蝙蝠の求愛行動

有り得ざるifの話 中編*


――どうして、こうなったのだろう。

空間に響く、肌と肌をぶつける音。

――なんでだっけ。

ほんの少しの痛みと押し寄せてくる快楽の片隅で、そう一人思考を投げる。ぼんやりと上手く働かない頭で目の前のその人を見つめる。こんな状況だと言うのに、ただただ、この目の前の人を一人にするのだけは避けるべきだと、俯瞰する自分がそう告げていた。


***



カマソッソとの奇妙な生活が幕を開けた。居における大事な要素に衣食住がある。衣と住はあるものの、食がない。カマソッソは異形化の影響か、血を飲むようになっていた。元々、噛み癖はあった。しかし彼は、二日に一回のペースでミズノの血を要求した。要求と言っても、ミズノに拒否権などない。そもそも、断る意志もない。彼女は求められるがままに、自らの血を差し出していた。

ただ、血ばかりだと栄養が偏ってしまう。彼が言うには血で己の魔力を補っているらしいが、それでも、ミズノ一人分の血では限度がある。第一、見た目は変わってしまったが、彼は人間だ。食事らしい食事を取って欲しいのがミズノの本音である。

だからその日、彼女はカマソッソに言ってトウモロコシ畑へと飛び立った。そして道中、具材になる木の実やカマソッソと二人で肉の調達をした。狩の際、いやにハイテンションなカマソッソにミズノは首を傾げながらも、まあ、彼が楽しいならいいかと気にとめなかった。

大量の食材を抱えてカマソッソと共に第八層に戻ったミズノは、早速、調理を開始した。臼に見立て石材を用いてトウモロコシを擦り、粉にしていく。そしてそこにトルティーヤの元になる生地を作っていれば、ひょいっとカマソッソの顔が肩口から現れた。急に出てきた顔にミズノがびくっと肩を震わせれば、それが面白かったのか、それともそれが目的だったのか、カマソッソはクツクツと愉快そうに喉を鳴らした。それにはあ、と溜め息を一つ零し、ミズノは作業に戻る。そんな彼女の手元を、カマソッソは物珍しそうに眺めていた。

「気になりますか?」

「暇だからな」

「……やってみますか?」

「……貴様、カマソッソが王と知っての言葉か?」

「はは、冗談です」

ちらりとカマソッソを一瞥したミズノは軽く笑う。その表情を、カマソッソはじっと見つめる。ごりごりと、石と石が摩擦し合う音が響く中、注がれる視線。あまりにも見つめてくるものだから、ミズノはちらりと視線を遣って口を開いた。

「あの、何か顔についてますか?」

その言葉に、カマソッソは自分がミズノを見つめていたことに今更のように気付いた。少しだけ目を見開いた彼は、直ぐに元の顔に戻る。

「……何も。オレとは異なる肌を見ていただけだ」

どこか罰の悪そうな顔で、そう言う。ミズノが笑うと、心の奥深くがもぞもぞと、小さく疼くのが不思議でならなかった。何故、こんな気持ちになるのか。それが分からないのがもどかしくて、苛立たしくて、歯痒くて。彼はそんな気持ちを晴らすように、こんな気持ちになる元凶の肩口に噛み付いた。

「ッい、たっ!」

噛み付くけれど、血は吸わない。顔を上げたカマソッソは歯型がくっきりと残った肌を見てどこか気持ちがすっきりとするのを感じた。その態度が現れるように、カマソッソの口角が持ち上がる。その表情に、ミズノはムッとした顔を向けた。

「い、きなり何するんですか。危ないじゃないですか」

「オレが自分の臣下にいつ何をしようがオレの勝手だろう」

にやりと悪どい笑みを深める彼に、

「手元が滑ったら危ないので、料理中は止めて下さいね」

溜め息混じりにそう返したミズノは再び、止まった手を動かし始めた。不遜だと取られそうな言葉であったが、今のカマソッソは機嫌が良い。彼はふんふん、と鼻歌をご機嫌に奏でる。

