肩を支える。息が浅く過呼吸になりそうだ。

「名前、無理しないで」
「……いえ、大丈夫です。
電気をつけたら、変わり果てた、母が、そこには、居ました……。買い物袋ではなく、母の体に躓いたんです。悲鳴をあげることも出来ず、腰も抜けて、駆けずり回って、弟を探しました。リビングで弟も………死んでました。二人共悲しそうな、苦しそうな顔をしていました。きっと刺されてからも逃げたんでしょう、電気をつければ家中が血塗れになっていました」

初めて見る名前の闇。
忍だって、家族を殺されたら苦しい。一生の傷を負う。

「強盗でした…。うちにはお金なんて無いのに、殺してまで手に入れたいなんて…。犯人はすぐ見つかりました。うちと同じ近所のシングルマザーでした。同じ母子家庭なのに、幸せそうな我が家が許せなかったそうです。それは、金があるからに違いないと思い、強盗に入って壊してやろうと思ったそうです。殺すつもりはなかった、抵抗してくるものだから勢いで殺してしまったって」
「酷い……」
「ねぇ、人って、そんな簡単に人を殺せるんでしょうか」

カカシは、答えることが出来なかった。人を殺すという事、殺されるという事を、その行為を受け入れる。それは出来ても、理解するなんて出来ていない。自分の手で仲間を殺めてしまったこと、その感触は今でもカカシを苦しめる。

「名前、ごめん。俺にも答える事はできない」
「……」
「でも、俺は大切な人を守る為に戦ってる。名前の世界より、ここは争いが絶えないし、昔はもっと争いが酷かったから、俺も親友や親を要らぬ争いや掟でみんな失ってしまった。ここでは、戦わないと守れないものが沢山ある。戦わないと自分がやられてしまうからね。俺は、名前を守るためなら人を殺すことだってあるかもしれない。それでも、そんな、俺を受け入れてくれる?無茶を言っているのは分かっているよ……」
「……」

カカシから本当の愛を感じる。暖かくて柔らかくて、身を預けたら直ぐに全てを受け止めてくれるような、そんな愛。
それなのに、カカシに人を殺めた経験があると言う事に抵抗を感じてしまう。仕事なのだ。そうしないと、自分の命も里も守れないから、仕方なくそうしている。そうなのだと、言い聞かせるしかないのだ。しかし、混乱する頭の中で、ひとつ分かった事があった。

「できるか………わかりません。でも」
「……うん」
「……私は…どんな時でも、カカシさんは大切な人です」

なんと言われても、名前にはカカシが大切でたまらなかった。

カカシに強く抱き締められる。

あぁ、名前の世界に生まれて、名前に出会っていたならどんなに良かったのだろう。争いなんて知ることも無く、名前を対等な立場で慰める事ができたのに。

「名前話してくれてありがとう」

名前の小さな体の震えが止まるまで、カカシは抱き締め続けた。戦場では負け知らずのカカシでも、出来る事はこれ位しかなかった。俺は一体強くなるために何をしてきたのだろう。自分の事が恐ろしく情けなくなった。


ー14ー

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