蝙蝠の求愛行動

悪夢ほど甘い味がする


「急げ!次弾、装填準備だ!」

「相手の力量は分からない、身体強化を怠るなよ!」

防衛拠点のそこかしこから怒号が飛び交う。戦士は皆、一つの敵に全意識を集中させていた。思い思いの武器を手に、眼前に聳え立つ大きな怪物を見上げる。ゆっくりと、しかし確実にこちらに近付いてくるそれに、戦士のこめかみにつう、と一筋の汗が垂れた。ギラギラと闇の中でも存在を主張する鋼の肉体に、無意識の内に恐怖という感情が鎌首をもたげる。こちらの攻撃が効いているようには見えない。果たして、弱点などあるのだろうか。止める術などあるのだろうか。苦し紛れに武器を掴む手に力を込めれば、「おい!」と一人の戦士から歓喜に満ちた声が響いた。

「王が、カマソッソ様達が来たぞ!」

それは正に天からの救いだった。不安に塗られた色が途端に期待を孕んだそれへと一新されていく。戦士達の士気が上がるのは目に見えて明らかだった。カマソッソ達を乗せた船が防衛拠点に着陸する。ふしゅー、と静かに音を立て、搭乗口がゆっくりと開いた。風に揺らめき、マントの裾が翻る。彼は手に持っていた重厚な鎌の柄を、がつん、と地に打ち付けた。

「皆の者、ご苦労だった」

さあ、反撃の狼煙だ!声を上げた王の言葉に、その場にいた戦士から「おお!!」という勇ましき雄叫びが響く。星喰いの怪物との戦いの火蓋が切って落とされた合図だった。



周りが喧騒で包まれる中、ミズノは先程船内で受け取った刀を握っていた。何度も手の内に在る感触を確かめるように、愛刀を握り締める。普段支給される剣とは違い、手に馴染む懐かしい感覚が胸に過ぎった。

「空中戦と地上戦、二つの戦力で奴を打ち倒す。空中戦は魔術障壁を貼りつつ魔弾を打ち込め!地上戦に出る奴はオレの後に続け!」

カマソッソが的確に指示を飛ばせば、迎撃船の搭乗口は閉まり、船はゆっくりと地上を離脱した。そしてそれに続くように、周りには沢山の小型船が陣形を組む。

「敵の戦力は未知数だ。全員、何があっても気を抜くな!」

ミズノは下げていた視線を上げる。あの頃の、王になると宣言した少年の時の顔が頭を過ぎった。普段とは違う、王として民の前に立つカマソッソのその姿が視界に映る。そして眼前に立つ怪物は、あの日、夢に見た光景と同じだった。彼らの力に、必ずや勝利をこの手に。その想いを秘めるように、ぎゅっと刀を握った。

「総員、行くぞ!」

――おおお!!!!

カマソッソの声に応えるように戦士達は叫び、そして走り出した。目標は目の前に立つ星喰いの怪物、ただ一つ。身体強化を施した戦士達に混ざるようにミズノも駆け出した。それを合図に、頭上に飛び交う飛行船も迎撃を開始する。

「奴をこれ以上進ませるな!」

カマソッソの声に合わせるように、戦士達は武器を振りかざし、その白銀に光る脚部に攻撃を加える。それに加勢するように、頭上では爆撃が轟音を立て始めた。攻撃が効いているのか、星喰いの怪物は歩みを止める。そして頭部のようなそれが、足元に群がる自身の歩みを止める者達を視界に捉えた。怪物の肩と肘に当たる青白い光を放つ部分が白く煌めく。

――ヴオオオオン。

次の瞬間、辺り一面に眩いばかりの光が満ちる。カマソッソ含む戦士達は咄嗟に腕を翳し、目を庇った。

「ッ!?ぐっ……なんだ、これは!?」

途端に体ががくんっ、と重くなり、思わず膝を着きそうになる。神秘の術の類か。予期せぬ攻撃にカマソッソは舌を打った。周りが一斉に攻撃の手を緩めるのを見て、ミズノは素早く印を結んだ。