そうして時にちょっかいをかけられながらも、拾ってきた火打ち石や石を組み立てた即席の炉、手頃な石材などを使って調理されたトルティーヤが完成した。具材は勿論、先程調達した肉と木の実である。余った肉は以前戦士の同僚から教えて貰った保管用の術を使って保存することにした。これで暫くは大丈夫だろう。

木材の皿の変わりとして、途中で拾ってきた大きな葉にトルティーヤを乗せる。それをカマソッソと自分の前に置いた。

「まさかあれだけの資材で作るとはな」

「生き抜く術として以前仲間に教えられましたので」

ほかほかと、湯気を立てるのは久方ぶりの料理である。カマソッソが興味津々に手に持ったトルティーヤを眺める。その様を、心臓がドキドキするのを感じながらミズノは見守った。カマソッソが口を開ける。生え揃ったギザギザの歯の中に更に尖った二本の歯。いつもあの歯に噛み付かれているのかと、頭の片隅で考えた。彼の口の中に作った料理が吸い込まれる。生地を噛みちぎり、もぐもぐと咀嚼する。ミズノはまるで判決を下される罪人のような気持ちでその様を見つめた。

ごくり、と嚥下する音、動く喉。飲み込んだカマソッソは閉じていた双眸を開けた。

「……うまい」

「ほ、本当ですか?」

「お前、このオレが虚言を弄すとでも思っているのか」

いいからお前も食え。と告げた彼は残った料理を再度口に運ぶ。ミズノも自分の前に置かれた料理を手に持ち、ぱくっとかぶりついた。じゅわっと溢れる肉汁が久しくて、素朴な木の実が美味しくて、心がほわほわと温かくなる。良かった、美味しく出来たみたいだ。それが嬉しくて、カマソッソに美味しい料理を出せたことが嬉しくて、心が綻ぶ。

もぐもぐと、嬉しそうに咀嚼するミズノをカマソッソはじっと眺めた。そして妙案を思い付いたと、口端に笑みを乗せる。

「このカマソッソが貴様に任務を授ける」

「任務、ですか?」

「今後の食事は貴様に任せる」

「え、いいのですか?」

「今日振舞っておいて何を言う。それとだ。食材が必要な時は声をかけろ。貴様はこのオレよりも貧弱だからな。どこかで野垂れ死なれたら構わん」

「あ、ありがとうございます」

確かに、カマソッソの言ったように、ミズノには以前程の強さは残っていなかった。水晶化した後遺症か、彼女は弱体化していた。それでも、大きな鳥を狩ることくらいは出来る。ただ、以前のように害獣を難なく倒せる訳ではないことは自分が一番理解していたためか、カマソッソの申し出はミズノにとって有難かった。

「……どうしてそこまで気遣ってくださるのですか?」

ふと胸に沸いた疑問。ただの臣下に、普通そこまでするのだろうか。その問いに、カマソッソは少し、口を閉じた。

「……ただの気まぐれだ」

黒曜石のような黒い瞳が一瞬、揺れる。

「それに貴様の血を失うのは惜しい。何より貴様は臣下だからな。冥界の王として当然の措置だ」

この話は終わりだと言うように再び、ぱくりと料理を口に運ぶ。ただの気まぐれだとしても、彼の心の底にはまだ変わらぬ優しさが残っていることに、ミズノはひっそりと笑みを零した。



新しく姿を現した太陽は通常の太陽と違い、ゆっくりとミクトランを南下する。第八層に住む二人はだんだんと夜が更けていく日々を淡々と過ごしていた。たまにカマソッソはどこかに用があるのか、時々日中いなくなる。そして帰ってきては、「役立たずのイシュキックが」と悪態を吐いていた。二人でシバルバーの炉にある骨を研究所跡に埋葬する日々が続く。埋葬する度に手を合わせ、黙祷を捧げるミズノにカマソッソは何も言わなかった。時々暇だからと、カマソッソの散歩に付き合わされる日もある。それでもミズノにとっては穏やかな日々だった。

