人形姫・04


温かいシャワーを頭から浴びながら、丁寧に白粉を落としていく。ついでに、セットされた髪も綺麗さっぱり洗うことにした。

すっきりとしていくにつれ、やっぱりこれは夢じゃないと感じていた。夢なら覚めてほしい。
一緒にいた珠藤は大丈夫なのだろうか、お母さんが心配しているのではないか。お茶屋には迷惑を掛けてしまった。お客様達が心配しているのではないだろうか。
やっと落ち着いたことで、やっと普通の思考回路が追いついてきた。私は、一体どこに来てしまったのだろう。名前は不安に押しつぶされそうになった。

「名前ちゃんか」

名前がシャワーを浴びている間、カカシはソファに体を沈めていた。
三代目からの話を思い出す。

「まず、彼女はしばらく要注意人物として里では見ていく。彼女自身は恐らく害はないだろう。しかし、記憶喪失のフリしたスパイかもしれん。術を掛けられ、操られているかもしれん」

とにかく、色んな可能性があるから上忍であるカカシが常にそばにいて見張れ。

最悪の場合も常に想定しておけ。

それは、暗部としての本来の役割を全うしろと言うことでもあった。もうすぐ暗部を去る自分にとって、最後の対象者になるのかもしれない。名前が嘘を言っているとは思わない、だとしたら本当に何者かが彼女を操っているのだろうか。ならば、時折見せてくれたあの微笑みは偽物だったのだろうか。

「カカシさん、頂戴しました」
「名前ちゃん」

白粉を落とした名前は、少し幼くなったものの隠されていた美しさと可愛らしさが全て露わになる。透き通る白い肌、紅を引かなくても赤く濡れた唇、小動物のような庇護欲を掻き立てる潤んだ瞳。中途半端に身体を起こしたまま、しばらくカカシは名前に魅入ってしまった。
カカシに見つめられて、名前はもじもじしてしまう。

「あの、化粧落としたら、想像と違いました?」
「……ん?あ、いや」

想像よりもずっと綺麗だ。

カカシは、つい恥ずかしいセリフを言ってしまった。名前は、またフフフっと笑う。

「カカシさんみたいな、素敵な男性に言われて嬉しいです」

鈴を転がすように可愛い笑い声をあげる名前。カカシは、自分の顔が赤くなるのを感じた。

「あ、名前ちゃんは何か欲しいものとかある?」
「十分です。けど、ひとつだけ良いでしょうか?」
「何?」
「扇子をひとつだけ」

いつ花街に戻ってもいいように、毎日舞を練習しようと思った。踊ればこの不安も紛れるかもしれない。夢の中なのに変なのと自分でも笑う。

「俺一人じゃ買いに行けるもんでもないし。じゃあ、一緒に行こうか」
「はい」

家を出ると、カカシは中心街にある着物屋へ連れて行く。きれいな着物に囲まれて、名前は心が踊りだす。並べられた扇子を手に取る。

「素敵ですね」

美しい鈴蘭が描かれた扇子を広げて、すっと空を仰いで見る。表面が少しキラキラして、空の美しさを反射しているかのようだ。
鈴蘭は、名前のトレードマークでもある花だった。だから、自然と目が行くし手が伸びる。

「私のいた花街にも素敵な扇子は売ってたけど派手なものばかりで。こんな美しい扇子……なかなかありません」
「そう、好きなの選んでいいよ」
「では、これを」

名前は鈴蘭の扇子を戻し、その店で一番安い扇子を選ぶ。カカシは何だか気に入らなさそうだ。先程まで名前が目を輝かせていた鈴蘭の扇子を手に取ると、店主のもとへ持って行ってしまった。

「これをくれ。」
「カカシさん、そんな高いもの、悪いです」
「気にしないで。こう見えて給料はいいから」

店主は扇子を布で包むと袋に入れ、毎度有りと、カカシに手渡した。

「なんとお礼を言えば良いか…。とにかく、本当に嬉しいです。夢みたい」

店を出た名前は、カカシに深々と頭を下げる。
カカシが名前に扇子を渡そうとした瞬間だった。

「カカシじゃん」
「……アスマ」

カカシと同じ格好をした、カカシと同じ位背の高い男性。
タバコをふかしながら、ニヤニヤとしている。

「もうすぐ下忍の受け持ちが来るって言うのに、美女とデートとは余裕だねぇ」
「いや、これはね」
「あ、あの、私名前と申します」

ペコリと頭を下げる名前。

「俺は、猿飛アスマ。宜しく」

ニカッと笑うアスマに、名前は微笑み返す。

「んー、詳しい事はまた今度話すから。じゃ」
「俺が長期任務から帰ってきたのに、労いの一言もないのかよ」

アスマは、ニヤニヤしながら文句を言ってみる。
突然不機嫌になったカカシは、名前の手を握るとその場を立ち去る。

「カカシさん?」

名前がアスマに、あの微笑みを見せた事に嫉妬してしまった。名前は自分の女でもないし、下手したらスパイかもしれない。それなのに、彼女を知る男は俺だけで良いと思ってしまった。

「らしくないね、どーも……」

空いている手で、頭を少し乱暴に掻くとカカシは歩みを早めた。
ー5ー

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