人形姫・11


カカシと名前の生活も、気付けば4ヶ月を過ぎようとしていた。
カカシが帰ると名前がご飯を作って待っていて、休日には名前と家で過ごしたり、修行について来てくれたり。カカシにとって、自分にはあり得ないと思っていた普通の生活が楽しくて仕方なかった。
でも、二人の関係は変わっておらず、付き合ってるわけでも、友達と言うわけでもない。火影の命令で一緒に暮らしている、ただそれだけの関係だった。

上忍仲間と飲みに行く回数も減ったし、何も知らない奴には、付き合いが悪くなったと憎まれ口を叩かれるようにもなった。その度に、アスマや紅に冷やかしの視線を受ける。

「カカシは、特別任務で最近忙しいんだよな」
「うるさいなぁ、アスマ」
「あれは仕方ない。お前にしか出来ない任務だ」
「アスマの言う通り、私には出来ないわ」
「えぇ!!カカシさん、そんな凄い任務を!流石です!」

後輩上忍が真に受ける。言い訳するのも面倒くさくなった。

「まー、そゆこと!」

名前と一緒に暮らすのは、たまたま自分が最初に出会ったからと言うだけで、理由はそれ以下でもそれ以上でもない。アスマが出会っていればアスマだったと思うし、紅だったら紅だったと思う。
そうは思っているが、心の何処かでは自分だからだと思っていた。名前の為に何でもしてきたつもりだし、名前との距離も縮まったと思う。

頼れる存在は自分だけとは言え、時折甘えて来てくれる。お互いに求め合っている感じがしていた。

「カカシさん、今夜も良いですか?」
「んー、いいよ」

時々、名前に不安そうな顔で一緒に寝てくれと頼まれることもあるが、平凡で平穏な日常を過ごしていた。
天井を見つめながら、左隣の温かい存在にカカシは安心感を覚える。左に目線をやると、小さな寝息をたてる名前。カカシの方を向きながら、寝返りを打つこともなく静かに眠る。薄くて小さな肩が上下して、彼女が確かに自分の隣にいる事を証明した。

名前の元々の性質なのか、いつも彼女の存在がとても儚くて美しいものに思えた。薄い羽衣を身に纏った天女のような、無理にでも手を触れたら何処かに風と共に去ってしまう、そんな不安がカカシの胸の中に巣を作っていた。

名前の少し開いた唇がとても美しくて、カカシは目で輪郭をなぞっていた。唇の奥に隠れる、小さな舌を想像する。その舌に触れれば、快感が体を駆け巡るだろう。無意識にカカシは名前に向き合い、指で唇に触れようとしていた。出していた指を、ハッとして慌てて戻す。

ーなーに、この小娘に焦ってんだ。ー

わざと自嘲するように自分に言い聞かせ、知らない内に乱れた鼓動を落ち着かせる。出した指で首筋を掻いて誤魔化す。任務の時には有り得ない動揺に、カカシは心乱される。

その唇に触れたい。

純粋な欲求だった。柔らかそうな毛の犬がいたら、撫でてみたい、そんな欲求と一緒だと思う。忍として欲求を我慢し、冷静に耐えることは慣れっ子の筈だった。それなのに、自分の欲求にも気付かず、更には体が勝手に動いていて酷く狼狽えた。
はぁ、と息を吐いてカカシは目を固く閉じる。とにかく視界だけでも遮断しなければ。

「んぅ」

突然名前の声がして、すんなりと目を再び開く。しかし、彼女は起きておらず、ゴソゴソと体を動かすとカカシに近付いた。カカシの鋭い嗅覚は、名前の花の香りを瞬時に捕らえた。

困ったなぁと、小さく呟く。近付いてきた名前が悪いんだよ?と、カカシは眠る名前に言うと、再び指を伸ばす。

「少しなら……良いよね」

下唇を親指でなぞる。想像よりもずっと柔らかく、ずっとしっとりとして指に吸い付いてくるようだ。押したり、なぞったり、何度も唇の感触を楽しむ。
上唇を少し押し上げると、小さな白い歯がカカシの指に触れた。

全てに触れたい。触れれば触れるほど落ち着くどころか、欲求がムクムクと沸き上がる。
これ以上、先に行けば止められなくなる。カカシは、自分を保つ為に名前から指を離した。

「ん……カカシさん?」

名前が薄く瞼を開けて、呟くように問いかけてきた。
何と答えていいか分からず、カカシは黙っている。言葉がつっかえ、喉にへばりつく。

「起こしちゃった?」

情けない程掠れた声で言えた一言。

「う…ん。ん?」

寝惚けているようだ。名前の瞼がすぐに閉じて、うん、うん、と繰り返すだけだった。眠った頭を働かせているのだろう。

「起こしてごめんね」
「ん……」

優しく頭を撫でれば、名前は、すぐに眠りに就いた。カカシもふーっと息を吐くと、眠りに無理矢理就いた。





翌朝、名前は目を覚ますと、カカシを起こさないように、そろりとベッドから抜け出した。銀の髪がカカシの顔に掛かり、端正な顔立ちがより際立つ。

寝顔までかっこいいなんて、なんてズルい人なのかしら。いつもマスクの下で、この顔が自分を見つめていると想像しただけで、胸がキュンと締め付けられた。

いつも優しくて、いつも穏やかで、かっこいいカカシ。きっと女の子が放って置かないだろう。恋人もいるのかもしれない。そう思うと、何だか胸が変な感じがした。
一緒に寝ても手を出さず、安心させてくれる紳士的なカカシに惹かれているのはわかっていた。でも、こんな素敵な人に女の陰がないとも思えないし、自分は異世界から来た部外者。火影様の命令で一緒に暮らしているだけ。だから、変な期待をしてはならないと心に蓋をするしか無かった。
 