だが突如として、その長閑な空気が去る出来事が起きた。

カマソッソの発作のようなもの。記憶の発露だった。彼は自らが過ごしてきた日々に忘却を課した。それは国を救えなかった自身への戒めか。それとも己の心を守ろうと働いた内なる防衛機構か。それとも自死しないためか。時々思い出しては、苦しみ、藻掻くように苦痛の声をもらした。少しでも彼を労わろうと、ミズノはカマソッソに近付き、羽の生えた大きな背を撫でる。その手に気付いたカマソッソが顔を持ち上げ、ミズノを見た。

その視界に、彼女の姿を映した。

カマソッソの目が見開かれる。そして彼は半ば衝動的にミズノを押し倒した。ミズノからくぐもった苦痛の声が零れる。だがそんなことなど意に介す余裕もないのか、カマソッソの顔は苦しさに歪んでいた。胸の底から溢れる衝動性に任せる様に、肩口に噛み付く。いつもよりも鋭い痛みに、ミズノの喉から引き攣った声が出た。

「ッぐ……!」

ぶちぶちと、再生しかけていた皮膚が喰い破られる。じゅるじゅると、血を啜る水音が響く。吸われきた過程で変化したのか、一種の酩酊感がミズノを襲った。吸い終わったのか、カマソッソが顔を持ち上げる。その顔にある瞳は、真っ暗な闇のような色を宿していた。

「今から貴様を犯す。拒否権はない」

突き放すように冷めた声音がミズノの耳に届く。

「いきなりどうしたん……いっ!」

ぐいっとミズノの着ていた衣服を捲り上げ、乱暴にも胸を揉みしだく。そして時折、その先端を爪弾けばぴくんっとミズノの肩が揺れた。爪弾き、なじり、押し潰し。段々とミズノの声が濡れた物に変わり、艶が混じり始める。

「あっ、まって、ください……、カマソッソ様!」

まるで彼女の声など聞こえないというように続けられる愛撫。いや、愛撫と言っていいのか。そこには在りし日にあった愛などない。

ミズノが履いている物を取り払い、無理矢理に脚を広げる。彼女の秘所は濡れそぼっており、それを一瞥したカマソッソはふん、と鼻を鳴らした。

「濡れているな。乱暴にされるのが好きなのか?」

「ちが、いますっ!」

「ではこれはどう言い訳する?」

ぐちゅりと問答無用で押し込まれた指。その指が淫乱な水音を響かせた。

「ひうっ!」

「こんなに濡れているのなら前座ももう良いだろう」

前掛けをズラし、いきり立ったカマソッソのソレが姿を見せる。そしてカマソッソは有無を言わせぬように、ばちゅんっ!と勢いよく自身をソコに埋め込んだ。いきなりの衝撃と、圧と、解れていない内部を引き裂かれる痛みにミズノは呼吸を止める。はく、はく、と酸素を求めるように、口が動いた。

「ぐっ……やはりキツいな」

眉根を寄せてそう零しながらも、カマソッソはミズノを気にせず腰を動かし始める。

「いっ、はあっ……くうっ」

何度も受け入れてきたと言っても、カマソッソのモノは大きい。その圧倒的な質量が、熱が、硬さが、ミズノのことなど構わぬと言うように動く。ずち、ぐち、と無理矢理動いていれば、段々と液が溢れてきたのか、カマソッソの腰の動きに合わせて水音が鳴るようになった。ずちゃ、ぐちゃ、と激しくなる水音。あの日々を思い出させる音の中に、その中にあった愛は欠片も残っていない。ただ乱暴に、一方的に、組み敷かれる。最初は痛みだけしかなかった感覚に、少しずつ快感が混ざってきたのか、ミズノから甘い声がか細く零れ始めた。

