蝙蝠の求愛行動

サヨナラだけが初恋だ


神殿の外から聞こえる民たちの声。演習場から聞こえる戦士たちの掛け声。そして相も変わらず、街を包む夜の帳。

玉座から見えるカーンの国は、いつも通りだった。



「――以上が開発部門からの報告となります」

「報告ご苦労。褒美は後ほどこちらから進呈する。引き続き励むがよい」

1人の男が仰々しく一礼し、玉座の間から退出する。彼が最後だったのか、それを見送ると玉座に座る男は傍に控える神官に声を掛けた。

「武器はいくらあっても良い。足りない物があるなら疾く保管庫から回せ。足りなければ採掘班に声をかけろ」

「仰せのままに。それとこちら、例のシバルバーの調査結果となります」

神官の言葉に男は片眉を僅かに上げる。

「流石の速さだな。この国随一の智慧を持つだけあるというものだ」

神官から渡された洋紙を受け取った男は、中身に目を通す。そして忌々しいとばかりに、眉間に皺を寄せた。

「ふん、やはりか。例の毒への対策はどうなっている?」

「はっ。そちらも順調とのことです」

計画の進み具合に満足したのか、男は薄く笑みを浮かべる。そして神官に今日はもう下がれと言葉を告げた。しかし、神官は口を開きかけては言い淀む。何か言いたいことでもあるかのようだった。

「何だ、神官。オレへの発言を許す。さっさと話せ」

「……その、、父君と母君からお言葉を……」

神官の口から紡ぎ出された言葉を聞いた瞬間、男は面倒だとでもいうように顔を歪ませた。

「またその話か。オレにその気はないと伝えておけ」

「で、ですが、御二方とも王の御身を案じて――」

「くどい。もうこの話は終いだ」

語気を強めた男に神官は口を噤み少し悲しげな目をしたあと、「承知致しました。ではそのようにお伝え致します」と了承を唱え退出する。神官が去り、男は胸の内を晴らすように鼻を鳴らした。
そして徐に席を立つ。ただ1人しかいない玉座の間に男の足音のみが静かに響く。
目的の場所に着いたのか、音が止んだ。そこは玉座の間から国を一望できる場所。男は静かに、眼下に広がる風景を目に映す。頭に浮かんだのは先程のやり取りだった。

父と母の伝言。その内容は聞かずとも分かっていた。ここ最近、ことある事に言われている言葉。

「新しい妻を娶ったところで、何も変わらん」

そう言葉を零した男――勇者王カマソッソは、そっと目を伏せた。

それは彼が王位継承権を得て、少し経った頃のことだった。姉のように、師匠のように慕っていた女との別れ。突然の別れは、当時少年だった彼に大きなショックを与えた。そんな気持ちを抑えるように、彼は日々受ける指導や王になる為の勉強に没頭した。
そんな時だった。
人脈作りという名の顔合わせ。その時に会った1人の女。そして流れるように決まった婚約。
言わば政略結婚のような物だった。そして王族に連なる令嬢と王の結婚に異を唱える者などおらず、国は2人を祝福した。隣で綺麗な微笑を浮かべる女性。カマソッソも美しい女だと思った。
だというのに、あの日から空いた心の穴は埋まらない。愛を囁かれ、囁いてもそれは変わらなかった。


そして、カマソッソに愛を誓ったその女は死んだ。
流行り病だった。まだ治療法も確立していない病。女は言った。自分を、他の民のために利用してくれと。
そう意志の強い目で言った女が息を引き取る。女を看取った親族たちは、悲しみに涙を流した。王女の死に、国中が悲しみに暮れた。
その中で、カマソッソはただ淡々と、

ああ、、死んでしまったのか。

そう思っただけだった。そして同時に、涙が出ない自分の異端さを、まざまざと突き付けられた。
だが、悲しみが訪れない分、悲嘆に己を費やすことはなかった。そして皮肉にも、王女の死を持って、流行り病は根絶された。

それ以来、カマソッソは新しい妻を娶ろうとしなかった。必要ないと思ったのだ。どんなに美しい女と食事を共にしようが、夜を共にしようが、カマソッソの心に空いた穴。それが埋まることはなかったのだから。

