蝙蝠の求愛行動

額縁の中の日々


運んでいた武器を下ろし、ミズノは高く聳える幾つもの物見櫓を見上げる。櫓にはカラクムルの方角や拠点の周囲を見守るように二人の戦士が見張りに立っていた。

防衛戦を敷く拠点は遂に完成し、ミズノを含めた戦士たちは交代で王国と防衛拠点を行き来し、周囲を見張っていた。それは言わずもがな、いつ星喰いの怪物が目覚めるか危惧しての物だった。ミズノは改めて拠点内を見回す。王国で準備した物資はほぼ防衛拠点に持ち込まれ、万全を期した状態である。施設内の空気もどこか張り詰めた空気が漂っていた。

「……嫌な気配だな」

ミズノの隣に立った戦士長が空を見上げながら呟く。つられるように彼女も空を見上げれば、空には鳥が一羽も飛んでおらず、何かを恐れるように害獣は身を潜めていた。その中で、いつもと変わらない星々がミズノ達を見下ろしている。その星の瞬きに、ミズノは嫌な胸騒ぎを覚えた。

「早めに国に帰還しますか?」

「そうだな、もう物資の移動は済んだんだ。周りの戦士達にもそう伝えてくれ。俺は見張り番の奴らに声をかけてくる」

「わかりました」

戦士長から言われたミズノは敬礼をすると、直ぐ様、同じメンバーに声を掛けにいった。彼女が走り去った背中を見送った戦士長は見張り番の纏め役に話をしに向かう。戦士としての長年の勘か、それとも人間に備わっている本能的な物か。戦士長は嫌な予感がするをひしひしと感じていた。



飛行船に乗って王国に戻ってきたミズノ達が船から降りる頃。防衛拠点に残った戦士達は依然としてカラクムルを見張っていた。それは戦士長が去り際に、一つの忠告を残していったからだ。

――何かが起こるかもしれない、気を抜くな。

それが彼の告げた言葉だった。その彼の言葉通り、戦士達はいつもと違う、異様な雰囲気が漂う森を睨みつける。

――バサバサバサッ!!

「ッ!?って何だ、鳥か……」

一斉に飛び立つ鳥の群れに、見張りの内の一人が肩を大きく跳ねさせる。「びっくりさせやがって……」そう零した瞬間、地を揺らす程の地響きが辺りに響き渡った。

「な、なんだ!?」

上体を低くし、櫓の柱に掴まった彼らは瞬時に、カラクムルに視線を向けた。そこには白銀に煌めく異形の存在がギラギラと光を放ちながら、ゆっくりと、カラクムルから出てくるところだった。異形のそれは複数の足を持ち、ふしゅー、と蒸気を漏らす。まるで蜘蛛のような出で立ちだった。瞬間、拠点内に緊張が走った。

「で、伝令ーー!!!星喰いの怪物が姿を現した!!」

「急ぎカマソッソ様と戦士長に連絡を繋げ!!」

防衛拠点は直ちに緊迫した空気に変わっていく。連絡所に走る者、投石器や武器、小型の飛行船を稼働させる者。現れた脅威に対抗するために、戦士は皆走り回る。そして連絡所に向かった戦士が装置を起動させた。

――ぶうん。

機械的な音を立てれば、投影機の部分からカマソッソの姿が青白く映し出された。

「何用だ」

「奴です!星喰いの怪物が現れました!」

戦士の切羽詰まった声に、画面の中のカマソッソは一瞬、息を呑む。しかしそれは一瞬のこと。彼は直ぐに玉座から立ち上がると、戦士に向かって口を開いた。

「報告ご苦労。直ちに戦力を整えてそちらに向かう。オレが向かうまで暫し頼むぞ」

「はっ、承知しました!」

短く、簡潔な遣り取りを終えると、通信機は音を静かに立てて投影を終える。そして役目を終えた戦士は自分も戦局に加わるべく、武器を持ち小型船へと走り出した。


**



「連絡があった通りだ。戦士長、直ちに戦士達を避難誘導班と迎撃班に分けろ。避難誘導班は民達を飛行船に避難させろ。迎撃班はオレと共に第9層の防衛拠点に向かう」

「はっ、承知致しました!」

戦士長が玉座の間を走り去る。戦士長が事前に申告していたからか、既に臣下や神官たちは避難しており、玉座の間にはカマソッソの姿しかなかった。そしてカマソッソは玉座の間からカーン王国を見渡す。夜の暗闇を灯す、人の営みを示す明かりがぽつぽつと闇を照らす。その風景を彼は心に刻み付けるように見つめた。