「ぁっ……んあ……、あっ」

痛みのせいで滲む視界を薄く開く。目の前に映ったのは、自身を犯しながらも、奥歯を噛み締め、何かに追い立てられるような苦渋の顔を浮かべているカマソッソの顔だった。

「……何故だ。何故貴様の顔を見ると昔を思い出す。忘却した筈の日々を思い出す。何故お前の顔を見ると、こんなにも掻き毟りたくなるほど苦しくなる」

「カマ、ソッソ様……」

その声は悲痛に濡れていて、何故と問い掛けてくる姿はまるで迷子の子供のようだった。その瞳の奥がまるで泣いているようで、ミズノはゆっくりと、腕を持ち上げてその頬を撫でる。くしゃりと、カマソッソの顔が歪んだ。

「……お前はオレの何だ?」

「……私は、」

私は――――、

「……貴方の、臣下ですよ」

そう言葉に出し、ミズノはふわりと微笑む。そして、カマソッソからぶつけられる想いを受け止めるように、その首に腕を回し、抱き締めた。カマソッソは腰を掴んでいた手を離し、ゆっくりと、ミズノの首に腕を回し、尻尾をその体に巻き付ける。尚も腰の動きは止まない。ぎゅっと、カマソッソの腕に力が籠る。

「……ぐっ!」

短く、くぐもった声の後、ミズノの中にあつい白濁の熱が注ぎ込まれる。その熱に僅かに反応したのか、彼女の足先がぴくんと動いた。熱を注ぎ終わり、自身を中から抜いた後もカマソッソはミズノから離れない。彼女はそんなカマソッソを労るように、彼の長い漆黒の髪を撫でた。撫でながら、あの日、自分が悪夢に魘されていた日々に歌ってもらった子守唄を口ずさむ。どこか懐かしさを感じる唄に、カマソッソは不思議と眠気が誘われる。うつらうつらと船を漕ぐ頭のまま、彼はミズノを閉じ込めるように翼で覆った。そしてミズノが歌い終わった時には、彼は穏やかな寝息を立てていた。その寝顔のあどけなさは昔と変わらない。例え忘却しようとしていても、変わらない。その事実がミズノの胸に重みを持たせて実感させた。



日が変わった次の日。
カマソッソは温い温度でうっすらと瞼を開けた。視界いっぱいに映ったミズノの顔に、彼は時を止める。一瞬、ミズノが自分に抱き着いているのかと思ったが、よくよく自分の体を見れば自ら翼で覆い、あまつさえ尻尾すら巻き付けていた。つまり抱き着いていたのは自分の方だったのだ。そこで彼は昨日のことを思い出す。半ば衝動的にミズノを襲い、犯した事実。そしてその時に交わした言葉。それら全てを思い出した。なんという醜態を晒したのか。同時に半ば彼女に当たってしまったことが気掛かりだった。何て声を掛けるべきか。流石のカマソッソでも、臣下を蔑ろにした非があるのは認めていた。

そうこう頭を悩ませている内に、ミズノの伏せられた睫毛がふるりと震える。そしてゆっくりと、瞼の下から瞳が顔を出した。

「……カマソッソ様、もう起きられたんですね」

少し寝惚けながらにこやかにそう告げるミズノに、カマソッソは何と声をかけようか言葉を探す。暫し二人の間に落ちる沈黙。それにこてん、とミズノが小首を傾げた。

「あの、どうなさいましたか?」

「…………」

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、カマソッソは彼女から視線を逸らした。

「……体は大丈夫か?」

「え?」

「昨日、無体を働いただろう」

ぱちぱちとミズノは瞬き、カマソッソの言葉を脳内で反芻する。もしかして、気にかけてくれているのだろうか。ああ、やはり彼は優しいままだ。そう思考が思い至った時、気付けば彼女の頬は緩やかに持ち上がっていた。

