蝙蝠の求愛行動

女の回想


君と私が出逢った日。

きっとあの日を運命のターニングポイントと人は呼ぶのだろう。



***




一番初めに目に飛び込んできたのは、無数の輝く光と暗闇だった。

そして水が流れる静かな音が耳を撫でる。
痛みはない、少し……いや、それなりの倦怠感が全身を包むだけだった。
ゆっくりと上体を起こす。ザラザラと砂利が擦れる独特な音が厭に耳についた。
周りを見渡せば、数メートル先を川が流れている。緩やかなスピードで流れるそれを、ぼーっと見つめた。

「――どこ、ここ」

口から零れた言葉は、川のせせらぎに吸い込まれていった。

それがここ、『ミクトラン』に辿り着いてから目にした最初の風景だった。



「―――刀……はちゃんとある」

自分のすぐ傍に置いあった愛刀を手に取る。唯一、ではないがやはり馴染みのある武器の方が扱い易い。
そして、もう1つ。一番自分にとって重要な、私を私たらしめる存在。

「……良かった、、こっちもちゃんとある」

胸元を漁り、目当てのモノを取り出す。掌でしっかりと握ったソレ――傷が一筋入った額当てを見て、思わず安堵のため息が出た。
こればかりは、なくなったら困るのだ。

額当てを落とさないようにと再び胸元にしまい、よっこらせ、なんて年寄りくさい言葉を口に出しながら立ち上がる。周りを見渡し、はて?と首を傾げた。

いやに暗すぎないだろうか?

何故こんなに暗いのか分からず、ふと、空を見上げて気付いた。
ああ、そうか。なるほど。今日は新月だったか。道理で星がこんなに綺麗に見える筈だ。普段なら月の光で隠れてしまう星がキラキラと輝く空に合点がいった。だが何故だか、不思議と星の輝きに暖かさを感じることが出来なかった。

そろそろ歩きだそうと歩みを進める。野営は出来るが、流石にずっとは無理だし可能なら人の移住区域に行きたいところ。一先ず、川に沿って歩くことにした。

予想通りというべきか、川は途中で分岐していた。分岐した一部が、森の中の暗闇に吸い込まれるようにして細く続いている。上手くいけば、街に辿り着くかもしれない。しかしなあ……。

「流石に真っ暗は危ないか…」

朝日が昇ったら出発するかと、この時の私は呑気に考えていたのだ。逆に言えば、このお陰で、初めて自分が降り立った世界の異常さに気付いたとも言える。



「―――は?なんで?」

起きても夜でしたとか、そんなことある?
思わずポカンと口を開けるほど、この事態は異常だった。寝すぎた訳でもない。体感では確実に、初めて目覚めてから12時間は経っていた。
どういう事だ、もしかして今回は・・・滅多に太陽が出ない地域にでも飛ばされたのか?
疑問が脳内をぐるぐると駆け回る。だからといってここにずっと居座る訳にもいかない。これは覚悟を決めるしかないのか……。
はあー、と大きなため息を吐き出す。吐き出したところで変わりはしないが、内に溜めておくよりはマシだろう。
思わず胡乱な目で前を見る。多少、夜目がきくとはいえこちらが不利なことに変わりはない。
思わず頭をガシガシと掻く。常に周囲100mで警戒して、気配を消せばイけるか。

「温存出来るならしておきたかったけど、まあ仕方ない」

フードを被り、いつでも抜刀出来るように準備をする。そして私は未曾有の森へと足を踏み出した。



結論から言えば、川を辿った先に街を見付ける事が出来た。その間、敵との遭遇がなかったのはもはや運が良かったとしか言いようがない。
街全体を囲うようにして聳える壁を見上げる。どことなく古代遺跡のように見えるソレ。チラリと視線の先にある門を見れば門衛が2人。じっくりと観察をし、2人の特徴を掴む。
褐色の肌に、髪は編み込み系。服や武器がどことなく、テレビで見た南米っぽさを感じた。

「……正面突破はやめとくか」

面倒臭いことこの上ないと悪態をつく。
でもまあいいかと、再び闇に身を潜めた私はバレないように門衛の目が届かない壁際へと走った。
彼らに近しい見た目に変化して潜入するのもありだが、もし通行証などといったモノを求められたら終わりだ。
深呼吸をし、チャクラを足裏に集める。