「死に対して不感症なのには理由がある――、正にお前が言った通りだったな……」

存外柔らかな顔でそう言葉を零すカマソッソ。どこからか吹いた風が、カマソッソに掛けられたネックレスを揺らす。胸元で光るネックレスを、カマソッソは懐かしむように壊れ物でも扱うかのように触れた。そんな彼の言葉を聞くように、玉座に飾られた青い一輪の花がそっと揺れ動いたのだった。



その日もいつものように、臣下からの報告を読み、王国の未来に頭を悩ませていた時だった。
玉座の間に繋がる廊下から、騒がしい音が響いてくる。話し合いをしていた為か、カマソッソは眉間に皺を寄せた。そして1人の戦士長が転がりこんできた。

「何だ騒々しい。大事な協議中だ。機を弁えろ」

「も、申し訳ありません!カマソッソ様!ですが、緊急の案件でして…」

報告に来た戦士長は、普段は滅多に動じず、常に冷静な人物であった。そんな男が取り乱すほどの何かがあったのだろうか。
カマソッソは読んでいた報告書を傍に控える神官に渡すと、短く息を吐き、肘掛けに腕を着いた。

「まあ良い。それで、何があった?」

「先程、神殿内に侵入者が入りました!」

戦士長の言葉に、玉座の間がザワついた。見張りの戦士は何をしていたのか、民たちは無事なのか、そう口々に不安を言葉にする。

「騒ぐな」

それは鶴の一声。ザワついていた玉座の間は静かになる。臣下たちは王の次なる言葉を、固唾を飲んで待った。

「数は?」

「1人です。神殿内の演習場に突然現れました」

突如現れた侵入者。転移系の魔術使いだろうかとカマソッソは思案する。そしてニヤリと、悪どい笑みを浮かべた。

「興が乗った。その侵入者とやらをここに連れてこい」

まさかの連れてこい発言。王の命を狙っているかもしれない、いや確実に狙っているだろう人物を連れてくることに、傍に控えていた神官は堪らず静止の声を上げた。

「お、お待ちくださいカマソッソ様!流石に危険です!」

「何、オレとてただの思いつきで言ったのではない。突然姿を表したのなら転移系の魔術使いである可能性が高い。ならば交渉してこの国に身を捧げさせるのも一考だろう」

「……もし、従わない場合は?」

「ふん、素材として開発部門にくれてやれ」

淡々とそう述べるカマソッソの提案を受け入れたのか、神官は言葉を飲み込み王の意見に従った。
成り行きを見守っていた戦士長は、カマソッソの言葉に礼を伝え、捕らえた侵入者の元へと走って行く。

数分しない内に戦士長は侵入者を連れて戻ってきた。身体を縄で拘束され、フードを被ったままのその人物。
その姿が、在りし日の彼女と重なる。一瞬、目を見開いたカマソッソは直ぐに元の表情に戻ると、内心舌打ちをした。彼女が戻ってくるなど、そんなことある訳ないのに、そう僅かに期待した自分に苛立ちを覚えたからだ。
侵入者がカマソッソの前へと突き出される。敵意は感じられず、何か仕掛けてこようともしてこない。だが怯えている訳でもない。これは交渉の余地がありそうだと、カマソッソは口端を上げた。

「ほお?オレの国に忍び込むとは、猿にも劣る浅ましさだな?」

「……」

「貴様、名を何と申す」

「……」

「ふっ……語らずか。まあいい。いつまで顔を隠しているつもりだ?疾くその顔を見せよ」

カマソッソの問いに侵入者は微動だにしない。声を上げることも、首を振ることもしない。
痺れを切らしたのか、連れてきた戦士長がフードを取ろうと動いた。

「おい!いつまでカマソッソ様を無視するおつもりだ!」

「……ッちょっと待っ――」

侵入者がフードを取られまいと身動きする。だが縄に繋がれた状態では意味もなく、直ぐにフードは取り払われた。

隠されていた素顔が露になる。それは、暗闇でも存在を失わない深い深い青い髪と、見たものを惹き付ける紅い隻眼。そして……


「――――は?」


そしてその顔は、容姿は。幼き日の、あの日見た彼女だった。
カマソッソにとって、驚愕というレベルではなかった。有り得ない、何故?夢か?では目の前にいるコイツは何だ?目を見開き、彼女を凝視する彼と。そんなカマソッソの前で、視線を逸らす女。

2人は奇しくも、再び相見えることとなった。


23/02/14
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