「少し痛みますが、大丈夫ですよ。それよりカマソッソ様はよく眠れましたか?」

逆に気遣われた言葉に、カマソッソの心はむずむずとむず痒さを抱く。

「問題ない」

「そうですか、なら良かったです」

にっこりと返される笑みに、ああ、調子が狂うと、カマソッソは胸中でごちる。あんな無体を働いたのだ。苦言の一つくらい飛んでくるだろうに。

「今日もシバルバーに向かわれるのでしょう?ならそろそろ起きませんと」

ほら、なんて声を掛けてくる声の抑揚と彼女の笑顔に違和感を覚えるも、彼は彼女の言葉に従って身を起こす。そして朝食を食べ、カマソッソは彼女を連れて日課であるシバルバーへと飛び立った。



実際、この時カマソッソが覚えた違和感は正当な物であった。それが分かったのはそれから日が経ってからだった。その日、ミクトランを飛んでいたカマソッソは第八層の寝床に戻った時、思わず言葉を失った。

ミズノがいない。

台所と呼ばれるスペースにも、いつも寝食を共にしている場所にも、湯殿にもいない。何故?逃げたのか?様々な考えが頭を駆け巡る。そして彼は考えがまとまらないまま、寝床を飛び出した。翼をはためかせ、ヤヤウキ内を翔け回る。そして程なくして、ミズノが切り立った崖先に立っているのを見つけた。安堵したのも束の間、彼女の足は確実に崖先へと向かっている。崖の下、谷底は死の源泉。生きて戻ってくることなど不可能だ。それは、つまり――

崖先からミズノの体が浮く。重力に従って落ち行くその光景が、あの日、身を投げた民達と重なった。

「くっ、――――ッ!!」

全力での飛翔。弾丸の様な速さでカマソッソは翔け抜ける。

そして間一髪。空中でミズノの投げ出された体を抱き留めた。急に抱き留められた体に、目を瞑っていた双眸を見開き、ミズノは唖然とする。

「どう、して……」

返事の変わりに強く抱き締めながら、彼はそのままのスピードでヤヤウキ内で安全な寝床へと戻った。翼をはためかせ、地面へと降り立ったカマソッソはミズノを地面に下ろすと、その両肩を勢いよく、力強く掴んだ。ミズノはここで漸くカマソッソの顔を見る。その瞳には怒りや絶望、疑念など、様々な感情が渦巻いていた。

「一体なんの真似だ?」

底冷えするような温度をたたえた視線を注ぎながら淡々と問い質す。答えぬことなど許さない空気だった。ミズノは一度目を伏せると、再びその瞳をカマソッソと合わせた。合わせた彼女の瞳が、ゆらゆらと、揺れる。一度、口を開いては小さく息を吸った彼女は、自らの想いを綴るように紡いだ。

「貴方が私を見つめる瞳が、苦しそうだからです」

予期していなかった言葉に、カマソッソは僅かに刮目する。

「私を見ると、忘却した記憶が出てくるのではないですか?」

確信にも満ちた言葉、一切の疑問を許さない。否定も肯定もしないカマソッソの態度が、もはや答えだった。

「苦しむ貴方の姿を見たくありません。私のせいで貴方が苦しむというのなら、それなら、それならいっそ――」

「思い上がるなよ」

それは酷く、激昂を露にした声だった。

「オレがお前一人の存在に耐えられないだと?この上なく愚かな発言だな」

感情を発露するようにぐっと、ミズノの肩を掴む力に力が加わる。その力の強さに、ミズノは顔を顰めた。

「そのような愚かな思考をする臣下には、オレ直々に躾をせねばなるまいよ」

にやり、とカマソッソの口端がいびつに歪む。

「カマソッソ様、何を」

ぐっと加えられた力はミズノの背中を押すように更に加わる。ドサッ、と気付けば洞窟内の天井を背景に、カマソッソを見上げる形になっていた。突然押し倒されたことに、ミズノは目を白黒させる。