「―――チッ」

思わず舌打ちをする。チャクラ量に制限がかけられているようだった。飛ばされたハンデ・・・・・・・・のせいか、最初のこの感覚はいつも・・・慣れない。まるで手枷を嵌められてる気分だ。

「どうせまた何かの切っ掛けで元に戻る。それまでの辛抱だ」

そう言い聞かせ、迷わず壁に足を着けた。
そして緩やかに、流れるように、壁を駆け登っていく。



上まで駆け登り、街全体の景色を見ようと顔を上げる。

「――――」

眼下に広がる風景に、言葉を失った。
大通りから聞こえる人々の声、家々を照らす暖かな灯り。そして恐らくこの街の要である、ピラミッドのような一際大きな神殿。

不覚にも、綺麗だと思った。
だが、同時に。ここが自分の知らない世界であることも、帰る場所ではないことも理解した。理解してわかってしまった。

目の前の光景から目を逸らし、歯を食いしばる。
そして私は、真っ暗な路地に吸い込まれようにして飛び降りた。



この街に住み着いて7日。街の人間や民間に解放している資料室を元に、ある程度のことが分かった。
この世界は『ミクトラン』という地底世界であり円柱の縦穴構造で9つの層に分類出来ること、この街は第3層に造られた『カーン王国』ということ、そしてこの国が出来上がる前から太陽が消えていること。
何より一番驚いたのはこの国の技術だろうか。見た目は古代文明なのに対して、現代のような飛行機が飛んでいたり神秘的な術を使ったり。このちぐはぐさに慣れるのにかなり苦労した。
だが、唯一助かった部分もある。

『言語』だ。

資料に書かれている言葉は全く身に覚えのないものだった。でも自分にそれは関係ない。
無意識に右の目を触る。左とは色の違う、アイツ・・・からの借り物。この眼のお陰で違う言語を日本語と識別できるし、勝手に翻訳もしてくれる。こんな面倒臭い事態に巻き込まれてはいるが、そこだけは感謝した。そこだけは。

つらつらと考えながら、当てもなくふらふらと大通りを歩く。この数日で顔見知りになった相手が目の前から歩いて来たため挨拶をする。 私のミクトランにおける交友関係は広くもなく、深くもなくといった感じだった。最初は怪しまれはしたが、「他の所からきた」と言えば大体みな納得した。
どうせこの世界からいなくなる身。深い付き合いをするつもりはなかったし、その方が楽だった。面倒事に首を突っ込む気もなかったのだ。

その日はたまたま、本当に偶然だった。目に入った暗い路地。何かに引き寄せられるように、足を向けた。
この道はまだ通ってなかったなとか、近道に使えるかもしれないとか、そんなことをぼんやり考えながら暗闇の中を進む。

「―――おい!危ねぇだろうが!」

突如聞こえた怒声に肩が跳ねる。
おいおい、喧嘩か?思わず出そうになるため息をグッと堪える。正直、厄介事の予感しかしなかった。
見つかる前に戻るか。避けるように足を翻そうとし―――。

「うっせぇな!オッサンも前見てろよ!」

続いて聞こえてきた声に、足がピタリと止まった。
……相手は子供、か?
思わず顔が引き攣る。止まっていた足を動かし、声が聞こえた場所に向かう。足を進めている間にも、両者の言い争う声、2人を止めようとする声が聞こえる。歩いていたはずの足は、気付けば走っていた。
視界に大人と、胸倉を掴まれてる少年が映る。瞬間、自身よりも強い相手を捉えるその強い眼差しが、あの子と被った。
スローモーションで少年を殴ろうとする腕が見える。
あーあ、、面倒事には関わりたくなかったのにな……。つくづく、自分のこの性格を呪った。

―――パシッ……

「――いくら腹が立ったからといって、こんな小さい子供相手にムキになるなんて大人気ないですよ?」

殴ろうとした腕を掴み、チラリと少年を一瞥する。その目は驚きからか、年相応のあどけない表情をしていて、それが何だか可愛く見えたのはここだけの話。

そしてこの日から、私と君の歯車は動き出したのだろう。


23/02/14
prev next
back
- ナノ -