「領域固定。術式、展開!」

そう叫ぶな否や、彼女を中心に複数の円が重なり合った幾何学模様が浮かぶ。そしてそこから淡い光が漏れ始めると、カマソッソは先程まで感じていた体の重みがふっと軽くなるのが分かった。

「バックアップは任せてください!」

ミズノの力強い声が耳に届く。カマソッソはその声を聞き、不敵な笑みを浮かべた。

「今が好機だ!総員、怯むな!」

腹の底から声を響かせ、そしてカマソッソは勢いよく跳躍した。そして身の丈程ある鎌を勢い良く振り回し、目にも留まらぬ速さで斬撃を食らわす。

「カマソッソ様に続けー!」

その姿に戦士が次々と雄叫びを上げながら攻撃を繰り出す。そんな戦士達の姿を見ながら、術式を固定させたミズノのこめかみに、たらりと一筋の汗が流れた。流石にこの大人数に掛けられた術を相殺するのは一筋縄ではいかなかったのか、短く息を吐き出す。しかし、足を止める訳にはいかなかった。彼女は眼前に立つ怪物を睨みつけ、すぐ様攻撃態勢を取った。地面を勢い良く蹴り、高く跳躍する。そして一点を穿つ様に刀にチャクラを練り込み、斬撃を繰り出した。数秒間の内に数十の斬撃を浴びせる。

「ミズノ!」

そして彼女の攻撃した点を、カマソッソが後押しするように抉った。

――バキンッ。

表層が剥がれ、ミシミシと鋼の軋む音が鳴り響き、小さな火花が散る。片脚が、漸く動きを鈍くした。そこに追い討ちを掛けるように、飛行船があらん限りの猛追を浴びせる。

「もう片脚も行くぞ!」

「はい!」

カマソッソの声にミズノが応える。そしてもう片方の脚に狙いを定めた時、怪物は腕の様な物をぐぐぐ、と大きく広げた。

「まずいッ!下がれ!」

カマソッソが叫ぶ。途端、ガキィンッ!と音がする勢いで怪物は大きく広げた腕をまるで相手の首を落とすように交差させた。

「ッ!?飛行船が!」

ミズノの目に、怪物の攻撃を免れなかった小型船がそれに巻き込まれ、火を上げながら地に落ちていくのが映った。飛行船はギリギリ免れたものの、片翼を失ってしまった所為か、右に左へと大きくバランスを崩す。

「チッ!跳躍の加護が大きい者は腕を狙え!しかし油断はするな!」

カマソッソは周りに指揮を飛ばすと、そのまま脚目掛けて駆け出した。それに続くようにミズノも駆け出す。ミズノは脚を踏み台にして大きく跳躍すると、刀を大きく振りかぶった。そして同じく跳躍したカマソッソがその刀身に音もなく降り立つ。

「と、べえええええ!!」

瞬間的にチャクラを腕に集中させ、ぶんっ!!と勢い良く振り回した。刀の遠心力により、カマソッソはまるで弾丸のように飛び立つ。

「おおおおおおお!!」

雄叫びを上げ、彼は渾身の力を込めて斬撃を放つ。まるで降り積もった想いを込めるように、重く、激しい斬撃を怪物に与える。しかし怪物とてなされるがままな訳ではない。自らの腕を傷付ける者を捉えようと、もう片方の凶刃がカマソッソを捉えた。

「させるかああ!!」

――真空剣!

ミズノが放った、刀身から風を纏った衝撃波が差し迫った凶刃を迎え撃つ。そしてひらりと体を捻った彼女は、カマソッソの攻撃に加わるように刀を握るその手に力を込めた。

「はああああ!!」

声を上げ、刀身にチャクラを纏わせ、斬撃を繰り出す。絶えず攻撃を繰り出す二人に加勢するように、小型船から爆撃が繰り出される。カマソッソとミズノを振り払うように怪物は腕をぶんっ、と振り回した。空中で態勢を整えた二人は軽い音を立てて地面に着地する。飛行船の追撃もあってか、片腕から小さな火花が散るのが見えた。