「許しを乞うても、聞く耳など持たぬと思え」

するりと頬を撫でるカマソッソの手に、ミズノはゾクリと不安か、期待か。カマソッソの狂気に染まった瞳に体を震わせた。



「あ゙っ……んあっ、ああ゙!」

洞窟内で、ぱん、ぱんと肌と肌がぶつかり合う音が響く。この前とは違い、ミズノの声には湿り気と艶めいた色が乗っていた。その変化に気付いているカマソッソはどこかうっそりとした表情で組み敷いたミズノを見下ろす。

「痛いのは嫌だと言う割には、乱暴にされるのが好きなのか?」

「ちがっ、ます……ああっ!」

「そういう割には、お前の中はオレのを微塵も離さないな」

「も、ゆる、して……んあ゙っ!」

何度イッても、何回絶頂を迎えても、カマソッソは腰の動きを止めなかった。それはまるで愚かな選択をした人間を責め立てるように、二度と同じ行動に出ないように。まるで教え込むように丹念に、執拗に、ミズノの中を暴く。快楽による生理的な涙が零れ落ちる。涙で滲む視界で見たカマソッソの顔は、口角を吊り上げ、狂気に染まっていた。

「お前はオレのモノだ。離れることも、死ぬこともオレが許さぬ」

内から燃える黒い炎の赴くまま、彼は口を開く。

「勝手に死ぬことなど、このオレが赦さぬ。お前を手放すなどするものか」

残酷なことを告げる顔で、うっそりと笑う顔はまるで何かに縋るよう。惚れている訳でも、恋慕している訳でもない。もっと醜くく、黒く爛れたような執着だった。

記憶がないのに何故か執着する彼を目の前にして、快楽の中、ミズノに芽生えた感情は決して善なる物ではなかった。例え記憶がなくとも、彼が求めている。その事実に、嬉しいと、思ってしまった。ああ、ダメだ、これ以上進んではダメだと思うのに、彼に抱かれる度に、かつてのあの日々が脳裏を過ぎり、あの時とは違うのに重ね合わせてしまう。もう引き返せないところまで来てしまっていることに、薄々気付いていた。

例えこの想いが届かなくても。彼が死ぬなと、傍から離れるなと言うのなら、それだけでもういいじゃないか。

熱に浮かされた頭で至った結論は、先のことを考えること止めてしまった、破滅的なものだった。

「もう、どこにもいきません、あっ……だから、もう」

「ククッ、漸く理解したか。しかし悪いがお前の言い分は聞けぬ。久々に昂っているのだ。今宵は付き合って貰うぞ」

再び腰を掴み直し、最奥を穿つ彼にミズノは喉を仰け反らせ、足をぴんと伸ばす。ビクンビクンと跳ねる腰と、波打つ中にカマソッソはゆるりと上気した頬を緩ます。そうして再び、洞窟内には肌を打つ音と女の艶やかで悦びの混じった喘ぎ声、そして男の楽しそうな声が響き始めた。



カマソッソの発作の発露にあい、その時に酷く抱かれようとも、気まぐれに抱かれようとも、魔力供給として血を吸われながら、狩りに出たりシバルバーの骨を埋葬しつつ緩やかな時間が過ぎ去った。それは人間にしてはとても永く、永遠にも思えてしまうような時間。あの日、ミズノを離さないと宣告したカマソッソ。それを良しとして受け止めたミズノ。気付けば、二人の間には奇妙な縁とも言えるパスが繋がっていた。カマソッソが生きている間はミズノも息をすることが出来るという、なんとも不思議な縁だった。

二人の仲は変わらない。多少、カマソッソが心を砕いていても、恋人とは言えない遠い間柄。二人はどこまでいっても、王とその臣下だった。普通の臣下とは違う、どこか不思議な想いを抱かせる人間。それがカマソッソにとってのミズノだった。何故こんな気持ちになるのか。考えようとする度に頭に霞のようなモヤがかかり、邪魔をするため結局カマソッソは深く考えることを止めた。何より、彼自身、これ以上彼女とどうこうなろうとは思っていなかった。臣下兼番にしようと考えたこともあったが、何かが違う。なんとなくだが、今それをするべきではないことだけは分かっていた。


23/11/20
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