――誰一人として、見捨てはしない。

その言葉を胸に、彼は急ぎ、玉座の間から飛行船へと足を向けた。



「こちら防衛拠点。現在星喰いの怪物はカラクムルから出現、ゆっくりではありますがこちらに向かっております」

「カラクムルの様子は?」

「遠目ではありますが、損壊は免れている模様です」

「そうか。なら好都合だ。民達は一時、第9層のカラクムルに避難させる」

「……カマソッソ様、国をお捨てになるのですね」

「無論だ。例え国が滅びようとも、民さえいればまたやり直せる」

神官の言葉に、カマソッソはそう冷静に返す。そして彼は一度通信機を切ると後ろに控えている戦士長に顔を向けた。

「戦士長、避難の首尾はどうなっている?」

「はっ、そちら滞りなく、直ぐにでも出発出来る見込みです」

「そうか、ならば直ぐにでも迎撃班に合流するぞ。神官、貴様は避難船に向かえ」

「はい。承知致しました。カマソッソ様、どうか呉々もお気を付けて」

「ふん、誰に言っている。案ずるな、必ずやこの国は護ってみせる」

神官が一礼すると、彼は裾を翻し避難船へと向かっていった。そしてカマソッソと戦士長は並んで迎撃船へと足を進める。星喰いの怪物迎撃班が乗った迎撃船は武器の積荷作業や戦士達の移動が終わったのか、人は殆ど疎らだった。二人が足早に向かう中、船の乗り込み口に立っている人物は向かって来る二人に気付き、眉を上げた。

「……カマソッソ様?」

ミズノは驚いたような声を出し、カマソッソを見上げた。

「避難船の方に乗るのでは……」

「阿呆め、王のオレが戦場に出ずして誰が出るのだ」

呆れたように声を出すカマソッソに、ミズノは呆気に取られるも、直ぐに彼らを中へ案内しようとする。

「王様!」

しかし聞こえた幼い声に、カマソッソ達は足を止め、振り返った。見れば王国の子供が三人、カマソッソに用事があるらしく、彼を仰ぎ見ていた。

「どうした、もうすぐ避難の筈だろう?」

「王様に、お守りを渡したくて来たの」

「オレに?」

カマソッソの驚愕に満ちた声が辺りに落ちる。子供達はお互い頷き合うと、背中に隠していた物をカマソッソに差し出した。

「これは、花冠か?」

それはカーン王国では祭事や薬を煎じる時によく使われるアフリカン・マリーゴールドだった。日の光を溜め込んだような橙色の花々を使った冠を、カマソッソは呆気に取られたように見つめる。

「王様、お勤め頑張って下さい」

一人の子供が懸命に声を上げる。その声を聞き、表情を見たカマソッソはふっと口角を緩めると、膝を着き、子供達から花冠を受け取った。

「礼を言う。しかとお前達の気持ち、このオレが受け取った」

そう伝えれば、途端に子供達はぱあっと顔に笑顔を咲かせた。

「さあ、親も心配するだろう。直ぐに避難船に向かうんだ」

「はい!」

そう声を揃えた子供達は力強く頷くと、避難船へと駆け出す。それを優しい目で見つめていカマソッソは、子供達の姿が見えなくなると顔を引き締めた。そしてカマソッソはミズノ達を振り返る。ミズノが優しい目を浮かべており、カマソッソはどこか気恥しさを感じ、ふん、と鼻を鳴らした。

「では向かうぞ」

「はい」

そう言ったカマソッソに続くように、ミズノと戦士長も船内へと足を進めた。

ミズノは自分の前を歩くカマソッソの大きな背中を見つめる。過ぎるのは先程の胸温まる光景だった。大丈夫、きっと、大丈夫。そう自分に言い聞かせるように、彼女は胸元に掛けているネックレスをぎゅっと服の上から握った。必ず、この人達を護ってみせる。そう誓いを立てて。


【補足情報】
23/07/30
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