「あ、もうこんな時間」

名前はキッチンに急ぎ、朝食を作り始めた。
味噌汁に焼き魚、小鉢をつけた。そろそろカカシが起きる時間だ。父が亡くなってから、毎日自炊して料理には慣れてはいたが、舞妓になってから作ることは減っていたため、毎日カカシが食べてくれるか不安だった。

いつも美味しいよと褒めてくれるのが、本当に嬉しかった。
カカシの部屋のドアが開き、カカシがリビングに入ってくる。顔色は良いが、何だか気持ち悪そうだ。

「おはよ。今日も美味しそうだね」
「おはようございます。はい、どうぞ」

名前は、少し冷たい水を差し出す。カカシは、微笑んでそれを受け取り、カラカラの喉に流し込んだ。昨夜のことで、喉がへばり付いて気持ち悪い。ひんやりとした水が、喉を潤した。

「ん?何か違う」
「あ、レモンの輪切りを入れたレモン水なんですよ。美容と健康に良いんです」

レモンの爽やかな香りと味が、へばり付いた喉をすっきりさせた。なんかわだかまりも無くなってしまった気分だ。

カカシは、名前に感心する。
名前は、人に対する勘が鋭いのか、カカシの目線の動きや間だけでカカシが何を求めているかすぐ気付いてくれる。
喉乾いたなと思うと、今回の様に水の入ったコップを差し出してくれる。レモン水にしてくれたりと、コンディションによって、コップの中身が変わることもあった。今まで夜を共にして、美味しくもない飯を押し付けてきたそこら辺のくノ一とは全く違った。

その勘の良さに、本当は彼女は忍なんじゃないかと思う事もあった。それと同時に、彼女が気付いてくれるということに優越感も覚えていた。俺だから気付いてくれるのではないかと。

「忍並みの感の良さだね。本当にすごい」
「うーん、職業病ですかね。人の表情読む癖が抜けなくて。カカシさん達ほどではありませんけど」

名前は、眉を下げて笑った。別に俺じゃなくても分かるのか、と分かると、カカシの胸は少しチリチリと痛むのを感じた。

ーバカみたい、らしくないねぇ。ー

カカシは、昨夜の事もあって自虐的になってみた。カカシの表情が曇り、名前は少し不安になる。

「カカシさん?」
「何でもなーいよ。飯、冷めちゃうね」

丁寧に頂きますをして、カカシは食事を口に運ぶ。
愛情が隠し味とでも言うのだろうか、名前のご飯はとても温かい味がする。味はいつも完璧と言う訳ではないがとても美味しいし、食べると名前の優しさが体に染み入るような気がした。どんな兵糧丸よりも、ずっとカカシの体を癒やした。

名前が恋人を作り、いつかこの美味しい食事を口にする男がいるのかも知れない。カカシは想像した瞬間、胃がムカムカとしてきた。

自分って意外と嫉妬深いのかもしれない。

過去に遊んだ女なら、他の男と寝ようが気にしなかった。むしろ、自分だけに執着されても面倒臭いと思っていた。お互いにやりたい事やって、文句も不満も言わない関係。それがずっと1番だし、自分に合っていると思っていた。

それなのに、今は目の前の同居人である女の子を独占しようとしている自分がいた。
ソレは、名前が美しくて可愛いから?誰よりも頼りにしてくれるから?誰よりも自分に尽くしてくれているから?どれも理由にはなるが、決定打に欠ける。聞いてどうしようもないことだけど、気になって仕方がない。

「ねぇ、名前」
「はい?」
「名前は、アカデミーに好きな男でも出来た?」

名前は、味噌汁を吹き出しそうになる。

「朝からどうしたんですか?」
「んー、何となく。名前、可愛いからモテるでしょ」
「そんなモテませんよ。皆さん良い方ばかりですが、そんな目で見たことないですし。そんな感じしましたか?」
「全然」

名前は、どうして聞いたの?と顔をした。脈絡がなさすぎて、名前の頭にハテナが浮かぶ。

「上忍にも名前の噂は来ててね」
「そうなんですか!?」
「アカデミーに美人先生がいるってね。間違いなく名前の事だと思った。最近、無駄に上忍が書類とか届けに来るでしょ?それ、名前目当てだよ」
「確かに…そんな気も。でも、カカシさんは、私の事過大評価し過ぎです。他の先生はみんな美人ですから」
「そう?」

名前が照れ臭そうに笑うのを見て、カカシも自然と頬が綻んだ。名前の美味しい味噌汁を飲み干すと、カカシは席をたつ。

「今日も、いつも通りの時間に帰ると思う」
「分かりました」

部屋に戻り、着替えを素早く済ます。名前が家事をしてくれるようになってから、忍服も口布もシワなくいつも清潔にしてくれて、靴も毎晩泥を綺麗に取ってくれていた。

「じゃ。行ってくるね」
「お気を付けて」

カカシは、名前をギュッと抱き締めると玄関を出た。彼女に触れたい欲求に、さり気無く素直になってみた。名前の驚いた顔を思い出し、カカシは小さく笑うと任務に急いだ。


ー12ー

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