人形姫・05


結局、無言のまま二人は帰宅した。
カカシはそこでやっと手を離す。

「カカシさん、あの、私」
「ごめん」
「え?」
「いや、何でもない。今日は早く寝よう。疲れたでしょ?」

そう言われると、確かに眠気がふと襲ってきた。今日は色々有りすぎた。名前は、ウトウトと船を漕ぎ始め、カカシは手早くオニギリを作った。何とか名前は、目を開けてソファで一緒に食べた。

「カカシさん、とっても美味しい」
「気の利いたもの作れなくて、ごめんね」
「そんな、とっても美味しいです。明日からは、私が作りますね」
「良いの?」
「はい!」

元気に返事したかと思えば、お腹が満たされた安心感か、名前は子供のようにコテンと突然眠りについてしまった。

「名前?」

艷やかなまつげが、まるで涙で濡れているかのようで、カカシは一瞬ヒヤッとした。美しい寝顔を起こさないよう、カカシは名前をベッドへ連れて行く。結いであった髪を解くと、甘い花の香りがカカシを包んだ。手のひらで名前の頬を唇を撫でる。

彼女は何者だろうか。
彼女のことはまだ何も知らないのに、こんなに心が名前にかき乱されている。

「らしくないねぇ……」

女に興味なんてないし、これからもそうだろうと思っていたのに。カカシは名前の手を握る。細くて小さな手、白い肌に血管が透けている。その手を握りながら、いつしかそのまま眠りについた。





夢の中で名前は、舞を踊っていた。

体が軽くて、今までにないほど気持ちがいい。腕が、指先が、体が自然と理想通りに踊りだす。

ずっとこうやって踊っていたい。
名前がそう思った瞬間、頭の中に声が響く。  

ーずっとここに居て良いんだよー

え?

思考回路が白くなる。
それでも体は踊り続ける。

嬉しいけど、でも、行かなきゃ。

ーどこへ?ー

みんなのところへ

ーここにいれば、もっと舞がうまくなる。それからで良いじゃないかー

でも、駄目なの。

ー行くなー

体が勝手に踊る。止まらない。

いや、やめて

ー行くなー

やめて、やめて
なんで止まらないの?

ー行くなー

恐怖で涙が流れるのに、体は美しく舞い続ける。唇は震え、歯がカチカチと音を立てる。

助けて!

叫んだ瞬間、腕をグッと引っ張られる。


「……はぁ、はぁ」
「大丈夫?」
「カカシさん……」


心配そうに顔を覗き込むカカシが、手を握ってくれていた。

「怖い夢を見ていたんです」
「それは辛かったね」
「……でも、カカシさんが助けてくれた」
「俺が?」
「はい。手を、握ってくれたから」

名前は、カカシの手を握り返す。

「昨日から、カカシさんに助けてもらってばかり」

弱弱しく笑う名前の頬を、カカシは優しく撫でた。

「怖い思いしたんだろう。大丈夫だよ」
「ありがとう……ございます」
「………そうだもう朝だし、起きたついでに。火影から金貰ってるから、気分転換に買い物行こう。服とか、化粧とか、女の子はするもんでしょ?いつまでこの生活が続くか分からないからね」
「良いんですか?」
「当たり前」

名前は、生成りの柔らかい洋服を貰いそれに身を包む。長い髪がさらさらと音を立てて、風に漂う
。道中、色々気になっていたことを質問する。

「カカシさんは、何のお仕事をなさっているんですか?とても走るの速いから」
「足の速さは、別に普通だよ。忍だからね」
「忍!?忍って、忍者ですか?」
「うん、そうだけど」

驚いた。時代劇か何かの俳優さんなのかしら。そうじゃなきゃ、現代で忍だなんて有り得ない。にしても、役作り凄すぎないかしら?

「え、じゃあ。他に忍の方々はいらっしゃるのですか?」
「あぁ、木の葉は沢山いる。木の葉の忍の頂点が火影様だよ」
「あのお方が」

向こうにいるのも忍だ。カカシは何人か教えてくれる。確かに、みんな同じバンダナみたいなものを額につけて、動きやすそうな格好をしている。
忍でも、下忍、中忍、上忍に分かれていて能力で位が変わってくる。忍になりたい人間は、子供の頃から忍者学校に通うんだという。

「大人で忍者になる方はいるんですか?」
「いないな。チャクラの練り方とか、子供の時からやらなきゃ身につかない」
「チャクラ?」
「忍術を使うときに必要なエネルギー。例えば」

カカシが、何やら手をパパパっとすると、掌から雷が出た。

「えぇ!?」

名前は、口に手を当てて目を大きく見開いた。

「すごい!魔法使いみたい!!」
「大袈裟だよ。」
「本当にすごいです!」

名前は、今まで忍術を見たことがないんだろう。世界中、ほとんどの国に忍がいるというのに。
いない国も他の国が警備として忍を派遣していることが多い。
どこに住んでいればそうなるのか不思議だった。

「名前のいた所には忍がいないの?」
「いませんよ!ずっと昔には居たけど、時代が変わって必要が無くなったのかな。侍とかも居たけど、それもいないです」
「そうか。平和な国なんだね」
「平和かぁ……、そうですね」

名前が少し俯く。
何だか悪いことを、してしまったとカカシは感じた。

「でも、ここも平和ですよね。人も穏やかだし。見知らぬ私を助けてくれる人もいる」
「そう言われると、そうかもね」
「私ね、ちょっとホッとしてるんです。元の街では、毎朝起きたらやれ踊りの稽古、作法の稽古。夕刻になり化粧をしたら、毎晩忙しくお茶屋で働いて。外を歩くだけで、沢山の人に写真を撮られ、時には追っかけられる。お茶を挽く間もないほど、お仕事を頂けることはとても幸せだったけど、私はなぜ舞妓になったのだろう。少しでも時間ができると、ふとそんな事を考えてしまうの。でも、今は考えなくていい」 

だから、とっても夏休みの小学生の気分です!と、名前は笑いながら駆け回った。小学生とは、なんだろう。

「でも、戻ったら元の生活でしょ?それでもいいの?」
「私に戻る場所は、ひとつしかないんです」 

名前は、何かを諦めた顔をした。また悪いことをしてしまった。

「そんなことより」

カカシの手を取って、名前は街へ走り出す。

「もっとこの里のことを、教えてください。せっかく来たのだから」

それは、純粋な気持ちからなのか。
それとも、スパイとしてなのか。

「カカシさん?」
「……ん?あ、いーよ」

分析力には自信があったにも関わらず、彼女のことに関しては全くわからなかった。

ー6ー

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