カマソッソは改めて周りを見回す。戦士達は一歩も引かず、善戦を繰り広げてた。しかし、確かに星喰いの怪物の力を削いでいるものの、今ひとつ、有効打が足りないのも現状であった。持久戦になるかもしれないと、カマソッソのこめかみにたらりと汗が流れる。そして星喰いの怪物を見ていれば、怪物の機体からギシギシと鋼の軋む音が鳴り響いた。カマソッソはその音を聞き、直ぐに周りに向けて怒声を上げた。

「態勢を立て直す!一時下がれ!」

カマソッソの言葉にミズノを含んだ戦士たちは一気に怪物から距離を取る。怪物は中心の機体から銀色に輝く網状の鋼を縦横無尽に繰り出した。直後、その網が胞子のように膨らみ、黄緑色の光を放ちながら爆発を繰り返す。周囲に爆ぜる音が響き渡り、土埃が舞う。粉塵が舞う。煙の晴れた先、怪物は尚も複数の脚でその体を持ち上げていた。

間一髪、カマソッソの咄嗟の判断によって難を逃れた戦士達は歯軋りをする。これでは迂闊に近付くことすら出来ない。そんな中、ミズノは自分の心臓が嫌な鼓動を立てるのを感じていた。違う、先程の光は違う。夢で見たあの光とは違う。そう何度も自分に言い聞かせる。無意識に刀を握る手に力を込めた。何か、何か策はないのか。味方に強化を付与するだけではない、何か相手の動きを止められる術が。そう必死に頭を働かせていれば、怪物の肩と肘からゆらゆらと光が揺らめくのが見えた。光は徐々に大きくなり、次第に強く発光していく。それが自分達にとって良くない光だと、その場にいる誰もが感じ取った。

――アナライズ/デコード/ディセーブ

瞬間、怪物の全身から無数の光の束が放たれる。

「ぐっ……!」

「ッッ!!あッ、ぐぅ!!」

「ッ!ミズノ!」

最初に浴びた光とは比べ物にならない強烈な光に、吸い取られるようにして力が抜けていく。ミズノは思わず、刀を支えに片膝を着いた。膝を着くのをすんでのところで堪えたカマソッソはミズノへと視線を向ける。見れば彼女は眉根を寄せ、苦痛の表情を浮かべていた。たちまち、地面に浮かんでいた彼女が固定していた術式が解除される。

「く、そッ……!強制解除された!」

語尾を荒らげる彼女は呼吸を整えるように胸元を掴む。彼女だけではない。先程の光を浴びた戦士達は彼女同様に、皆苦しむように声を漏らしていた。

ミズノの脳裏にチカチカと夢で見た光景がコマ送りで再生される。チャクラが練りにくい、これでは先程までのように皆を強化し続けることは難しい。早く、早く態勢を立て直さないと。このまま戦闘を続けるのが厳しいと判断したカマソッソは声を張り上げた。

「総員!一時撤退だ!殿はオレが務める!」

しかし、怪物はカマソッソ達を待つことなどしない。無情にもそれは目の前の敵を殲滅するために無慈悲にも次の一手を投じた。怪物の頭部が眩い光を放つ。そしてそれはカマソッソ達の頭上に霧散すると、星のように周囲を照らし始めた。

「ッ総員伏せろ!!」

刹那、稲妻のような煌めきが辺り一面を覆い尽くす。美しくも鮮烈な光の束が、流れ落ちていく。天から降り注ぐ無数の光の煌めきが、残酷にも戦士達の体を、小型船を貫いていく。地面は抉れ、足場は持ち上がり、周りからは戦士達の苦痛に歪む声が響いた。

瞬間、ミズノは目を見開いた。紛れもなく、目の前に広がる光景は夢で見た物と同じだった。崩れる足場、光に貫かれる仲間の体。そして彼女は引き寄せられるように隣へと視線を向けた。視界に映ったのは、鮮烈な紅。真っ赤な、真っ赤な、滾るような血。その紅の出処を視界に捉えた瞬間、彼女の目は更に丸くなる。そして瞬きの間に、顔はくしゃりと歪んだ。

「カマソッソ様ッ!!」

泣き叫ぶ様な、悲痛な声が響き渡る。その目に映ったのは、片腕を光に貫かれ、倒れかけている王の姿だった。
悲しくも、彼女の夢は、正夢となった。


23/08/05
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